「南溟最前線の水上機部隊」則田忠雄

 「急げ! 今空襲を受ければ全滅だぞ! 遅れるな!」と小隊長の檄が飛ぶ。
 ブーゲンビル島の標高2243メートル、タクアム山のきつい山道を登り五里下り五里の道程である。
 私は、つかれて、もう一歩も前に進めない状態になっていた。
 少しでも身を軽くしなければならないが、食糧と武器だけは絶対に捨てることは出来ない。
 そこで私は腹に巻いていた千人針を捨てることにした。
 これは出征のとき、隣の娘さんが部落内の大勢の女性から一針一針、心を込めて縫い上げてくれたものだった。
 私は「千人もの人間の期待が重すぎるのだ」と変な理屈をつけて、それで汗を拭き、埃だらけの銃を拭いてから、まるめて、おもいきってタクアム山の深い渓谷に投げ込んでから、次に今まで大切に持っていた写真や、慰問袋の手紙も例外なく生きる執念の代償とした。


 上記は、昭和18年晩秋、連合軍のブーゲンビル島上陸を受けて、ショートランド基地からブーゲンブル島北端ブカ基地へと撤退する著者ら整備兵部隊の苦難の行軍の場面。
 小休止のときに居眠りしてしまった著者が、部隊から置いてけぼりになって、目を覚ますと蛮刀を構えた現地人たちに囲まれていたというエピソードもありました。銃で脅してなんとか突破できましたが、今振り返ってもぞっとするそうです。
 タイトルと違って、航空部隊の活躍はあまり描かれていませんが、飛行兵と違って地味な航空部隊の地上員の模様が知れてよかったところもありました。
 ちょっと自分の体験記よりも戦争概論が多くて、辟易するところありましたけどね。
 昭和19年6月24日、寄せ集めの部品で作ったラバウル航空隊最後の爆撃機「彗星」(武藤一曹)が、ラバウル北西アドミラル諸島の米軍泊地で虚を突いてエセックス級空母を爆撃した場面は、後日の報復の大空襲も合わせてまさに目撃者らしいエピソードでしたし、敗戦後オーストラリア軍の捕虜になってからの記録も、豪軍美人女性軍医との仄かなラブロマンスもあって(!?)、なかなか興味深かったと思います。
 あと少し、欲を言うならばショートランドの水偵隊の活躍があればね。
 まあ、飛行機整備兵といっても新兵でいきなり南洋に送られて、士官室従兵となったので、空戦の実体験記がないのは仕方のないことですが・・・
 士官室従兵は、文字通り士官の世話係なのですが、食事は士官用のものが役得でもらえたため、肥えたそうです。
 なんでも、山本五十六GF長官がブイン上空で戦死したことは、その日のうちにドラム缶風呂でふたりの士官の背中を流しているときに、士官たちの会話を耳ダンボで聞いて知ったとか。
 ブカ基地からラバウルへの脱出は、従兵をしていて仲良くなった水偵操縦員の士官が著者がマラリアに罹ったと聞いてわざわざ迎えにきてくれたそうですから、軍隊といえど階級を超えた人間関係は役職に関係なく、その人の人生を救う場合がありますね。

img069_convert_20160512154151.jpg

 著者の則田忠雄さんは、青森県出身。
 大湊海軍工作部工員養成所を中退、志願して横須賀海兵団入団。昭和17年11月海軍二等整備兵。
 東方哨戒隊から外南洋部隊に編入された水上機母艦国川丸(6500トン)に配属、新兵12名と共に昭和17年12月30日乗艦、ショートランドへ向かい、そのまま在ショートランドの第938航空隊附き。
 ちなみに到着目前、国川丸は敵潜水艦に雷撃されましたが、船首で魚雷を弾くという神業を見せ、これを回避しています。
 ショートランド基地(実際の水上機基地は水道をはさんだポポラング島にあった)は、最前線でガダルカナル方面の哨戒などを行うソロモンの重要な日本海軍前進基地で、水上機の墓場と言われていました。
 実際にはショートランドへの連合軍上陸は昭和19年10月と遅かったようのですが、北のブーゲンビル本島への連合軍上陸を受けて、南北で挟撃されるために昭和18年晩秋に航空隊は解散、著者らは徒歩でブカ島を目指しました。
 マラリアを発症した著者は、昭和19年12月10日、零式水偵の偵察席に同乗してラバウルへ。
 958空に配属、そのままラバウル残存部隊となって終戦。
 豪軍の捕虜となって使役中に大怪我を負い、昭和21年3月、かつての最強駆逐艦「雪風」に乗せられて復員しました。
 本書の上梓は、平成11年となっています。
 豪軍女医に、復員した入院先の看護師さん、モテモテだった著者は、誰と結婚したのかなあ・・・


 
 
 


 
 
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