「イノセント・デイズ」早見和真

 あらすじ。といいますか物語の題材となる事件の概要。
 桜のつぼみがほころび始めた3月30日の午前1時、横浜にある木造アパートで火の手が上がった。
 消防隊の懸命の消火活動の甲斐なく、三体の焼死体が搬出された。
 遺体の身元は、井上美香さん(26)と1歳になる双子の姉妹。
 一家の主・敬介さん(27)は、勤め先の介護老人ホームの夜勤に出ていて無事だった。
 井上宅のドア前に灯油が撒かれていたことなどから、警察はすぐに放火の線で捜査を開始。
 まもなく、敬介さんの元恋人だった田中幸乃(24)に任意同行を求めた。
 幸乃は大量の睡眠剤を服用し、自殺で自殺を図ろうとしていた。
 踏み込んだ警察によって一命を取り留めた幸乃は、一家に対する殺意を認めて逮捕された。
 幸乃は敬介さんと1年半ほど交際したのち、事件の2年前に別れていたが、それ以来ずっとストーカー行為をしていた。
 幸乃は事件の3週間前に大がかりな整形手術を行っていた。
 週刊誌を中心とするメディアは、幸乃の私生児として出生した過去や、その母が17歳のホステスであったこと、養父から受けていた虐待、中学時代に強盗致傷事件を起こして児童自立支援施設に入所していたという事実、出所後に真っ当な道を歩み始めたかに見えたものの、最愛の人との別れを機に再びモンスターと化していった経緯を暴き立てた。
 逮捕から半年後、横浜地裁は公判で田中幸乃に検察の求刑通り死刑を宣告した。

 で、物語は田中幸乃自身はもとより、彼女を取り上げた産科医や、不幸な幸乃が束の間の幸せを謳歌していた小学校時代の仲間、転落する転機となった中学時代の友人などを章ごとに語り手として構成され、彼女の人生を振り返りながら、着々と死刑執行のその時まで進行していきます。
 要は、いわゆる新聞発表などの彼女の経歴の裏には何があったのかということを掘り出して、紙面を読むだけでは冷酷無比な殺人鬼としか思えない田中幸乃が、実はとても殺人など犯せない人間だったということを明らかにしていくわけです。
 小説としてはミステリー・・・といいますか、まあミステリーなんでしょうけど、いきなり道路の真ん中に目につくように置かれているような誰でも気付く伏線といい、ラストでどんでん返しみたいな推理小説というのとは違います。
 読む人はだいたいの真相を早い段階で見抜けるでしょうからね。法廷の金髪の。
 でも、まったくもってこの物語がどこに向かうのかは最後の1ページまでわからなかったんじゃないでしょうか。
 私も、このラストはまったく想像できませんでした。
 そういうところが、この本が刊行3年を経てなお、じわじわ売れているという所以なのでしょうね。
 あくまでも作者の主眼は、よく目にする事件記事は表面上のものだけであって、本当のところは誰にもわからないんだよ、本当の背景は警察の捜査や法廷ですら明らかにできないものなんだよ、ということを訴えたかったと思うんですよ、私は。
 これは、ほんと同感ですね。
 ニュースで犯人の顔写真とか見ながら「悪いやっちゃなあ」とか勝手に思っていますが、「冤罪かもなあ」とは普通思いませんし、別に報道を疑いながら見ませんもんね。ある意味、仕方ないけど無責任だわ。
 もちろん、大多数が報道通りの悪人なんですが、それが99%間違いないだけに、1%の真実を見逃すんですな。
 これが、犯人の過去の人間らしい部分を知っている人間だと「おかしい」と感じるかもしれません。
 冤罪なんじゃかいかとか誰かに唆されたんじゃないかとか、被害者にも落ち度があったんじゃないかとかね。
 特に今だと誰でもネットで情報が発信できますから、真相に繋がりやすいということもあるでしょう。
 本作だってよく読んでみれば八田がブログで情報を出したし、丹下翔はインドのネットで情報に接することができたし、佐々木慎一はネットの質問サイトが行動の突破口になったのです。
 一昔前だったら、きっと知らないままだよ。
 それを思うと、知ることは必ずしも幸せには直結しないなと思いますね。

 細かいところはどうでしょうか。
 ひとつ腑に落ちないところがあって、どうして幸乃は放火に使われた灯油の行方を知っていたのかという。
 私が読んだのは単行本なのですが、文庫本はそのあたり修正されてたりするんですかね。
 まあ、私が肝心なところを読み落としている可能性もあるけど。
 あとは、なぜ幸乃が敬介のようなのを好きになったのかという点も、八田の自殺願望を見抜いたように、敬介には一種独特の魅力があったということで説明されていると思いますし、そうおかしいところはありませんね。
 これが読んだ通りのバッドエンドなのか、それとも実はこれこそがハッピーエンドだったのかという解釈については、読んだ人それぞれかと思います。
 一番かわいそうなのは佐々木慎一でしょうが、彼は幸乃の祖母にたくさんの告げ口をしましたし、中学生のときには幸乃の冤罪を見逃しています。敬介と出会う前に、彼が幸乃の前に出ていればふたりは幸せになったかもしれません。
 何事にも、時既に遅しという場合はあります。すべてタイミングですね。幸乃の人生が好転するきっかけはいくらでもありましたが、そうはならなかった。結局、それは幸乃の責任でもあるのでしょうし、彼女を取り巻いたすべての人間の責任でもあったと思います。それが社会ということでしょ。死刑は廃止するべきかもしれませんね。


 

 
関連記事
スポンサーサイト

この記事へのコメント

トラックバック

URL :

カレンダー
09 | 2017/10 | 11
1 2 3 4 5 6 7
8 9 10 11 12 13 14
15 16 17 18 19 20 21
22 23 24 25 26 27 28
29 30 31 - - - -
最新記事
カテゴリ
ミステリー (94)
ミステリー短編集 (17)
歴史ロマン・ミステリー (17)
冒険ロマン・ミステリー (15)
サイコホラー・ミステリー (15)
学園ホラー・ミステリー (14)
民俗ホラー・ミステリー (10)
政経・金融ミステリー (18)
ファンタジックミステリー (22)
近代・昭和ミステリー (14)
オカルティックミステリー (7)
青春・恋愛ミステリー (21)
医療小説・ミステリー (22)
伝奇小説・ミステリー (15)
時代人情小説・ミステリー (18)
時代冒険小説・ミステリー (19)
社会小説・ミステリー (15)
スポーツ小説・ミステリー (10)
アーティスティックミステリー (12)
海外ミステリー (28)
海外冒険小説・スリラー (17)
SF・FT・ホラー (26)
SF・FT・ホラー短編集 (14)
海外SF・FT・ホラー (18)
クライシス・パニックサスペンス (12)
警察・諜報サスペンス (31)
悪漢・犯罪サスペンス (30)
中間小説 (24)
青春・恋愛小説 (33)
家族小説・ヒューマンドラマ (31)
背徳小説・情痴文学 (14)
戦記小説・戦争文学 (19)
政経・金融小説 (14)
歴史・伝記小説 (23)
芥川賞受賞作 (19)
直木賞受賞作 (20)
文学文芸・私小説 (24)
海外小説・文学 (13)
文学アンソロジー (55)
歴史・伝記 (30)
戦史・戦記 (31)
海軍戦史・戦記 (153)
物理・宇宙 (26)
生命・生物 (38)
アンダーグラウンド (47)
事件・事故 (40)
世界情勢・国際関係 (25)
スポーツ・武術 (24)
探検・旅行記 (25)
随筆・エッセイ (30)
月別アーカイブ
プロフィール

焼酎太郎

Author:焼酎太郎
FC2ブログへようこそ!

検索フォーム
最新トラックバック
リンク
QRコード
QR
RSSリンクの表示