「竜と流木」篠田節子

 限りなく黒に近い体色、そのウロコのない肌を覆った釉薬のようにぎらつく粘液、そして台形の頭部と大きく開いた口、鋭い棘のような歯。激しい攻撃性と攻撃の際の俊敏な動きを可能にする発達した尾と丈夫な後ろ足。
 それは、体長40センチほどの、太い胴体をしたおそろしく醜いトカゲに見える。
 神経性の猛毒を持っており、人間が咬まれると、全身を焼かれるような激痛に襲われ、血圧は限界まで上がり、鎮痛剤の類はいっさい効かない。唾液には汚い湿地帯の危険な細菌が含まれているため、適切な治療を怠れば高い確率で敗血症になって死に至る。


 どのようなジャンルでも器用に書ける篠田節子の、生物ホラー長編。
 怖いです、気色悪いです。
 特に爬虫類や両生類が苦手な方は、怖気を振るうやもしれません。
 かくいう私も、蛇やカエルは大の苦手でありますね。
 前世がアザラシか何かなのか、半年に一回ほど、海を泳いでいるところを下から食いちぎられるという悪夢を見て飛び起きる習慣もありますが、そればかりではなく、私の暮らしているところは日本でも南国と言われる地域であり、「こんなの日本にいたか」と思わせるような東南アジアばりの気色の悪いゴニョゴニョをそのへんで見かけたりしますから、始末が悪い。
 特に、色が黒いのは極めてキモいです。異様です。
 昆虫の黒いのと、爬虫類系の黒いのとでは与えられるダメージがだいぶ違います。
 カエルと蛇は黒いのを見たことがありますが。正直、いい歳した男でも怖気を振るいますね。
 トカゲはない、黒いのは。トカゲはまだマシかなあ、よく見たらきちんとしてますから格好が、ね。
 だからなのか、この小説の“黒いトカゲのようなもの”を想像しただけで、今まで見たことないだけに気色の悪さが枠を超えて膨らんでしまうような気がするのですね。

 あらすじ。
 語り手はジョージという、父アメリカ母日本のハーフで、齢は30代半ば、一年に半年は東京で英会話学校の講師をしています。あとの半年は何をしているかというと、実家のあるグァムやミクロネシアで、「ウアブ」という、15センチほどの外見がカワウソにも見える太って半透明の可愛らしい両生類の研究をしています。
 「ウアブ」は、学名を「ヒノビウス・ミクロネシエンシス」という、太平洋ミクロネシア諸島の群島のひとつである、ミクロ・タタ島固有の両生類です。ジョージは、幼いころから家族で休暇を過ごしたミクロ・タタで、この生物に出会ってひと目でとりこになったのです。
 それ以来、30半ばまで結婚もせず定職にも就かず、「ウアブ」の研究に身を費やしてきたのですが、ある日、「ウアブ」に危機が訪れます。インフラ開発により、ウアブの棲息している泉が干上がるかもしれない事態になったのです。
 ジョージや世界のウアブに興味を抱く生物学者は、ウアブを、ミクロ・タタと同じ群島にあってより大きな島で観光開発が進んでいるメガロ・タタ島の外国人富裕者層向けリゾートの敷地にある広大な池に、オーナーの了解を得てそっくり移し替えることにしました。引っ越しは成功し、この可愛らしく珍しい生物は、リゾートの目玉になりつつあったのです。
 が・・・
 異なった環境に適応できなかったのか、やがてウアブは大量死と奇形発生を繰り返すようになりました。
 あわや絶滅か、原因は何なのかをジョージらが調査しようとした時、リゾートに滞在する観光客が、正体不明の生物に咬まれ、瀕死の重症を負う事件が発生するのです・・・

 はい。
 この作品の怖さの原因は、ウアブに学名を与えるなどノンフィクションを思わせる語り口にもあります。
 ジョージという語り手自身のプライベートを掘り下げているようで、その実ヒューマンドラマ的な部分は極力抑えられています。ワイルドビューティのマユミ先生との関係は一向に進展することはありません。
 ひたすら、ウアブという可愛らしい生き物が突然変異によって凶暴化し、島民や観光客が襲われ、なおかつ遥か離れたフィリピンや沖縄にまでその害が及び、いかにその異常に至った原因を解明して鎮圧するかに99%の筆が割かれているのですね。
 また、この気色の悪いトカゲに咬まれても適切な医療的処置があれば命は助かるという、一見ホラー小説としてはヌルいような設定もまた、読む者にリアリティを感じさせてくれて、ただただ怖いのです。
 恐怖というのは、突拍子もない壮大なスケールよりも身近に感じられるからこそ怖いのです。
 ゴジラよりもマムシが怖いのですね。
 作中にありましたが、独特な生態系で知られるガラパゴス諸島のトカゲも、遥か離れた南米大陸から木片などに乗って渡った可能性があるらしいです。
 おそらく、この作品の着想の原点は、そこから得られたのかもしれませんね。
 熊やサメも怖いですが、こうした中型の毒性生物やもっと小さい昆虫などは、いざとなると防ぐことが困難となります。
 この小説のようなことが100%日本に起こらないとは言えないですね。


 
 
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