「ソウルケイジ」誉田哲也

 警視庁捜査一課殺人班捜査係の美人刑事・姫川玲子シリーズの第2弾。
 売れているシリーズだけあって、読む前に安心感がありました。
 私の読んだ文庫本も、奥付はなんと18刷。前作が相当インパクトがあって面白かったということでしょうね。
 では、本作はファンの熱い期待に応えられたのでしょうか。
 少しややこしい部分もありましたが、私的には及第点かと思います。
 バラバラ殺人なるミステリーのプロットもまずまず、美人の玲子を巡るヒューマンドラマは文句なし、ユーモアのタイミング、分量ともに良し。特にいいのが所轄の刑事で玲子ファンである井岡博満。彼がいい味を出しています。てっきり関西出身の人間かと思っていたんですが、東京出身て言ってましたよね本作で。思わず吹いちゃいましたよ。でも、相当な腕利き刑事であるような気もしますし、ちょっと得体のしれない、不気味なところがありますよね。
 まあ、井岡に代表されるように、バランスがいい読み物です。
 グロがあるかと思いきや、笑いもあって、不器用な恋もあって。警察組織内部の葛藤もあるし。それでいてミステリー。
 このへんが、本シリーズの人気の秘密なんじゃないでしょうか。

 では、シリーズ2作目である本作のあらすじを少々。
 前作「ストロベリーナイト」で発生した水元公園変死体遺棄事件より、約3ヶ月経った12月。
 殉職した大塚真ニに代わって、十係姫川班には葉山則之巡査長が補充されました。
 葉山は高卒任官若干25歳ながら警視庁捜査一課に配属された優秀な警官ですが、ちょっと堅物で、ある理由があって玲子とはちょっと上司と部下、男と女以上の距離があります。まあ、本作ではこれは関係ないですが。
 姫川班5名が本庁待機中、事件発生。
 大田区の多摩川土手に路駐の軽自動車から、切断された左手首が発見されたのです。
 やがてこの左手首は、DNA鑑定によって自宅ガレージに大量の血痕を残したまま行方不明になっていた工務店経営・高岡賢一さんのものと判明。
 蒲田署に捜査本部が立ち上がり、捜査一課殺人犯捜査十係姫川班に召集がかかるのですが・・・
 同じ十係で、姫川班の天敵である日下守主任警部補率いる日下班と行動を共にすることになるのです。
 日下守は44歳。彼のやり方は、刑事の直感を武器にする姫川玲子の捜査手法とは180度異なる、先入観排除原理主義者。捜査に予断は禁物が合言葉。一方で有罪判決製造マシーンと呼ばれるほど、優秀な刑事です。
 実は、玲子はある理由から日下のことを嫌っていますが、日下はどうして自分が嫌われているのかわかりません。
 そりゃ、玲子が17歳のときの暴行犯に顔が似てるからなんて理由は、わかるわけないというか、日下は玲子のことをそれほど毛嫌いしてないだけに、気の毒だよ(笑)
 まあ、それはいいとして、玲子と日下の掛け合いは、本作の見どころでもあります。
 日下は前作の勝俣ほど嫌らしい人間ではありません。一人息子の不登校に悩んでいるところも、人間的です。
 発見された左手首以外、その後高岡賢一さんの遺体は見つからず、多摩川変死体遺棄事件の捜査は難航。
 しかし、高岡さんが親代わりをしていた、ガレージ血痕の第一発見者である工務店従業員の三島耕介20歳と、その恋人である美容師志望の中川美智子19歳の関係から、事件に関わる糸口が発見されるのです。
 それは、悲しくて切なくてやりきれない、ふたりの父親の転落事故を装った自殺でした。
 広域暴力団のフロント企業であるゼネコン、そして保険金搾取を専門とする腐ったヤクザ・・・
 “直感”の姫川、“ミスターパーフェクト”の日下、事件の真相にたどりつくのは、どちら!?

 巻末の解説によると、著者の誉田哲也はキャラクターに俳優を設定して執筆するそうです。
 確か、姫川は松嶋菜々子だったと思います、前作までは。
 ということは、本作の主な登場人物にもすべてモデルがいるのでしょうね。
 ひとりピンときたのは、日下守。おそらく遠藤憲一さんじゃないかな。
 一番知りたいのは、井岡博満ですが、まさか明石家さんまじゃないですよね? そのまますぎます。
 あとは、菊田。坂口憲二? 違う?
 ちなみに、角田光代は小説の登場人物の外見はまったくイメージしないで執筆するそうです。


 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
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「海上護衛戦」大井篤

 戦争というものは人間、社会(国家)、さらに大きくは人類文明全体の長所短所を丸裸にしてあらわすものだ。
 これを研究することは、必ずしも、将来の戦争に備えるためのものとは限らない。
 それを研究することは、人間、社会、文明の探究にも役立つのではないかと思われる。
 戦争そのものは悪であり、避けねばならぬものであるが、そのことをハッキリさせ、それを避ける方法を考え出すためにも、戦争の経過を回顧し、これを分析し、批判することが大切だと私には思われる。


 その通りだと思います。我々はあの戦争はなんだったのかということに対して目を逸らしてきました。
 戦後70年以上も経ってその頃いなかった我々に対して支那や朝鮮が謝れというのもおかしな話ですが、日本人として屈辱的な敗戦の歴史に目をつぶったり何が起きたのか知らないというのも、おかしいでしょう。自分なりの考えを勉強して持たなければなりません。その結果が人によって違うのは仕方のないことです。
 たとえば、東京裁判で処刑された人間の中に海軍の人間はいません。
 だからといってスマートな海軍が善良で、暴力的な陸軍が悪者かというと、それは違うと思います。
 本書を読めばよーくわかります。いかに日本の海軍上層部がウスラバカの集まりだったかということがハッキリします。
 その意味でも、太平洋戦争全般をフラットに振り返る意味でも、本書は海軍戦記の金字塔であり名作です。
 敗軍の書は、勝利した国の書よりよほど価値があるといいます。それが本書にはピタリと当てはまりますね。
 日本はどうやって戦争に負けたのか。興味のある方にとって本書は格好の入門書となりバイブルともなるでしょう。
 そうして改めて、この国の真相に迫ることができるのです。

 著者の大井篤氏は軍令部作戦指導班から昭和18年秋に新設された海軍護衛総司令部の作戦参謀になった人です。
 海軍護衛総司令部というのは、通商保護、海上交通保護を司る部署でわかりやすく云えば、兵員や物質を積んだ輸送船を敵の潜水艦や航空機から護衛して、安全に洋上航行ならしめるのが任務です。まあ地味ですな。
 組織として並列するのが連合艦隊司令部で、これは「決戦」を任務としていました。派手で目立ちます。
 敵戦艦撃沈などは国民向けのニュースになりますが、輸送船無事到着などは新聞にも載りません。
 しかも並列とは名ばかりで、実際的な規模では連合艦隊と後発で地味な護衛司令部では話になりません。象とアリ。
 結論からいえば、もうすでにここに戦争の敗因がありました。
 日本という資源なき極東の島国は、海外依存経済なのです。
 島国日本の戦争は、海外から資源を運んできて、内地で軍需用に加工し、これを船で前線の部隊に配給することによって戦うことができます。前線の兵士ももとは海を渡って送られてきました。内地で軍需工場を動かす人たちその他の国民の生活必需品も、大なり小なり、海を渡って運んできた物質によって作られていました。
 戦前、日本は世界第3位の海運国であり、約630万トンという莫大な船腹を誇っていたのもこのためです。
 ところが・・・
 いざ戦争が始まってみると、日本という国の血液ともいうべき輸送船団を護衛する認識が海軍にはなかったのです。
 信じられない話ですよね。でもこれが真実であって、海上護衛の重責をもつべき海軍自体が、それを瑣末とうっちゃって、ひたすら艦隊同士の大決戦を夢見て力こぶを作っていました。
 連合国にように船団を守るフリゲートという艦種もありませんでした。のちに輸送船団の護衛艦となる海防艦という艦種は開戦時4隻ありましたが、これは本来は北洋漁業保護の目的で作られた警戒艦だったのです。
 まあ、勝ってるうちは良かった。しかし、調子が良すぎたために日本の作戦線は伸びて作戦地域は広がり、それだけ多くの船が補給に必要になりました。そして、真珠湾奇襲に激怒したアメリカは、船員など非戦闘員でもその人命を考慮しない無制限潜水艦戦をはじめから行いました。太平洋にあったアメリカの潜水艦は当初73隻で、その使用する魚雷も粗悪でしたが、昭和18年には118隻となり、この頃には大幅に改善された高性能魚雷でもって、昭和19年には140隻の獰猛なアメリカ潜水艦が日本の輸送船団や護衛艦に襲いかかったのです。
 どこを締めつければ日本という国は音を上げるのか、あまりにもわかりやすかったですね。首を絞めているのと同じです。輸送船が撃沈されて物質が滞れば、石油やボーキサイトどころか、麦作のための燐鉱石もなくなってしまいます。
 アメリカの潜水艦は徹底的に日本の輸送船を狙い、さらに航空機の攻撃もこれに加わるようになります。
 日本の戦争遂行に必要な海上輸送力は大体月300万トンでしたが、昭和19年秋からは半分以下になっていました。

 ところが、肝心の日本はわかっていなかった。
 どうして広大な海を舞台に戦争をする前から、いや開戦後すぐにでも海上護衛の重要さがわからなかったのか。
 いや、一部の人間はわかっていました。
 それとも、他はわかっていたが連合艦隊の権力が強すぎて言いたいことを言えなかった、という言い方もありかな。
 どんどん輸送船が敵の潜水艦に餌食になり、これはヤバイんじゃね? ということになって海上護衛を専門に司る海上護衛総司令部ができたのは、時すでに遅しの昭和18年11月15日でした。
 著者はそこの作戦参謀ですから、この問題について表も裏も詳しく知っている日本有数の人物ということになります。
 初代司令長官は及川古志郎大将で、彼は「電探(レーダー)がなければ護衛はできない」という正しい見識を持っていましたが、この頃はまだ敵の艦船や潜水艦を捕まえる電探は実験段階であり、ようやく飛行機を探知するものが完成して連合艦隊の艦艇に配備されだしたときでした。当然、護衛艦は後回しにされます。ようやく海防艦などに電探がつけられたのは、1年後の昭和19年11月のことです。本当に、時すでに遅しでした。
 また、創設にあたって連合艦隊から護衛に使う艦艇を分けてもらうのですが、これもまたショボイものでした。あとになって速度が20ノットくらいで役に立たないということで4隻の護衛空母を引き渡してもらいましたが、当初は護衛司令部が護衛しなければならない2700隻もの商船に対し、護衛艦艇は海防艦18隻以下旧式駆逐艦や水雷艇など小艦艇44隻しかありませんでした。開戦時4隻あった海防艦の5番目が竣工したのは、なんと昭和18年3月だったくらいですから。
 ただ、はじめて護衛専門で創設された901航空隊だけは、活躍しました。司令の上出俊二中佐が未開拓の分野にも研究熱心で、中攻に日本独自で開発した対潜水艦用の磁気電探を装備して、危険海域の哨戒に尽力しました。
 しかしこの901空も、その優れた索敵能力を買われて、台湾沖航空戦で連合艦隊に接収されたためにほぼ壊滅してしまいます。これを知ったとき、二代目の護衛司令部司令長官である野村直邦大将と著者は悔しさに涙を流したそうです。

 今は確かに連合艦隊司令部みたいなのは日本にはありませんけど、国益よりも省庁の利益というか、いわゆるセクショナルインタレストですね、そういうのは今の日本もあまり変わらないと思いますねえ。
 ともかく、当時の海軍という組織は、いやもちろん陸軍もそうですが、日本という国の国体国益を無視し、わが軍隊の利益のみ考えて行動し、国民を欺き、国を滅亡の縁にまで追いやったとんでもない国賊の集団です。
 上層部には、とんでもない優秀な頭脳を持った連中ばかりであったはずなのに、どうしてこうなった?
 ひとりひとりは、国民の模範たる軍人であり、家庭では良き父であり夫であったはずです。
 やっぱり選良意識が、己の過ちを許さないのでしょうか・・・


 
 
 
 
 

 
 
 
 
 

「私、勝ちにいきます」竹内智香

 去年のソチオリンピック・スノーボードパラレル大回転で銀メダルを獲得した竹内智香選手の本。
 本の存在は知っていて興味があり、もう少し早く読もうと思ってたんですが、なかなか。
 失礼なんですが、私は竹内智香のことをメダルを獲られるまで、まったく知りませんでした。
 パラレル大回転という競技は、ふたりで青と赤の旗門が並ぶコースを入れかえて2本滑り、合計タイムで速いほうが勝ちという、対戦形式の勝ち抜き戦です。ソチを見た方なら覚えているかと思いますが、テレビの画面に向かって左側(たしか旗門が青?)のほうが、コースの状態が悪く、けっこうなタイム差がつきましたね。
 私はこの競技を初めて観ました。竹内選手が勝ち進んだおかげです。迫力があって興奮しましたよ。
 聞けば、世界ランキングで上位だったということで、どうして今まで知らなかったのか不思議でした。
 オリンピックが始まる前から、メダル候補だったんじゃないでしょうか。
 びっくりしたのはもうひとつあって、ウインタースポーツの選手って、顔がほとんど見えないでしょ。
 メダル授与式で、その美貌に驚いた次第です。

 もちろん、メダル獲得までの道のりは簡単ではありませんでした。
 竹内選手は、30歳でソチでメダルを獲るまでに、高校3年生18歳のときのソルトレイクシティを皮切りに、合計4回オリンピックに参加しています。ソチ以外は、ベスト8にすら残れていません。このときは、選手村でひとりになるたびに泣いていたそうです。彼女の生まれ変わる契機は、トリノで1回戦で敗退した翌年2007年。チーム最年長の23歳だった竹内選手は日本代表チームを外されました。日本国内でのトレーニングに限界を感じていた竹内選手は、思い切って世界強豪国であるスイスのナショナルチームの練習に単独で参加させてもらうのです。これは簡単なことではありませんでした。他国の選手が、国を代表するナショナルチームに所属して一緒に合宿というのはあるでしょうが、世界的に見て実績のないどこの馬の骨ともわからぬ日本人選手をプログラムに参加させてコーチングするのですから。何度も断られたすえ「2ヶ月だけなら」という条件で受け入れてもらいましたが、結果、2007年8月からほぼ5年間、竹内選手はスイスチームに所属し、いつのまにか明るいキャラクターでみんなを引っ張るなくてはならないムードメーカーになっていました。覚えなきゃチームに帯同させないと言われたドイツ語は、ベビーシッターのアルバイトをしながら猛勉強して習得したそうです。
 結局、この2007年が彼女を2014年に花開かせる契機でした。
 日本代表を離れるときに、引退の二文字も脳裏をよぎったことでしょう。しかし、中学三年生で初めて全日本スノーボード選手権に出場して以来、人生のほぼすべてがスノーボードと共にあった彼女は、最後の賭けに出たのだと思います。
 スイス代表に入ることによって、日本的な管理システムから解放され、彼女自身の言葉を借りれば、ハウスの温室栽培から寒風吹きすさぶ野生のタフさを身につけることができました。このことが重要だったんですね。それまでのオリンピックで必要以上に緊張していたようですが、これは日本人特有のメンタルの弱さゆえかもしれません。
 日本人は何かにつけ精神力だの大和魂だのと言いますが、世界的に見てメンタルが強い民族でありません。
 利己的ではなく、協調性が強くて責任感を重んじる社会性ですから、仕方ないのかもしれません。
 もちろん、それは日本人の美点でもあるのですが、竹内選手は価値観の異なる西欧に出ることによって、両者のいい部分を融合させたのです。ソチオリンピックに行く特は、遠足に行く気分だったそうです。だから緊張しなかった。
 「プレッシャーを楽しみます」と言いながら笑顔が強張っている日本人選手が多いですからね。
 勝負の場で平常心で楽しめるそれも強気でという、西欧のメンタルを学ぶことは東洋の我々にとって必要なのでしょう。
 
 それでも、2010年のバンクーバーではまだ結果は付いてきませんでした。
 ここに至って竹内選手は、世界屈指のコーチであるオーストラリア人のフェリックス・スタドラーと個人契約を結びました。そして5年間活動の拠点だったスイスチームに別れを告げ、いったん日本に帰国します。
 自らスポンサー企業を募るために、積極的に営業活動を展開。これも欧州ナイズされたやり方だと思います。
 BLACKPEARLというスノーボードブランドの開発にも携わるようになりました。
 それから出場125回目となるワールドカップで初優勝。30歳を目前にして、俄然調子が乗ってきたのです。

 メダルを手にとって思うことは、メダルというモノよりも、手に入れるまでの過程やたくさんの人たちの協力などがメダル以上の価値があったということだそうです。これは聞いてみたらそりゃそうだろと思いますが、実際にメダルを獲った方が言うからこそ値打ちがあるのですね。
 でも私は、冬のオリンピックというと、一番心に残るのはずっと4位の上村愛子の涙ですね、やはり。
 そこにメダルはありませんでしたが、メダルよりも大切なものがあったと本当に感じさせてくれる光景でしたから。
 ただ、竹内選手がずっと4位だったら、愛ちゃんほど注目されたかという問題が出てくるんだよなあ。
 やはりマイナー競技はメダルを獲らなくては話にならないのかもしれませんねえ。


 
 

「指揮官空戦記」小福田皓文

 零戦は傑作機といわれるが、専門的にいうと、使い方によって、はじめて傑作機となるのである。
 下手な使い方をした場合の零戦は、極端にいえば、欠陥弱体機といってもいい。
 零戦は空戦性能がよいということになっているが、これは操縦者が、空中格闘戦の優秀な技倆、経験があってはじめて、零戦の特長をフルに生かし、その空戦威力を発揮できるのである。
 未熟な操縦者が、この零戦で、なまじっか敵に空戦を挑んだら、かならず逆に、叩き落とされる。
 下手な操縦者には、むしろ、空戦旋回性能などより、速度と上昇力にたよったダイブ・ズーム戦法が無難である。
 零戦は、いわば「正宗の名刀」なのである。
 名刀さえ持って、これを振り回して敵を倒せるかというと、そうはいかない。
 名刀の威力を発揮できる腕があってこそはじめて、名刀の切れ味が出ようというものだ。


 著者は、支那事変からソロモン攻防戦を戦闘機隊長として戦い、海軍航空技術の総本山である海軍航空技術廠では戦闘機担当の実験主務者を長く務めた、小福田皓文(こふくだてるふみ)さん。海軍戦闘機のテストパイロットとして、零戦以降全部の戦闘機の開発実験にたずさわってきた方なので、本書には面白いエピソードが溢れており、普通の航空隊戦記とは違った感があります。
 戦前にドイツから輸入した戦闘機He112uと技術指導に来ていたニチケ君(芸者さんに惚れてしまった)との思い出や、零戦の真の意味での後継機となるはずであった堀越技師の傑作戦闘機「烈風」のこと、昭和14年から著者が開発にたずさわってきた「雷電」は、著者が戦地に出た後、後任の帆足大尉がテスト中に事故死、再び後任の後任として著者が実験担当者になったことなど、時系列よりも興味深いエピソード中心に、読み易くキレのある文章で書かれています。
 戦後も航空自衛隊で大空に関わっただけに、パイロットの適正や酸欠など航空機事故にまつわる事柄についても、これほど著者の見識で詳しく書かれたものを読んだことがありません。
 また経歴中に海上を含む4度の不時着を経験しており、その様の記述も精妙で真に迫っています。
 堅苦しいだけでもありません。酒に酔って操縦したことや、ポートモレスビー攻撃の帰りに腹の調子が悪くなり、首のマフラーをオムツ代わりにウンコをくるんで風防を開けて投げ捨てると、指揮官機の様子がおかしいと近づいてきていた僚機が慌てて遠ざかったことなど、面白く書かれていてユーモアもありました。
 孤軍奮闘ならぬ孤軍糞闘(笑)だった、とのことです。

 著者は岡山県出身、昭和3年4月海軍兵学校入学(海兵59期)。
 ちなみに、これは横山保さんと同期かな。ふたりともソロモンの204空に関係した戦闘機隊長ですね。
 海兵59期は、卒業後練習艦隊8ヶ月、ついで第一線の連合艦隊各艦に配属され、見習修業4ヶ月、そのつぎはまた陸上に上がって各学校(砲術、水雷、通信、航空)の術科講習4ヶ月、それが終わったところでもう一度、艦隊各艦に配属されて二期目の見習。ようやく江田島の門をくぐって8年目、金筋1本星1つの海軍少尉ができあがるという、正規の過程を経験した最後のクラスです。
 横山さんは自分の本で潜水艦に1年乗っていたと書いてますが、小福田さんはその辺りの話はありません。
 著者は当初、航空は自分に向いてないと思ったそうです。それがなんと、海軍航空隊を代表するような指揮官に・・・
 第一線の12空、空母龍驤での攻撃支援、援蒋ルート遮断のためのハノイ(このとき零戦。フランス旅客機撃墜事件あり)駐在と、支那事変に従軍3度。空技廠でのテストパイロット中に昭和17年7月ラバウルへ。204空の戦闘機隊長と書かれていますが飛行隊長のことかもしれません。ソロモンは昭和18年3月までいました。その後は再び空技廠です。
 そうそう、空技廠に勤務するようになって、海軍に入って12,3年目にしてはじめて女の子のいる職場で働くようになったとうれしそうに書いていましたが、考えてみればその通りで、そこを読んで私、ちょっと衝撃を受けました。
 今の自衛隊ならともかく、当時の軍隊は基地といえど空母といえど女性が勤務しているわけはないのですね。
 そうかそうか。考えてみれば、そうなんだよなあ。
 そういう独特の視点も含めて、経験者としての海軍航空機の開発エピソードも盛りだくさんな本書は、ちょっと他の戦記では読めないと思います。似たようなのは攻撃機のほうの開発をした大多和さんの本が、少し同じ雰囲気でしたね。
 ちなみに小福田さんが日本はアメリカに敵わないと技術的にショックを受けたのは、昭和19年撃墜されたB29に装備されていた機上レーダーと防弾燃料タンクを調べたときだったそうです。



 

 

「愛の夢とか」川上未映子

 思ってたより、良かったです。
 特に最後の、死に別れた仲のいい夫婦の話はすごい良かった。感動しました。
 もっとも、いかにも川上未映子らしい、いくら読んでも活字が脳に入ってこない理解不能な作品もあります。
 短編集ですからね、それは仕方ない。
 それでも、最後の「十三月怪談」は、私の川上未映子観を覆す作品でしたね。
 私の川上未映子観というのはですね、この方、へたに美人でしょ?
 それも、川上弘美や髪を伸ばした桜庭一樹のような、作家然とした物書き美人ではないと思います。
 前に歌手だったこともあって、川上未映子の美しさはタレント的なものです。
 だからね、書いたものに対しても色眼鏡で見てしまうんですね、悲しいかな。
 わざと奇をてらって、難解な作品にしてるんじゃないか、みたいな疑惑もありました。
 たまにふつうのものを書けば、下手というかつまらないというか、メッキが剥がれたような感じもありましてね。
 つまり、そういうのが今回で一新されたということです。
 いろんな文学賞を受賞した実力は伊達ではなく、やはり日本の文学界をリードしていく逸材であり、それがわからなかったのは、読み手である私の感受性及び読解力が至らなかったあるいは酒の飲みすぎで脳が溶けているということになります。

「アイスクリーム熱」
 序文「まず、冷たいこと。それから甘いこと」 彼がアイスクリームを買いに来るにようになって2ヶ月、アルバイトで接客している私は、ひとめみたときから彼を好きになった。彼は規則正しく、二日おきにアイスクリームを買いに来る。ある日、意を決して私は、4時に上がるので、一緒に帰りませんかと声をかける。

「愛の夢とか」
 第49回谷崎潤一郎賞を受賞した表題作。仕事もしておらず子供もおらず趣味もない専業主婦が、隣の家から漏れ聞こえてくるピアノの音をきっかけに、隣家を訪問すると何が起こったか、というお話。そこには60代の婦人がいて、自分をテリーと名乗って、リストの名曲「愛の夢」をつまらずに弾けるようになるまで週に2日来て欲しいと言われる。
 きっと最初からつまらずに弾けたのではないですか。もう来てほしくなくなったか飽きたのでしょうね。はい。

「いちご畑が永遠につづいていくのだから」
 理解不能というか、非常に読みにくい作品。一緒に暮らしている男女が喧嘩するのですが、よくわかりません。
 ひょっとしたら、怖い話なのかもしれませんね。

「日曜日はどこへ」
 朝起きたときにスマホのニュースで、ある著名な作家の死を知った私。その作家の本はすべて持っているが、好きになったきっかけはクラスメイトの雨宮君が薦めてくれたからだった。雨宮くんとは高3の終わりに付き合いだして21歳の夏に別れた。作家が死んだことで、そのことを思い出した私は、14年前にした彼との約束も思い出す。
 これも好き。こういうのいい。覚えているわけもないし、いるはずもないんだけどね。
 覚えているほうと覚えていないほう、これを社会からドロップする側としない側のメタファーとして表していると思います。


「三月の毛糸」
 これだけは語り手が男性。仙台に住んでいる夫婦が、妊娠8ヶ月の妻の実家島根に出向き、帰りに京都で觀光をする。男性は、妻が妊娠してから、なぜか睡魔に襲われるようになった。
 ふと思ったのは、ふたりとも実は死んでるんじゃないかということ。理由はありません、直感です。

「お花畑自身」
 読み終えたころには、タイトルの意味がわかる。50も半ばを過ぎた私。少し年上の夫が共同経営者をしていた建設会社が破綻、家を売却する。その家は、子供がいない私が、子供を育てるように慈しみ、長い年月をかけて作り上げた空間だった。何もかも失くし、夫はベンツから国産の中古車に乗り換え、ウィークリーマンションに住むようになった。
 家を買い取ったのは、作詞家だという女性だった。ある日、私は公園から家を覗き見ているうちに、精魂込めて世話した庭園が荒れていることにどうしようもなくなり、敷地に入り込んでしまう。

「十三月怪談」
 名作かもしれないね。まだ若い夫婦を襲った悲劇。血液検査で偶然見つかった進行性の腎臓病で、妻は39歳の夫を独り残し先立った。ひとりぼっち、残された夫のショックは癒えない。死ぬことは、見えなくなることだという。気がつけば、妻は部屋に取り憑いて、夫の先行きを見守っていた・・・
 どういうことかと言いますと、これは怪談ではありません。
 死に別れたふたりが、それぞれ違う世界に入ったのでもありません。
 人は死ぬ瞬間、走馬灯のようにこれまでの人生を振り返ると聞いたことがあります。
 潤一が亡くなる場面にネタバレがあります。つまり、そういうことです。
 脳が違うので、世界も違ったものになります。それはともかく、少しウルっとくる話でした。



 
 
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