「スクラップ・アンド・ビルド」羽田圭介

 第153回(2015年度下半期)芥川賞受賞作品です。
 又吉の「火花」と同時受賞でしたので、さぞかし影が薄いかと思いきや、作者の羽田圭介さんは、なぜかよくテレビで見かけます。露天風呂入ってたりとか。何者?

 簡単にあらすじ。
 主人公の田中健斗は28歳。
 新卒で入ったカーディーラーで5年間務めた後退職し、現在無職。
 多摩ニュータウンの団地で、母と母方の祖父と一緒に暮らしている。
 祖父は87歳。長崎で農業をしていたが自活できなくなり、、5人の子供の家をたらい回し的に厄介になって、3年前に姉が嫁いだのと入れ替わるように、健斗の家にやって来た。
 母は長女だ。ちなみに健斗の父は彼が小学校2年生のとき亡くなった。
 祖父は、居候という身分を意識してハリボテのような奥ゆかしさでもってひっそりと暮らしている。
 家の中を、杖の音が響かないように、息を潜めて歩いている。
 祖父の口癖は、「じいちゃんなんか、早う死んだらよか」である。
 長い冬と夏にはさまれた4月と5月の一瞬だけが祖父にとって比較的快適な気候で、365日のうち330日は死にたいと呟いている。「もう、毎日身体中が痛くて痛くて・・・どうもようならんし、悪くなるばぁっか。よかことなんかひとつもなか」
 「早う迎えにきてほしか」
 実際、祖父はこの家に来てから睡眠薬で服毒自殺を謀ったことがあったが、病院で検査をしても診断はいたって健康体であり、加齢による循環器系の薬を飲みさえすれば健康でいられると言われている。
 しかし、健斗は祖父本人にしかわからない主観的な苦痛や不快感があるのだと思っている。
 そして、毎日のように祖父の「死にたか」を聞いているうちに、この老人が望んでいる通り、苦痛や恐怖心さえない穏やかな死、尊厳死を与えてやれないかと本気で思うようになる。
 一方、そんな祖父を見ていると反面教師のように、退職してから一年近く経って多少自堕落な生活を送っていた健斗は、なまっていた体を鍛え、再就職のために努力を惜しまないようになった。
 筋肉が超回復するように。再構築のための破壊である。
 そしてある日、健斗が祖父の入浴を介助していたときに、祖父は胸元までしか水の入っていないバスタブの中で溺れそうになるのだが・・・

 結果は、「ああ、死ぬとこだった」ということで(笑)
 これはまあ、私もわかるような気がするなあ。
 亡くなった祖父が、「もういつ死んでもええねん」と言いながら健康のためにクロレラ飲んでましたから。
 誰にでも起こりうる矛盾というか、いや矛盾ではなくて、健康なまま死にたいということなんでしょう。
 まあでも、こうやって「死にたい」という老人は、程度はともかく甘えているのに間違いありませんけどね。
 「死にたい」という吐露を聞かせる人間がいるからこそ、こういう甘えを吐くのであって、ひとりで暮らしていれば「死にたい」という余裕すらないでしょうから。
 それでも、結局は「死にたい」と甘えながらも、健康でいるようでも、老い先は短いんですけどね。
 この小説のいいところは、健斗が祖父を反面教師にして、自分の一度傾きかけた人生を立て直すところところです。
 これつまり、「死にたい」というしか能がなかった87歳の祖父が、立派に社会に役立ったということです。
 非常に飛躍した読み方をすれば、台所を走った黒い影といい、祖父がなかば演技で健斗を立ち直らせるために、弱りきった姿をわざと見せていたという見解もありでしょう。
 この世に無駄な命などありません。
 生きているだけで、素晴らしいのです。ならば、中途半端に燃えカスにならずに完全に魂を燃焼させるような生き方をするべきでしょう。途中で放り出すなんてもったいない。
 健全な魂は、健全な体に宿ります。
 スクラップ・アンド・ビルド。さあ、挑戦しましょう。


 
 

 
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