「人魚の眠る家」東野圭吾

 「うちの家にいる娘は患者なんですか、それとも死体なんですか」

 本当に久しぶりに、冒頭から引き込まれる東野圭吾の作品を読みました。
 本作はいわゆる推理ミステリー小説ではありません。
 初めてかもしれません、この人の、こういうスタイルを読んだのは。
 ただし、この物語のバックボーンには社会的といってもいい大きな謎というかテーマがあって、それが抜粋して私が上に挙げたメッセージなわけですが、これをどう捉えるかによっては、読む人にとっては最大のミステリーになりうるかもしれません。
 科学的な題材を扱うことは、この作家の常ですけどね。
 今回のは、深みが違うような気がするなあ。哲学的な問題もはらんでいるわけだし。
 家族小説としても、母親の狂気ともいえる愛情を巧みに浄化して描き切り、高レベルなヒューマンドラマに仕上がっています。
 娘は治療を必要とする患者なのか、それとも必要としない死体なのか。
 ズバリ、本作のテーマは「脳死」です。
 
 導入。
 結婚8年目だが、別居して1年になる播磨和昌と薫子。
 離婚寸前の仮面夫婦だが、ある日、突然の凶報が舞い込む。
 長女で6歳の瑞穂が、プール事故に遭って意識不明の重体となったのだ。
 ふたりが病院に駆けつけたときには、長時間の呼吸停止により大脳の機能は、ほぼ完全に失われている状態だった。
 担当の脳神経外科医は、ふたりに臓器移植の意志を問う。
 世界的に見て日本の場合極めて特殊だが、現行の日本の法律では、子供が脳死と疑われる状態に陥った場合、親権者が臓器移植同意の意思表示をしない限り、脳死の判定は行われない。心臓の停止をもって死とみなされる。
 「脳死」の定義とは、脳の全機能が停止した状態である。
 現在の基準で脳死と判定された患者が意識を取り戻すまでに回復した例は世界にひとつもない。
 しかし、日本では、親の臓器移植同意の意思が表明されない限り、どれだけ医師が脳死に間違いないと心で思っていても、生きているということになって治療は続行される。臓器移植の意思を表明すれば、脳死判定のテストが2回にわたって行われ、そこで初めて脳死が確定すれば、ただちに治療は打ち切られるのだ。
 つまり、子供が生きているのか死んでいるのか、親が選べると言っても過言ではないのだ。
 長期脳死の状態になっている子供が日本にはいるという。脳は融解しているかもしれないのに、体は生きているのである。
 和昌と薫子は、野原に咲いていた四つ葉のクローバーを、他の誰かのために取らずに残しておいた心優しい瑞穂のことを考えて悲しみにくれながらもいったんは臓器移植を選択するのだが、最期の別れで瑞穂の弟で長男の生人が「オネエチャン」と呼びかけたときに、意識のない瑞穂の手が動いたように感じ、急遽、臓器移植を撤回した。
 脳波はまったくないが、瑞穂の様態は安定し、ついに在宅介護が可能となる。
 播磨家の場合、夫の和昌はBMI(ブレーンマシーンインターフェイス)、つまり脳や頚椎などの損傷で身体が不随になった患者に対して、脳からの信号でロボットアームなどの介助機械を動かせるようにする技術を研究している会社の社長だった。
 AIBS(人口知能呼吸コントロール)で人工呼吸器は取り外され、見た目は自発呼吸をしながらスヤスヤと眠っている状態になり、ANC(人口神経接続技術)によって脳の信号がなくとも、脊髄の反射を利用してこちらから筋肉を動かしてやることも可能になる。
 しかし母親である薫子の、娘は生きているという思いは信念を通り越してやがて狂気まがいとなっていく・・・
 娘は実は死んでいるのに、こちらが生かしているようにしているだけではないのか。
 家族はもとより、親戚や特別支援教育士、日本で臓器移植を待ちながらも制度に阻まれて外国での移植しか選択肢がない難病の患者などの、それぞれの「命の価値観」をまじえながら、物語は然るべき方向へと向かっていくのだが・・・

 はい。
 やっぱ読み終えて一番に感じたのは、薫子の愛かな。
 これは狂気ではない、愛だと思いました。
 それでも、最後にもう瑞穂の身体は抜け殻だからと言って病院に行かず葬式の準備に専念していたにもかかわらず、脳の解剖を拒否したでしょ? あれは、そうはいってもエゴがあったということだよね。
 つまり、脳が融解していたとすると薫子のこれまでが台無しになったということです。
 それが怖かった。実は瑞穂が空っぽだったとされるのが怖かったのです。
 脳から出る信号と心の関係。うーん・・・
 私は、瑞穂は生きていたと思います。
 タイトルは人魚の眠る家であって、人形の眠る家ではありませんからね。
 そういうことでしょ。


 
 
 
 
 

 
 
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この記事へのコメント

- 藍色 - 2017年04月05日 11:01:53

一気に読み上げてしまいました。
賛否両論あるようですが、文学として飽きずに読ませる筆力はさすがです。
2~3回涙が出ました。
トラックバックさせていただきました。
トラックバックお待ちしていますね。

トラックバック

粋な提案 - 2017年04月05日 10:55

「人魚の眠る家」東野圭吾

答えてください。 娘を殺したのは私でしょうか。 東野圭吾作家デビュー30周年記念作品 『人魚の眠る家』 娘の小学校受験が終わったら離婚する。 そう約束した仮面夫婦の二人。 彼等に悲報が届いたのは、面接試験の予行演習の直前。 娘がプールで溺れたー。 病院に駆けつけた二人を待っていたのは残酷な現実。 そして医師からは、思いもよらない選択を迫られる。 過酷な運命...

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