「百年文庫 秋」志賀直哉・正岡容・里見

ポプラ社百年文庫、№4のテーマは“秋”です。
秋ってなんでしょうね。秋に何を思い浮かべるでしょうか。
収められた三篇を見るかぎりでは、編集者の秋に対する想いは、人間情緒の豊かさでしょうか。
春夏秋冬、それぞれの季節を比べてみると、秋が一番イメージ的に豊潤な気がしますね。
食欲の秋、読書の秋、実りの秋、そして恋が芽生える秋。色々な酒が味わえる季節でもあります。
三篇の小説、どれも幸せな物語でしたね。よいヒューマンドラマでした。

「流行感冒」志賀直哉(1883~1971)
 最初の児が死んだので……という書きだしは、「城の崎にて」の電車にはねられ怪我をした、を思いだしました。最初の一文で、読み手の興味を引きずり込んでしまう、そして、その一文で続く物語の根幹を説明してしまう、志賀直哉という人の小説の巧さを本作でも感じましたね。抜群に上手いですね。はっきり云うと後ニ篇とは比べものになりません。“秋”の季語は感冒、キノコくらいしか見えないんですが、石という名前の女中と志賀家の関係が、カラッと晴れた秋空みたいで鬱がない。人は誰しも性善なのです、ただし季節を待つこと、決断をその季節に急いではならない、という人間関係の教科書のような物語です。

「置土産」正岡容(1904~1958)
 正岡容(まさおかいるる)、知りませんでした。なんでも寄席(よせ)評論の専門家であったらしいです。
寄席とは落語、講談、漫才らのことですが、ようするに当時の芸能評論家であったわけですね。
本作は、1941年の発表で、直木賞候補にもなっています。講釈師の師弟のお話です。
講釈師といっても私には落語との違いがわかりません。“笑い”の違いなんでしょうか。
始めはどうなるんだと心配していた物語ですが、ずいぶんキップもよく、気持ちよくカラッとした秋の空に収まりました。

「秋日和」里見(1888~1983)
 里見(さとみとん)は、志賀直哉とも交友を持ち、最期の白樺派と云われた作家です。
ですが、ペンネームのいわれを尋ねてみれば、電話帳開いてトンと指した場所が里見という姓であったと聞いてみれば、何をか言わんであります。(本名は山内英夫)
本作は1960年の作品で、50歳に届こうかという年齢の未亡人・三輪秋子とその娘・アヤ子(たぶん26歳)の、亡くなった画家の夫の友人らとの交友のお話です。女二人の所帯であるこの家庭の世話を、周りがあれやこれやと焼くわけですが、高度成長期の日本を感じられる部分もありますね。レストランでフォアグラとか。今の日本でこの物語を書いてもただおかしいだけですが、この時期に書かれているからこそ、そして読み手もそれを想像して心が豊かになれるからこそ楽しいのですね。

日本はもう、いつのまにか秋は過ぎ、違う季節に入ったのかもしれませんね。
氷河期ではないことを祈ります(笑)。

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