「死闘の水偵隊」安永弘

 「安さん、待つか?」
 射出指揮官の掌整備長が大声で叫ぶ。発進したわが機に、上空から襲いかかる敵機の頑丈な頭部が一瞬心をかすめる。迷う間はない。本艦八門の20センチ主砲斉射の爆風に、わが機は主翼をねじって震動する。
 飛行機乗りが船の上で死んでたまるかッ。
 「出まーす」
 絶叫して発艦する。離艦と同時に私は右翼を傾けて低空旋回をしつつ、「平野、いいかッ」と機銃準備を確認した。
 ミンドロの島影は多分右斜め後方。見る暇はない。一秒も早くこの海域を離れるのだ。
 振り向けば水道に散開した全艦隊は、ありったけの砲を撃ちながら、爆弾回避に必死だ。
 「悲愴!」
 最後尾に位置する駆逐艦の艦橋をかすめて飛ぶ。一瞬だけ見えた、ふり仰ぐ乗員の姿が心にしみて残る。
 「さらば、落日の艦隊よ・・・」


 著者の安永弘氏は、開戦から終戦まで第一線で活躍した、艦隊の巡洋艦搭載水上偵察機パイロット。
 艦隊がほぼ壊滅してからは高速偵察機「彩雲」に鞍替えし、第11偵察飛行隊の先任分隊士を務めました。
 昭和14年第2期甲飛予科練卒(水上機専修28名戦後生存6名)。門司出身。
 本書は単行本「予科練魂」の文庫本で、戦記には珍しく600ページ弱のボリュームがありますが、迫力もあり人情味もあり大海戦の模様が詳細で旧海軍上層部への悪口もあるので、読んでいて飽きません。
 誰とはいいませんけど、たとえば栗田のハゲとか、ひとりで死ねない宇垣とか戦闘機バカの源田とか。
 著者は、ミッドウェー海戦の直接の現場にこそいませんでしたが、レイテ沖海戦には「筑摩」で出撃していますし(冒頭記述)、宇垣纏の終戦後特攻は基地で出撃を見ていました。著者を含むベテランの搭乗員は、宇垣長官の惜別の敬礼に返礼を返さなかったそうです。おまえが死ぬのは当然だが、どうして道づれを連れていくのかと。死ぬんだったらひとりで死ねと。同感ですね。
 まあ死人の悪口はそのへんでね、艦隊の水偵機パイロットだけに本書はネタが豊富です。
 特に、散々な負け戦に終わったマリアナ沖海戦で、負けて北に逃げ帰る連合艦隊の最後っ屁ではありませんが、アメリカ艦隊の動向を探るため、敗走中に著者の機は筑摩から射出されています。乗員の皆は気の毒そうに見ていたらしいですが、なんでこんなことするんですかね? 日本の艦隊は。帰ってきたら揚収してやると言っても、真夜中に単機で何百海里も飛んで楽に帰ってこれるわけない、死にに行けというようなもんでしょう。
 苦肉の策で密かに著者は命令より燃料を多く積み増し、900海里離れたヤップ島に奇跡的に辿り着きました。
 他にも、生き残った者はいないというカタパルト誤発射事故(まだ準備できていないのに射出された)も体験して生き残っていますし、珊瑚海海戦、ソロモン海戦、南太平洋海戦など重要な節目に索敵偵察という危険な任務を帯びて出撃して生き残っています。シコルスキーやBー17にまで追いかけられて、鈍足鈍重な零式水偵でね、さすが歴戦の水偵パイロットと思いますよ。
 ちなみに、スラバヤ沖海戦で撃沈された英巡洋艦エクセターの沈没場面の写真を撮影したのは、「妙高」から発進した著者の零式水偵です。

 任務は重く、身は軽いと云われる艦隊水偵隊。
 敵機動部隊の所在を求め、艦隊の勝敗がかかる索敵偵察飛行を身を犠牲にして行うのが、艦隊水偵隊です。
 任務が重要な割には、パッとしない地味な存在です。空母艦載機に比べると、格も落ちます。
 敵戦闘機に発見されれば、チャンスはありません。「敵戦闘機の追蹤を受く」最後の電文を発すればまだいいほうで、大部分は無言のまま消えます。
 このパッとしない仕事を本職とし、次々と海に消え去る男たちの望みは、ただひとつ、日本機動部隊の勝利のみ。
 勝利とは、索敵機の犠牲の上に所在を明かした敵に、殴りこみの攻撃をかける空母飛行隊の面々によって得られるのです。
 水偵操縦員として「羽黒」「妙高」「熊野」「筑摩」の各巡洋艦を乗継ぎ、幾度の主要な海戦に参加、艦隊ばかりでなく出張で「水上機の墓場」と恐れられるショートランド基地で数ヶ月魚雷艇哨戒やガ島爆撃を経験、戦争末期には陸上機である偵察機「彩雲」の操縦者に転身して沖縄への索敵偵察を繰り返してなお、生き残った著者による本書は、すこぶる内容が濃いです。
 艦隊水偵機に興味ある方もない方も、読めば戦争観が変わると思われます。

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この記事へのコメント

- sayg - 2016年06月24日 12:53:24

この著者 安永弘さんと私の叔父は同期の仲良しの小柳兵曹です 作中にも登場します そして鍋島の家で面会した父上とは祖父のことです おかげで我が家には叔父の遺骨と遺品があります そして奇跡というべきか安永さんは今現在も健在で同じ町に住んでいます

Re - 焼酎太郎 - 2016年06月25日 09:07:09

こんにちは

非常に驚きました、いい意味で。
安永さんご健在でいらしたのですね。
本には戦後の略歴がいっさい書かれていなかったので
この方は戦後どうしていたのだろうと思っていたのです。

貴重な情報をお知らせいただき、ありがとうございました☆

- sayg - 2016年06月25日 11:51:23

予科練魂の発行者の今日の話題社 社長だった戸高一成氏は社長を退任し資料室の室長を経て 現在広島県呉市の海事資料館 いわゆる大和ミュージアムの館長になられています それを知る年の初め大和ミュージアムに見学に行きました 後に館長に電話して安永さんは元気だと伝えました この本は今の人こそ読むべきだと思うので是非とも今後も大いに紹介してくださいますようお願いします

Re - 焼酎太郎 - 2016年06月26日 17:01:57

確かに、いい本でした。
私は、宇垣纏の「道づれ特攻」を安永さんが見送る時が印象に残っています。
これを読めば、あの戦争がなんだったのかについて、多少なりとも心に響くものがあるはずです。
今の日本人は、かつての戦争について知らなすぎます。
知らないくせに、えらそうにああだこうだと喋っている。いかにも、変ですよ。
もちろん、私もそうです。もっと勉強しなければなりません。
そのうえで、自分の意見をちゃんと言えるようにならなければと思います。

よろしければ、またいらしてください。
コメントありがとうございました☆

管理人のみ閲覧できます - - 2017年05月04日 07:20:29

このコメントは管理人のみ閲覧できます

Re - 焼酎太郎 - 2017年05月04日 07:49:15

ご尊父様のご逝去を悼み、謹んでお悔みを申し上げます。

「死闘の水偵隊」「軍艦妙高」を読ませていただき、非常に勇気づけられました。
水上機のベテラン操縦員としてその過酷な実情を後世に伝えた功績は誠に大きいと思います。

安永弘さん、ありがとうございました。

- 転石庵 - 2017年05月07日 07:46:16

お悔やみの言葉をありがとうございます。

義父は今頃、青春をともに過ごした戦友たち(同期の戦死率は確か80%以上でした)と旧交を暖めているでしょう。

10年ほど前に、偶々縁があり、留学していた英国人青年から義父へのインタビューの申し出があり、仲介したことがあります。

その青年は、英国の行政機関から依頼を受け、非公開で日本の海軍パイロットなどへ取材し、報告書をあげているとのことでした。

その後、博多の自宅で訪問をうけた義父から手紙がまいりました。

英国青年(30代後半)から尋ねられたのは、主に、神風に象徴される自分の心身を犠牲にして戦う精神はどこから来たか?ということだったので、それは、日本の教育にあったということを詳しく説明したそうです。

義父が、なぜそのような質問をするかと尋ねると、中東の自爆テロについて、その背景を調査している一環であるという答えだったようです。

また、日本海軍の弱体の要因のひとつに機動部隊からの偵察が弱体化したことがあるのではないか?という問いには、自分たち(義父の予科練世代)の偵察機は海面ぎりぎり××(詳しい数字は忘れました)メートルを飛行していたが、その後の偵察世代は、飛行時間が少なく階級だけついたものが多くなり、発見され撃墜されることを恐れて高空を飛ぶようになり、敵艦隊の発見も遅れ、発見しても詳しい状況を把握しないままに帰還することがまま会ったようだと答えたとのことでした。

自爆テロが起きれば、アカデミックな研究者を使ってまでも調査する英国はやはりあなどれないというのが手紙の最後にありました。

この英語の報告書が送られてきたのか、送るというのを既に高齢で英語を昔ほど嗜まなくなった義父がその申し出を断ったか、私も忘れてしまいました。

人を見極めるには厳しい義父が、この青年の態度姿勢を褒めていたのが印象的でした。

Re - 焼酎太郎 - 2017年05月07日 13:35:18

転石庵様
ありがとうございます。

ご尊父の戦記は色々と印象に残っていましてね。
他の水上機の戦記でも名前を見かけるベテランの先任搭乗員による実体験であることももちろんなのですが、
私が一番好きだったのが、終戦後鹿屋で宇垣纏長官の特攻を見送る場面でした。
その通りだと思いました。腹が立っただろうと思いましたよ。これが本当なんだよと。
「軍艦妙高」に寄せられた手記にも、綺麗事じゃない本当のことを書いてやるという気概を感じましてね、
安永さんこんなこと書いてると、びっくりしながらもニヤリとさせられました。
凄い方だったと思っています。お世辞ではありません。

この度は知られざる逸話を、ありがとうございました。
本来ならば私のようなものが勝手にご尊父の体験記を書評させていただき、
「けしからぬ」とお叱りを受けるべきところ、お気遣いいただき誠に感謝しています。

- sayg - 2017年05月20日 11:54:36

先週博多の安永弘氏宅に電話して奥さんから聞いたところ氏はお亡くなりになったと聞きました、それにしても生前に巡り会ったのは奇跡的な出来事です、氏のご冥福を祈ります

Re - 焼酎太郎 - 2017年05月21日 07:08:17

sayg様

娘婿さんからコメントをいただき、私も驚きました。
謹んで安永さんのご逝去を悼み、戦後国民に残された文章に対しあらためて御礼申し上げます。

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