「二度はゆけぬ町の地図」西村賢太

西村大先生の3作目の作品集です。
さっと読める40~60ページの短編が4篇。いずれも平成20年以前の作品であり、作者の分身である北町貫太(多)の初登場になると思われます。
これまで読んできた恋人との同棲中のDVなどの根がケダモノながら甘にできてる“私”の話ではなく、どの作品もまだ若い時分の経験を踏まえて書かれた青春私小説であり、相変わらず嫌悪感を覚えたりする場面ももちろんありますが、思わず笑ってしまうような箇所も多く、西村作品の中では、一番読みやすくとっつきやすい本であると思いました。
二度はゆけぬ町とは、家賃を踏み倒してとんずらこいた場所であったり、揉め事を起こしたバイト先であったりするのでしょうが、どうかいうと毎日風呂にも入れぬ貧しさと苦悩に満ちながらもどこかノスタルジックで独特な、作者ならではの青春の時間のことでもあったような気がします。
まさしく、芥川賞受賞作である『苦役列車』(カテゴリー芥川賞受賞作参照)に直接繋がっていく作品群です。

「貧窶の沼」辞典を調べると(ひんく=貧しくやつれること)と読むはずですが、ここでは(ひんる)と読ませています。ひんるのぬま、言葉の意味で笑ったわけではありせん、その語呂に思わず笑ってしまいました。昭和59年の夏、北町貫多は17歳。同い年で高校生の佐久間悠美江というじゃがいものような彼女が出来ましたが、三畳一間の部屋で相変わらず風呂にもろくに入らず人足稼業に出かける日々が続いています。なんとか生活を改善しようと、日銭仕事から足を洗うべく、年齢を詐称し、酒屋の店員として働き出すのですが、給料の前借り、遅刻、無断欠勤が重なり、ついに……(平成19年野性時代7月号)

「春は青いバスに乗って」一見、爽やかな青春小説でも始まりそうなタイトルですが、そんはずはありません、青いバスとは護送車のことです。バイト先の居酒屋で居丈高だった上司と揉め事を起こし、ものの弾みで手を出してしまったあげくに止めに入った警官の顔に裏拳が当たり、それが公務執行妨害に問われて警察署の留置場にお泊りするしだいとなったのでした。本当に入ったことのある者でなければ書けないような物語です。もちろん実体験でしょうが(笑)。結局12日間の拘留のすえ罰金10万円也。(平成16年1月煉瓦29号)

「潰走」昭和58年10月、雑司が谷の四畳半に越してきた貫多は、初対面で親切だった家主の老夫婦を椋鳥夫婦と称して組し易しと安く踏み、さっそく家賃を不払いとしたところ、予想に反して家主の老人の取立ては執拗で厳しいものでした。ある日、日雇い仕事の帰り、衆目の中で家賃の不払いを責められ、あげくになけなしの日銭を巻き上げられた貫多はこの家主に殺意を抱きます。しかし、彼にできたことは部屋でひとりむっつりと呪詛を吐き、一月ぶんの家賃を踏み倒して逃げることでした。(平成18年野性時代2月号)

「腋臭風呂」これは大変面白いですひょっとしたらこれまで読んできた西村賢太の作品で一番面白かったかもしれません。4,5回は笑えるはずです。ある日ふとした拍子に見つけた近所の銭湯。造りは古いですが、いつもいっている所と違い時間帯によっては自分ひとりの貸切状態になるため、さすがに風呂嫌いの貫多も宗旨替えかと思うところ、あるひとりの強烈な臭いを持ったおっさんと湯船で出会うのでした。それから20年後の“臭い”の話とセットでクサイのですが非常に楽しい話になっています。(平成18年野性時代12月号)

最近、テレビでよく西村大先生のお顔を拝見しますが、「笑っていいとも!」では、昼ひなかからの猥雑で下劣な話、おまけに酒むくみした顔の満面に大汗をかいていらっしゃる(笑)もう、何も云うことはございません。
芥川賞をとってからというもの、創作に追われるかと思いきや、出されたのは今のところ「寒灯」一本のみで、この人は本当に自分で言っていた通りの破綻者であったのだなあ、金があるときは働かないんだ、文学の創作意欲など金輪際存在しないんだ、本物の色乞食であったのだと、逆に尊敬しています。
だから、中途半端に本を出すのではなく、追い詰められた最後の屁の一吹きみたいな感じで、根がケダモノながらも甘な、至悪の一品を待っています。

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