「駆逐艦『野分』物語」佐藤清夫

 第4駆逐隊最後の生き残りであり、常に連合艦隊の最前線で奮闘した歴戦の駆逐艦「野分」の戦記。
 開戦劈頭より南方部隊に配属され輸送船拿捕第一号となるノルウェー船籍ヘリウス号を臨検拿捕、ミッドウェー海戦では航行不能となった機動部隊司令艦空母赤城を介錯雷撃、敵制空権下でのガダルカナル、ラバウル輸送護衛、東松二号輸送作戦を成功させ、、マリアナ沖海戦では空母直衛、そして最期となったレイテ島海戦では決死のしんがりとなって、危険をかえりみず栗田艦隊より落伍した重巡筑摩の生存者救出に尽力しました。
 文句のつけようのない、赫々たる戦歴です。全駆逐艦の中でもベスト10に入ると思う。
 著者の佐藤清夫さん(海兵71)は戦艦大和運用士兼上甲板士官を経て、昭和18年12月に「野分」に配属され、通信士、航海長(昭和19年4月)を務められました。戦後は海上自衛隊に入隊し、護衛艦「ありあけ」の艦長をされていたそうです。
 巨艦大和から小さい駆逐艦野分に転任して初めての航海では、船酔いして仕事にならなかったそうですが、さりげなくこのようなユーモラスなエピソードも晒しておられることに、親しみを覚えました。
 「両舷直」という言葉は、軍令部のように陸の机上で仕事をするのではなく、海の現場で仕事をする軍人を指す海軍の言葉だそうですが、終始この「両舷直」の立場から太平洋戦争における軍令部の作戦を痛烈に批判しており、勉強になりました。

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  陽炎型駆逐艦『野分』
  昭和16年4月28日竣工
  基準排水量2000トン 全長118・5メートル
  速力35ノット
  12・7センチ砲連装3基 61センチ4連装発射管
  2基 
  乗員240名
  

 著者が野分に乗り組んだのは昭和18年末からなので、それからの野分の戦闘の描写は貴重です。
 戦闘詳報を仕上げる通信士でしたからね。
 特に圧巻は昭和19年2月17日のトラック大空襲にまつわること。
 アメリカの優勢なる機動部隊がトラック基地に襲い掛かってきたとき、野分は内地に向けて出港したばかりでした。
 練習巡洋艦で帰還後に護衛総隊の旗艦になることが決まっていた「香取」と、ずっと行動を共にしてきた駆逐隊の僚艦「舞風」、トラック島から内地へ帰る一般人を乗せた「赤城丸」、そして野分の4隻の船団は、実に8時間に渡って敵航空隊の連続した攻撃を受けました。香取にも舞風にも生存者はいませんでしたから、その最期の模様を詳細に伝えているのは本書だけです。このことだけでも価値があります。「赤城丸」は空襲だけで轟沈しましたが、「香取」と「舞風」は大破して航行不能になりながらも、まだ浮いていました。野分は巧みに空襲をかわして反撃を加え、ほぼ無傷でした。
 そこにやってきたのは、スプルーアンスの座乗する戦艦ニュージャージー率いる水上戦闘艦艇でした。
 「香取」と「舞風」は、おそらく戦艦巡洋艦群にとどめを刺させるために、瀕死の重傷のまま、航空機による攻撃を中止されていたのです。戦争の趨勢を航空機に奪われつつある水上戦闘艦艇の猛烈な砲火が両艦を襲い、瞬く間に撃沈されます。
 当然、野分も捕捉されていました。ニュージャージーの40センチ主砲弾の弾着は凄まじかったそうです。
 水柱が100メートルくらい上がったと書いてあり、著者も震え上がったそうです。
 野分は、残燃料のことなどまったく考える暇もなく、全窯をフル出力で炊いて36ノットの限界の速さでもって戦場をかろうじて離脱したのでした。
 著者は、レイテ沖海戦の直前の昭和19年9月22日に水雷学校に入学のため、リンガ泊地で野分を退艦します。
 野分がレイテ沖海戦で行方不明になったと知ったのは、半年後に駆逐艦「桐」の水雷長に任命されたときだったそうです。
 野分は、昭和19年10月26日、サマール沖でハルゼー率いる戦艦群の砲撃によって撃沈されました。
 その最期の様子を著者が知ったのは、海上自衛隊幹部学校にいるとき、アメリカの公刊戦史を閲覧したからです。
 それまでの日本の資料では、ひとりの生存者もいない野分の最期はわからないままでした。
 第4駆逐隊(設立当初からの艦は野分だけ)から1艦だけ栗田艦隊に配属された野分は、栗田艦隊反転後、落伍した重巡「筑摩」救出の命を司令部から受け、戦場に引き返したのです。まったくもって、損な役回りでした。
 野分は単艦で危険な戦場に引き返し、大破した筑摩の乗員を約百名救出後、小沢艦隊の陽動に乗って北上したものの再び南下してきたハルゼーの戦闘艦隊の砲雷撃を受け、轟沈しました。
 ひとりの生存者もいません。スリガオ海峡でボコボコにされたあの西村艦隊でさえ、後の収容所では各艦とも数名の生存者がいたそうです。
 野分は歴戦の守屋節司艦長以下乗員272名が全員戦死したというのが通説です。しかし、謎といいますか、非常に意味深なことを著者は書いています。
 著者に寄せられた遺族の話によると、戦後何年か後にフィリピンのある場所で米軍が用地買収の折り日本人の墓があり、海軍少佐高橋太郎という墓標から、お宅の息子さんに間違いありませんかといって、復員局を通じて遺骨が届いたというのです。
 高橋太郎は、著者も知っている野分の砲術長でした。
 このことから、著者は野分が沈没した後、生存者がいたことを確信し、自分も戦闘経験があることから砲術長が生きていたことを土台にして野分の最期の模様をシュミレーションしており、おそらく99%このような事実でしょうから一読の価値があります。
 なお、墓標が書かれていたことから、他にも野分の生存者がいたのではないかと著者は推測しましたが、アメリカ政府にもフィリピン政府に問い合わせても、高橋砲術長の墓標の場所はわからなかったそうです。


 
 
  

 


 
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