「漂流」角幡唯介

 1994年3月17日。
 フィリピン・ミンダナオ島沖合で、地元漁船が一艘のうす汚れた救命筏を発見した。
 救命筏には日本人1名フィリピン人8名が乗っており、9人全員が無事に保護された。
 彼らは、沖縄の漁船第一保栄丸(59トン)の本村実船長(52歳)と船員だった。
 第一保栄丸はグアムを基地に創業していたマグロ延縄漁船で、1994年1月19日に出港し、2月1日にグアム南東の海上から連絡があったのを最後に、無線連絡が途絶えていた。
 マグロ水揚げを代行する代理店が2月21日に米国の沿岸警備隊に捜索を以来したが、5日間航空機で付近の海域を捜索したにもかかわらず、彼らの生存に結びつく手がかりは何も発見されなかった。
 彼らは何らかの理由で遭難したと考えられ、生存は現地でも日本でも絶望視されていた。
 それが、37日間ぶりに、およそ日本列島に相当する2800キロ離れたミンダナオ島で、全員が極めて衰弱しながらも無事に漂流しているところを発見されたのである。奇跡といってよかった。
 救助翌日にはフィリピンのメディアに加えて日本からもマスコミの記者が大挙押し寄せ、新聞や週刊誌で大きく報道された。
 特に、フィリピン人船員の「最後は日本人の船長を殺害して食べることで意見が一致していた」という証言が伝えられるや、センセーショナルを巻き起こした。20年以上も前のことながら、覚えている方も多いことだろう。
 漂流にまつわる事案を研究していた冒険家・角幡唯介も、そのひとりである。
 彼はこの「第一保栄丸漂流事件」に着目し、船長だった本村実に接触し、直に当時の話を聞こうと考えた。
 しかし、この試みは失敗に終わり、著者本人とここまで本書の冒頭を読んできた読者に想定外の衝撃をもたらすことになる。
 本村実は、救助されてから8年後の2002年、またもやグアムから漁船で出港したまま、忽然と行方不明になっていた。
 船どころかブイも浮き輪も重油も、何の痕跡も残さず、水に浸かれば自動的に送信される救難信号無線も発信されることなく、神隠しのように消えた。そして今度は見つからなかった。

 はい。
 つかみは衝撃的でした。
 「そんな、バカな!」と思いました。一度遭難して命からがら助かった人間が、再び遭難するなんて。
 しかも今度は行方不明のまま。
 これ、行方不明だから報道されていないので誰も知らなかったんです。遺体なり痕跡なりが見つかれば、おそらく大々的にニュースになったと思います。
 この事実を知った瞬間から、本書が生まれることになったのでしょう。
 1年前の本なんですけど、改めてもっと早く読んでおけばと思いました、このときまでは。
 その前の著者自身の冒険譚である「アグルーカの行方」が、面白かったんですが、シロクマの親子を撃ち殺したでしょう。あれが、根が残虐ながら極めて動物愛護家にできてる私にとっては、後味が悪かったのでね。そこに住んでる人間なら仕方ないけど、好きで冒険にいった人間がシロクマ撃ち殺すってどういうことやねんボケ、と思って読むのやめてました。
 「ああ、読んでりゃよかったよ」と悔みましたね、冒頭読むまでは。本章に入るまでは。

 今回のは、角幡唯介自身による冒険紀行はありません。
 取材でマグロ漁船に乗せてもらうだけ。
 あとは、家族含む本村実周辺の人物への膨大な聞き込み、そしてそこから広がる本村の出身地である伊良部島佐良浜に綿々と受け継がれる海洋民としての血統から推測される海を生活の場にする者の価値観の違いの考察などを通して、どうして一度生き永らえた人間が再び海に出ていったのかという謎を解明しようとしています。
 しかし、同じ遭難したフィリピン人船員や家族へのインタビューはともかく、本村実さんの人間関係を伸ばしすぎたと思う。複雑になってわけがわからなくなった。みんな嫌がっていたし。この部分が冗長すぎたわ。
 ウラセリクタメナウも興味深いけど、そこまで深入りすることないと思いました。
 それよりも、フィリピン近海では昔から何隻もの沖縄マグロ漁船が神隠しにあったように忽然と消えているのですから、難題とはいえ憶測見切り発車でいいからその真相を追う方向でいってほしかったですね。
 大型船衝突、北朝鮮による拉致、海賊の襲撃などの可能性があるわけですから。
 実際のところ、どうなんでしょうね。バミューダ海域みたいなものだから。
 沖縄が日本に変換される前は、沖縄の船は琉球船舶旗しか持っておらず、ミクロネシアでインドネシア海軍の哨戒機に攻撃されて死亡者が出た事件もあります。遭難したはずの船員が上海で北朝鮮の船舶に乗っているところを目撃されたという情報もあったりします。北朝鮮の水産業のレベルが低く、高度な技術を持つ日本の漁師を拉致したのではないかとも言われています。しかしあくまでも、昔の話ですからね。
 大型船による衝突の可能性が一番大きいのか。あれだと夜で寝てたら一瞬で木っ端微塵だから。
 どうやら著者もそう考えているような雰囲気も感じましたが・・・


 
 
 
 
 
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