「あとは泣くだけ」加藤千恵

 さすがの切り口を魅せる歌人・かとちえさんの、短編恋愛小説集。7篇。
 過去の終わった恋愛を、偶然見つけた“モノ”をきっかけに、回想するのが共通したテーマになっています。
 まあ、私なんかが云うのもなんだけど、恋愛は終わってから5,6年経ってやっといい思い出になりますよね。
 最中のときじゃあ、そんな余裕というか詩的なものにはなりませんな、生だから。
 唐突にドブの底みたいに猛烈に臭い屁をかがされたり、偶然熱心に鼻をほじっているところを目撃してしまったり、そういったその時の生臭いことをね、忘れたあたりから過去の恋愛は光り輝いてくるのですよ。
 そういうもんでしょ。屁の臭いを覚えているうちはいい思い出になんてなるわけないじゃん。
 心が自然に思い出しているうちはダメってことですよ。
 この小説みたいに、押入れとかのふとした場所から元恋人に関するモノが出てきて、フッと時間が止まったような感覚に陥り、遠くなった甘く切ない記憶を探る、みたいな感じが一番美しい。
 嫌なことがある程度、フォーマットされているからね。
 絶対忘れないだろうと思っていた元恋人の誕生日や、携帯番号とかも瞬く間に忘れています。
 テレビに出てるのを観るたびにドキッとしていた同じ名前の女優も、いつしかまったく気にならなくなります。
 偉大ですよ、時間というのは。
 まあ、色んなシチュエーションの別れ話も良かったと思います。全部が全部いいわけではありませんけど。
 個人的に好きだったのは、4番目の「あの頃の天使」ですかね。
 部屋を片付けていたら、彼女が残していったたまごっちが出てくるという。急いでコンビニにボタン電池を買いに走るその気持はよくわかる。男はロマンティックだからねえ。
 ちょっと、かとちえさん見直しました。
 西加奈子とのオールナイトニッポンRはレギュラーにはならなかったのな、残念。
 始めから朝井リョウとではなくて、女性ふたりでやっていればもっと面白かったと思う。女性ふたりのラジオは久保ミツロウと能町もそうだけど、面白いわ。

「触れられない光」
 父が早死してから、私(阿弓)に執着してばかりの子離れのできない母。2年付き合った彼氏から婚約指輪とともにプロポーズされたときは、ついに母の元を離れる決心がついたが、祖母が倒れて「阿弓はいなくなったりしないわよね」という言葉に、やはり私は縛られてしまう。
「おぼえていることもある」
 この話はけっこう謎なんですよ。かとちえさんがまだラジオやってればリスナーとしてメール送りたかったくらい。
 主人公のそうくんは、イケメンで彼女が途切れたことのないヒモ男なんですが、偶然知り合った地味で垢抜けない女性に、強烈に惹かれてしまうのです。彼女の名は山下紗江子。しばらくは彼女のボロアパートで同棲するのですが、紗江子から「好きな人ができた」と追い出されるはめに。そのとき「わたしはあなたを好きだったことはない」と言われて諦めました。彼女からもらったウィリアム・バロウズの本「おぼえていることもある」が思い出の品です。この本にどんな意味があったのだろうと不思議な話です。
「被害者たち」
 主人公の女性は、賞味期限の切れたワタリガニの缶詰を発見し、6年前に付き合っていた5歳年上の彼氏のことを思い出します。細目でクールな彼氏は、蓋を開けてみると大変嫉妬深く、暴力をふるわれたこともありました。
 絶対に付き合ってはいけないのが、嫉妬深くて暴力をふるう人間。だいたいこの二つはセットで現れます。
「あの頃の天使」
 大学受験を控えて忙しい主人公は、気分転換に部屋の掃除をしたところ、4年前に初めて付き合った女の子からもらった、たまごっちを発見。起動させるべく夜中にもかかわらずコンビニにボタン電池を買いに走ります。中1の切ない恋が今、よみがえる。
 爽やかで切ない物語。ありがちな話でも、作者のアレンジが冴えています。
「呪文みたいな」
 女子高で、ひとり浮いていた一匹狼のリミ。次第に彼女のことが気になりだした主人公は、友達に隠れてリミと会うようになります。卒業とともに連絡が取れなくなった彼女との思い出は、手づくりの天然石のブレスレット。それは7年前。
 どうして卒業したとたん、リミの携帯の番号が変わったのか、それを考えるだけでも酒が五合は飲めますね。
 もらったストーンは、ソーダライト、フローライト、ラリマー。それぞれの石がどのようなパワーを持っているかを読んでみたら、リミの気持ちがわかるかもしれないですね。
「恐れるもの」
 結婚披露宴に出席した夫のベストのポケットから出てきたゴールドのアンクレット。それは、5年前にパート先のスーパーで知り合った浮気相手からもらったものだった。流産して以来、私の身体に触れようとしなくなった夫。当時38歳だった私は、夫の目を盗んで6歳年下の男と肉体関係を持つようになったのだが・・・
「先生、」
 教育実習を直前に控えて、偶然に再会した高校の日本史の先生。相談に乗ってもらうつもりが、いつのまにか好きになってしまった。喫茶店での会話はいつしか居酒屋になり、酔ったふたりはキスをしてしまう。妻子ある52歳の男と大学生の女の恋の行方は・・・結論は先生と生徒。最強の関係!?

 すべて読んでも、タイトルの「あとは泣くだけ」という意味がわかりません。
 切ないのもあるけれど、恋の当事者である主人公たちは過去の恋愛を割り切っているように見え、泣くところは見当たりません。
 逆に、だからか?


 
 
 
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