「PC遠隔操作事件」神保哲生

 片山祐輔の名前はおぼろげでも、顔を見れば多くの方が思い出すことだと思います。
 2012年6月から約2ヶ月、片山は犯罪とは縁もゆかりもない4人の一般市民のパソコンを遠隔操作し、JALニューヨーク便の爆破予告を含む14件もの殺害・爆破予告をネットで発信しました。
 犯罪の土台となったパソコンの持ち主である4人の“被害者”は、警察によって誤認逮捕されました。
 4人のうち2人は取り調べのプレッシャーに絶えきれず、虚偽の自白をしました。
 やがて真犯人からの犯行声明のメールが届き、疑いは晴れたものの、彼らは一生消えることのない心の傷を負いました。被害者の中には未成年ですでに家裁の処分を受けた方もいたのです。
 真犯人である片山は、警察をあざ笑うかのように挑発的な挑戦メールを送り続け、証拠物件を見つけるために警察は冬の雲取山に登山したり、江ノ島で猫の大捕り物をさせられたりしました。
 このときくらいから、テレビなどメディアの煽りもあって、日本中が大騒ぎになります。
 結果、江ノ島に防犯カメラが存在するとは思っていなかった片山の抜け作のおかげで、彼のデブオタの容姿はバッチリ捉えられ、2013年2月10日に江東区の自宅マンションで逮捕されました。
 しかし、検察が時期尚早であると考えていたように、この逮捕はやや拙速でした。
 片山を有罪にする決定的な証拠がなかったのです。
 片山こそ遠隔操作の真の被害者ではないか――佐藤博司弁護士をはじめとする最強の弁護団に守られ、片山は容疑を全面否認します。裁判の行方は予断を許さず、検察と弁護双方の壮絶な舌戦の渦中、それは起こりました。
 保釈中、あろうことか片山は別の真犯人を装った偽装メールを発信し、これに使用したスマホを荒川の河川敷に埋めましたが、瞬時に警察に発見されてしまったのです。信じられない間抜けな墓穴でした。
 万事休す。偽装の動かぬ証拠を押さえられた片山は否認を一転、すべての犯行を認めたのです。
 2015年2月4日、片山祐輔には懲役8年の判決が下されました。
 これがだいたいの「PC遠隔操作事件」の概要なのですが、本書は知られざる事件の裏側が網羅されています。
 片山はなぜ一文にもならぬ事件を起こしたのか、その動機とは?
 誤認逮捕という大失態を犯した警察の捜査手法など日本の司法制度の問題から、俯瞰すればネットオタクによる悪質ないたずらにすぎない事件がこれほどまでに国内を騒がせることになった原因ともいえるマスコミの問題まで、事件の表層にとどまらず事件の外郭を取り巻くこの国の真の病巣にまで迫る、渾身のノンフィクション。

 著者は相当力あります。論理的だし読んでて見事だと思いました。
 ただ、長い。558ページもある。ジャーナリスト心理としてそれでもまだ言いたいことは足りないのでしょうが、あと100ページは削ることができたと思います。面白いけど小説ではないので、読んでいる方は非常に疲れる。
 まあでも、間違いなく事件ルポとしては秀逸な出来です。
 新聞やテレビでこの事件のことを見ていましたが、知らないことがたくさんありました。
 ツボは証拠品回収のために雲取山に登山させられた警察官たち。急に行けと言われて冬山登山の準備など知らなかったのでベンチコートとか間抜けなカッコで行って偶然現地で会った山岳救助隊に怒られたそうです。そりゃそうだよね、雲取山って東京最高峰で2千メートル超えてるんだってね。それでもあるはずのUSBはなぜだか見つからなかった。だから焦れた片山が江ノ島の猫を使うことになってそれが結果的に逮捕に繋がったのだから、何が幸いするやらわかりません。
 そして片山に前科があったことを知りませんでした。のまネコ事件で1年6ヶ月もの実刑判決を受けていたのですね。
 名字を変えて(両親がわざと離婚)、前科を隠していました。
 今回の事件は出所してから丸5年経っていなかったため、量刑には再犯のペナルティが課せられています。
 今回の8年と合わせて40歳までに10年近く刑務所に入るとは、ヤクザ顔負けの牢名主です。
 出てきても、また似たようなことをやる可能性は高いと思います。
 それでも、誤認逮捕された被害者のことを考えると腹が立ちますが、中学時代にイジメを受けた経験もあり、対人関係がうまくいかずネットの世界しか息を抜ける場所がなかったことを知ると、なんだか同情してしまいます。
 私は、社会に対し自らの存在を誇示せずにはいられない特異な自己顕示欲、自己承認欲求が片山にあったことは無論ですが、私は彼はネットの世界で少しずつリアルな人間としての常識をなくしていったのだと思うのですね。
 ネット世界は顔を出さなくてもいいというのが、リアル社会と大きく異なる点だと思いますが、この顔を出さなくていいということが片山にとっては逆に本当の社会になってしまい、コンピュータプログラマーの派遣社員としてのリアル生活のほうが裏になってしまったんじゃないかと思うのです。だからネット世界でこれだけ負の感情を爆発させたんじゃないですかね。発端はともかく、それは必ずしもストレスからの逃げでも反動とも次元が違う話だと思うんです。
 アル中やヤク中と同じように、ネット中毒というのは存在すると思います。


 
 
 
 
 
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この記事へのコメント

- B.K hansha - 2017年09月16日 11:26:21

この事件に以前から興味があり、貴書評ならびに感想は大変参考になりました。
保釈中の潜行追跡捜査は、殆ど例が無い(警察2課関係者)ようで、正に執念であったと思いました。

Re - 焼酎太郎 - 2017年09月16日 18:35:32

B.K hansha様

コメントありがとうございます。
改めて読んでみれば酒にでも酔っておったのか駄文誠に恥ずかしいかぎりです。
保釈中の追尾はいまだその真相は謎であり、
ひょっとしたら電波的なものであった可能性があると書かれていたように思います。
ありがとうございました(__)

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