「零戦 最後の証言」神立尚紀

 想定外にいい本でした。
 今まで一通りの零戦戦記を読んできましたが、知らなかったことがたくさん書いてありました。
 坂井三郎や岩本徹三、岩井勉、角田和男、原田要などの戦記を読んでいれば、本書の価値はさらに上がるでしょう。
 なぜなら、それら著名な戦記を読んでも知り得なかったことが書かれていることと、どこかで読んだ記述に対しても違う視点から書かれているからです。
 たとえば、終戦になって343空の幹部は秘密の皇統護持作戦(敗戦によって天皇家が廃嫡される場合に備え九州で皇子を匿う)に関わることになるのですが、このときの模様は、その時その場にいた人間によって感じたことが違うのです。
 それに、著者が取材した元零戦搭乗員(ひとりは技術師)の面子が渋すぎます。
 いぶし銀ですよ。
 紫電改戦闘機飛行長の志賀淑雄、253空分隊士で捕虜になった中島三教、台南空のエースで一度にB17を2機撃墜した田中國義、元3空先任分隊長で戦後は群馬県上野村村長として御巣鷹山日航機墜落救難の陣頭指揮をとった黒澤丈夫、空母零戦隊のエース・佐々木原正夫、紫電改の生き証人である宮崎勇、202空の撃墜王・加藤清、柴田・小園、源田という3人の戦闘機隊名物司令に仕えた中村佳雄、343空分隊長で戦後は制服組トップである空自の幕僚長になった山田良市、そして航空機のフラッター問題を研究する技師として零戦の開発に携わり戦後は新幹線開発に尽力した松平精。
 零戦乗りという個性の強い10人の“猛者”に、著者がみっちりと取材した成果がここにあります。
 宮崎勇なんかは著書がありますが、なかには、よくこの人が口を開いたな、という方もいらっしゃいますねえ。
 私が話を知りたかったのは特に、山田良市と黒澤丈夫でした。
 冒頭に書かれていますが、あの戦争を戦ったのも、その後の戦後日本の復興の基礎を作ったのも、この世代なんですね。
 非常にパワーがあります。
 本書のいいところは、懸命に戦って生き残った零戦搭乗員が戦後どうなったかにまで触れられている点でしょう。
 そのことによって、本書はただの戦記ではなく、つまり戦闘機搭乗員としてよりも日本激動の時代を生き抜いた日本人の先輩による訓話にまで昇華していると思います。
 前置きが異様に長くなりました。これも本書の内容が濃いからです。
 10人それぞれのお話の紹介と感想は、簡単に済ませておきます。

「志賀淑雄」
 海兵62(昭9)。343空飛行長。紫電改戦闘機隊という趨勢に抗う最後の抵抗と相まって、この方には土方歳三のイメージが強く重なる。空母「加賀」戦闘機分隊長としての真珠湾裏話や、烈風はダメな飛行機で戦争に間に合わなくてよかったという横空空技廠時の話などが読みどころ。ああ、それと私がこの方に興味あったのは特攻の話ね。「まず私が司令部の参謀を乗せて行きますから、次は・・・」というやつ。あれ、けっこう好きです。本書は異なった文になっていましたが。長くなるから割愛。
「中島三教」
 29期操練(昭10)。原田要と同年兵。昭和18年1月25日、ガダルカナル攻撃で不時着し、原住民に騙されて捕虜になる。このときの過程と収容所で元祖軍神の酒巻和男や戦後直木賞作家になった豊田穣と出会った話は、大変貴重かと思います。
「田中國義」
 31期操練(昭10)。台南空のエース。新郷秀城大尉の2番機。昭和17年1月24日ボルネオでB17を2機同時に撃墜した。片翼帰還で有名な樫村空曹のその日を列機として目撃しており、体当たりではなく偶然の事故と言明。
「黒澤丈夫」
 海兵63。今回、最も興味をもって読んだ方です。3空先任分隊長、南西方面油田地帯の防空を任務とする381空飛行隊長を歴任した海軍戦闘機隊を代表する指揮官のひとり。昭和60年、日航機の御巣鷹山墜落では当該地である群馬県上野村の村長として卓越した救難陣頭指揮に当たり、メディアや日航、遺族から高い評価を受けました。
「佐々木原正夫」
 甲4(昭14)。空母「翔鶴」の戦闘機搭乗員として、珊瑚海海戦(敵機4機撃墜)、第二次ソロモン海戦、南太平洋海戦などで活躍。終戦間際には、343空に配属された。終戦時飛曹長。
「宮崎勇」
 丙2(昭15)。一度の教員配置もなく、ラバウルの252空から本土防空の343空まで第一線で働き続けたファイター。実は揚子江に浮かぶ機雷処理の砲艦に乗り組むなど、航空機搭乗員を目指すまでに海兵団から4年半にも及ぶ遠回りをしていたことはあまり知られていません。操縦専修になるための試験は揚子江の砲艦内部で受験し、わからないところは雑談のような形で先任将校が教えてくれたそうです。また、横空時代にはドゥーリットル隊が東京を奇襲したときに上空を哨戒しており、任務前に陸軍機が試験飛行をしているから注意せよと言われたために、勘違いしてこれを取り逃がしたそうです。
「加藤清」
 旧姓伊藤。丙2。202空(3空)部隊随一の撃墜戦果を誇るエース。昭和18年1月にイギリスからスピットファイア100機が導入された豪州空軍第11航空団と激闘を繰り広げ、これを制した。
「中村佳雄」
 丙3(昭16)。204空で1年4ヶ月という最も長いラバウル滞在歴を誇り、200回にも及ぶ出撃回数を記録。昭和18年6月16日に宮野善次郎大尉が戦死したときの4番機で、彼もこのとき重傷を負った。帝都防衛302空から343空にも配属され、柴田、小園、源田という戦闘機の三大名物司令官に仕えた稀有な経験を持つ。
「山田良市」
 海兵71(昭14)。343空分隊長。奥さんは鴛淵孝大尉の妹である。戦後、9年間のブランクのあと航空自衛隊の戦闘機パイロットになり、制服組トップである幕僚長にまで上りつめた出色の人。2.0を超える視力を持ち、戦中戦後と20数年に及ぶパイロット人生は日本人戦闘機搭乗員として最も長い飛行時間を記録した方かもしれません。次期主力戦闘機の選定にも携わり、上手ければF104でも下手の乗ったF15に勝てる、今のパイロットは昔のパイロットより格段にうまいなどの話は面白かったです。
「松平精」
 航空技術廠の海軍技師。飛行機のフラッター問題の研究に従事。フラッターとは、飛行機に特有な自励振動のことで、空気力の作用によってある飛行速度で不安定になり、激しく揺れだす現象のことです。ひどければ空中分解します。この分野における日本の研究は進んでいたそうで、戦後、米海軍が調査にきたとき、模型風洞実験を見せたら大変驚いていたそうです。戦後は、鉄道技術研究所に就職し、東海道新幹線の開発に多大な功績を残しました。
 絶対やってはいけない戦争ですが、日本という国の科学技術の発展の基礎となったことは否定できないという例ですね。

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