「小銭をかぞえる」西村賢太

「普通ならば、すでに子供のひとりや二人はあって然るべき而立の齢を経てていながら、私は恋人どころか女友達のひとりもできず、八畳一間の居室で連日、朝晩と自らを汚す行為に耽り、それでも慊い(あきたりない)と、本来なくてはならぬ飲酒の費用さえ節約し、廉価手軽な個室ビデオに駆け込むのである。そこでは三千円の追加を払い女の子の指の世話になるのだが、部屋に戻ってしばらくすると、今度はそのマラに残る掌の感触と相手の髪の芳香を思い出し、更に独りでもう一度かき始めてしまうのだった」

(笑)
芥川賞作家・西村賢太の受賞以前の作品で、本人にとって第四作目の上梓となったのが本作「小銭をかぞえる」です。
表題作「小銭をかぞえる」と「焼却炉行き赤ん坊」の二篇、いずれも80ページほどの分量で、いつもの西村節ながら、主人公の暴れ方が比較的おとなしいので、すっと短時間で読める作品に仕上がっています。
“いつもの”パターンというのは、冒頭に書いたような色乞食でどうしようもない狷介な性格の主人公「私」が、久方ぶりに邂逅した女性と同棲し、関係が当たり前となってくるのにしたがってだんだんと、持ち前の気性の激しさや我儘、偏執性を表に出し、暴力や自暴自棄にいたったあとで、女性に頼っている自分自身の中の男というものにはたと気づき、軽挙妄動を反省するも覆水盆に返らずといった小話が、この作家のいつもの筋なのです。
どれだけ脚色しているのかは不明ですが、大本のストーリーは真実なのでしょう。同棲している女性の東北の実家に、藤澤造の全集を出版するための費用を借りる話も度々書かれている事柄です。
ただ、本作二篇においては、「私」の凶暴性がいくぶん抑えられており、いつも読んでいると感じる同棲相手の女性への憐憫が少し楽であるように思います。
とはいえ、「苦役列車」(カテゴリー芥川賞受賞作参照)で、港湾作業の仕事仲間として登場した人物と同一であろうと思われる山志名という茨城の郵便局員に金を無心する様は、さすが西村賢太、思わず唾棄したくなります。
去り際に暴言を吐きながら、捨て銭でもらった一万円は絶対に返さないその人間性のあさましさ。
色乞食(いろこじき)という言葉も作者の創造であるのかどうか知りえませんが、低劣な人間を修飾するのに最適な言葉であると思います。
やっぱり西村賢太は、才能あるのかな。
たとえば本やプラモデルなどに偏執的に執着する人間というのを、私はあまり理解できません。
しかし物語の見せ所は、同棲相手の女性と「私」の関係で、「私」の心にどんどん渦巻いてくる憤りの表現であると思うのですが、こっちのほうはなんとなく理解できるのです。というか、男性であるなら大なり小なり“わかる”でしょうね。
西村賢太という世界への入門書として、本作は最適であるかもしれません。



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