「アンデスの奇蹟」ナンド・パラード+ヴィンス・ラウス

1972年10月の13日金曜日、ウルグアイのモンテビデオを出発し、チリのサンチャゴに向かっていた双発エンジンのフェアチャイルドF227機は、天候不良のためアンデス山脈東麓のメンドーサに臨時着陸し、再びチリに向かって険峻なアンデスの山々を越えようとしたところで消息を絶ちました。
乱気流に巻き込まれ、峠を越えることができずに山肌に激突したのです。
この機体は、ウルグアイの強豪ラグビーチーム、オールド・クリスチャンズ・クラブがチリで親善試合を行うためにチャーターしたもので、機内には搭乗員、選手、選手の家族ら合わせて45人の人間が乗っていました。
著者の言葉を借りれば、選手たちは自分の将来が目の前に現れてくるのを希望をもって待っていた才能ある若者たちでした。確かに、南米で当時ラグビーができたというと、経済的に裕福な階級の子弟だったと思います。
墜落現場では、機体は胴体を残してバラバラになっていました(本文中写真あり)。
この時点で生存していたのは、32名。これが事故の怪我が原因で瞬く間に27名に減ります。
著者の母と妹も乗っていました。著者は意識を覚醒し、自分の頭蓋骨が陥没しているのを知り、母の死を知らされ、まもなく妹をその腕の中で看取ることになりますが、医学生であったチームメイトに言われたのは「泣くな、塩が出て行く、塩が泣ければ生きていけない」。
生存者を苦しめたのは、まず衣服が体型のまま凍って強ばり、眉毛も霜で固まる春先のアンデスの「寒さ」でした。
「もう一息だけ生きよう、息をしているかぎり、闘いは終わらない」と士気を鼓舞しなければあっという間に死んでしまう過酷な環境は、血が凍る恐怖に襲われ、自分の心臓の鼓動をひとつ、またひとつと確認しながら生きるというものでした。
そしてこの事件を世界的に有名にしたもの、それは生き延びるために生存者が死んだ人間の肉を食べたことでしょう。まあ、私たちのいまの生活からは想像できないですが、同じような状況になれば誰もが通る道だと思います。食べ物がないんですから。周りは雪に覆われ、遺体は腐りませんでした。
それでも、2ヶ月強に及んだサバイバルで筋肉部位は底を尽きかけ、肝臓や腎臓、心臓はもとより、最期には肺や心臓に繋がっている太い血管に溜まった血の塊まで食べていたそうです。
しかし、彼らは人間だったと思います。死にかけながらも著者のことを想い、著者の母と妹は死んだままの綺麗な姿で手をつけなかったからです。
約2週間経ったとき、突然の雪崩で遭難時当初のリーダーでありクラブのキャプテンだった人物を含め、8人もの人間が亡くなり、生存者は16名になります。
彼らが生き残るために最終的に選んだこと、それは四方を山で囲まれたその忌まわしき地からの脱出でした。
その10日に及んだ奇跡の脱出を敢行した2人、その中に著者もいたのです。
あとでわかったのですが、著者が登り超えた山壁は海抜約5千メートルもあったそうです。
プロの登山家でさえ装備を整え、心して臨むべきところを、ウルグアイ生まれで雪も知らぬ、二ヶ月の間飢えきった登山のど素人が、街着のまま飛行機の残骸を廃物利用した道具を使って、山岳を登りきったことは奇跡でなくてなんでしょうか。
ふたりは、12月21日チリの農夫によって、ずたぼろのところを発見されました。
本書は、40年前のその事故を生存者があらためて振り返った、渾身の72日間の記録です。

すごい本でした。とてもリアルに表現されていましたし、サバイバーだけでなく、その家族(とくに著者の父)が事故後にとった行動も書かれていて、その本当にいたたまれぬ気持ちがじんじん伝わってきました。理屈では死んだとわかっている、だから過去を清算するために息子の部屋のものを全部捨ててしまうのですが、ふとした瞬間じっとしていれなくなって10時間歩き回って教会にいって何も祈れないことに気づいたり……
著者は「死」の反対語は「生」ではなく「愛」だと説きます。それは読んでいてこちらも理解できました。だから、長い空白を経て著者が私たちに語りたかったこと、それは十分に伝わる本だたっと思いますよ。
息のひとつひとつの瞬間も大事にして、私たちは周りを愛しながら生きなければならないと。
事故直後、カトリック教会の大幹部は、教会の倫理に照らして生存者が生きる為に人肉食をしたことは罪にならない、と発表しました。
そして、亡くなった人間の家族の多くが、生存者の行動を支持する旨の声明を発表しています。



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