「百年文庫 季」円地文子・島村利正・井上靖

やっと百年文庫、10冊目です。
薄っぺらいので(大体150ページ前後)興が乗ればあっという間に読めるのですがねえ。
ただ、1つのテーマの下に3篇の物語が選ばれているわけですが、読み手はそれを選ぶことは出来ません、つまりポプラ者の5人の編集者がどういう観点から選抜したかわからないものを「どうだ!」とばかりに読まされている気がしないでもありません。
向こうの側の自己満足というか、そんなものをまったく感じないでもないのです。
とくに、今回のテーマであった『季』。
『季』には物事の終わり、節目というような意味もあるようですが、やはり時節、歳時という意味合いで感ぜられるのが当たり前ではないでしょうか。
その点、1作目は満点、2作目はまだしも、3作目が本巻に選ばれていることがまったくわかりませんでした。
どこにいったい『季』があったんでしょうか。もしや冒頭の京の秋色、これだったんでしょうか?
だとしたらあまりにもお粗末でしょう。物語の冒頭で歳時をまじえない小説のほうが珍しいと思いますよ。
1作目が特に素晴らしく、2作目も悪くなかっただけに残念だなあ。

「白梅の女」円地文子(1905~1986)
 この方とか幸田文とか昭和の女流作家の美しい文章、これは世界でも稀有な芸術であったと思っています。
本作もまるで新緑深紅のコントラストも鮮やかなハイビジョン映像がまぶたの裏に浮かびながら、物語がまるでピアノソナタのように緩急をつけながら滔々と流れてゆきます。30年前に死ぬの生きるのと騒いだ男と女、実は教師と教え子なのですが、梅の香る季節に30年分歳を重ねたふたりが再びまみえるのです。普段の平静を失う男と、応対や表情に些かの渋滞も見せぬ女。庭に咲く白梅と紅梅。年々花も尠なくなってきた紅梅と、今年はおかしいほど花をつけた白梅の老木。桂井(男)はたか子(女)を少しも容色が衰えない紅梅に例えましたし、作中には「昨日紅顔の美少年、今見る白髪の翁かね」という言葉も見え、なるほど男女の想念をうまく紅白梅で比喩したいい作品だ、さすが源氏物語の現代語訳を手がけた方だけあるなあと感じ入っていると、すっころぶようなラストが待っていました。母ではなく、女だったのだ!いつまでもたか子は女だったのだ!この瞬間、甘酸っぱい白梅の香りを仄かにかぐような読後の余韻にひたりかけていた私は、生々しい白粉の臭いに現実に引き戻されたのです……白梅とは、違う意味でたか子のことだったのでしょう。

「仙酔島」島村利正(1912~1981)
 信州の山間の商家、杉村屋の老婆ウメは七十を過ぎて孫に連れられ西日本に旅行に出ました。昔に出張先の信州で客死した馴染みの取引先の家族を訪ねた先の仙酔島で、ウメは醜い老船頭の夫婦に出会います。
「あれでいいのだ、あれでいいのだ」とウメが心の中で思ったのはなぜなんでしょうか。これ、つぎのうちで作者の心情にもっとも近いと思われるものを選べ、なんていかにも現代文の問題に出そうですよね(笑)
ウメは、喧嘩というか怒鳴り散らす老夫とめちゃくちゃ言われて黙ってる老妻の足元に、老妻の綺麗な足袋と古いながらもしっかり繕われている老夫の足袋を見て、傍から見るよりこの夫婦の仲はしっかりしていると気付いたのでしょう。そして、かつての夫であった亀太郎と自分も似たようなものであったことを思い出したのですね。ここでの季、ウメの晩節は孫が旅行に連れて行ってくれるような果報なものでした。あれでいいのだ、とはひたすら忍従した自分と船頭の老妻が重なったから出てきたため息ではないでしょうか。

「玉碗記」井上靖(1907~1991)
 いい小説なんですけど、どうしてこのアンソロジーに選ばれているのか、それがわかりません。
細かいこと言うな、と思われても、私のこのアンソロジーに対する楽しみは、作品の中にどうにかしてテーマである漢字の一文字を発見することでもあったりするのです。その意味でこの物語はテーマが見つかりません。または、ものすごく浅瀬に見つかった(笑)宝探しで砂の上にアイテムが落ちてました。
安閑天皇は古墳時代の天子のようです。天皇陵から発見された玉碗と正倉院の白瑠璃碗を通して、安閑天皇と妃の長く離れていた愛情が千数百年の歳月をへだてて再び相逢うドラマチックなロマンスと、主人公の今は亡き妹と親友の身近な薄幸の結婚生活が錯綜する物語です。古文は難しくて私にはわかりませんでしたが、どちらのカップルも愛情のバランスを欠いていたということなんでしょう。

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