「虎と月」柳広司

 隴西の李徴は博学才頴、天宝の末年、若くして虎榜に連ね、ついで江南尉に補せられたが、性、狷介、自ら恃む所頗る厚く、賤吏に甘んずるを潔しとしなかった・・・
 国語の教科書でお馴染みの中島敦「山月記」。名作です。
 少なくとも、私の中では国語の教科書に載せられている作品で、これか寺田寅彦が1,2を争うほど好きですね。
 今回、「山月記」のオマージュである本作を読むに当って、久しぶりに原典を読んでみました。
 といっても教科書はもう持ってないので、初めてアマゾンのキンドルが役に立った(笑)電子書籍けっこういいかも。
 久しぶりに読んでみると、新しい発見もありました。いや、忘れていただけかもしれませんが・・・
 虎になったというかの李徴、ですが、妻子がいたのですね。
 本作の主人公は、李徴の息子です。彼が虎になった父の謎を巡って冒険というか、旅をするのです。名前もないままに。原典でも故郷の虢略(かくりゃく)に妻子がいるというだけで、名前は載っていません。
 それと、天宝(742年 - 756年)の末年に李徴が科挙に合格したという風に、年代がわかっていたことも知りませんでした。
 755年には唐を根本的に揺るがす、安禄山の乱が起きますが、実は原典にも本書にもこの不穏な時代背景も大きく関わっているのです。李徴が役人になったのは、平和な時代ではなかったのです。
 このことを念頭に置くと、本書の推理というかインスパイヤも、あながち独創に過ぎるとは思えません。
 ああ、山月記とは実はこういう物語だったのか、と納得させられても仕方のない出来になっています。
 あとがきに書かれていますが、作者は「山月記」が大好きだったそうです。
 そんな作者だからこそ、書けた物語。楽しみました。

 必ずしも本作は原典通りではありませんが、適当に原典「山月記」と併せてあらすじ。
 隴西の俊英、李徴は、20歳で超難関の試験に合格し江南尉に補され、前から好意を寄せていた相手と結婚、順風満帆の人生を送るかと思えたが、とつぜん職を辞して故郷の村に帰った。
 妻子を養うために、以前よりだいぶ地位の低い地方官吏になったが、1年後、仕事で旅に出たまま帰らなかった。
 一緒に付いていった下男の話では、ある夜半、急に発狂したようになって外に駆け出したまま行方知らずだという。
 そのとき、息子はまだ4歳。幼い子どもを抱えて残された妻は、実家に帰る。
 そこへ手紙が来た。送り主は、李徴と科挙の同期で唯一の親友だった、袁參(本文ママ)という人物。高級官僚である。
 袁參は出張の途上、長安の南東、如水のほとりにある商於という村で李徴に会ったという。
 李徴は虎になっていた。手紙には、虎になった李徴が吟じた詩も書かれ、李徴から妻子の面倒を見るように頼まれたという。その日から、李徴の残された妻子は、袁參から手厚い援助を受け続けることになる。
 偶因狂疾成殊類 災患相仍不可逃 (思いがけず狂気にみまわれケダモノとなり、逃れることができない)
 今日爪牙誰敢敵 当時声跡共相高 (いまや俺の爪や牙に敵うものなく、思えばあの頃は君も俺も秀才で)
 我為異物蓬茅下 君已乗輙気勢豪 (ところがいまや俺はケダモノとなって、君は役人として立派な車に乗り)
 此夕渓山対名月 不成長嘯但肓嘷 (今夜野山を照らす月の下で会ったのに 俺はケダモノとして吠えるばかりだ)

 これが、有名な李徴の漢詩。
 そして、息子は14歳になったとき、いつか父と同じように自分も虎になるのではないかと恐れを抱き、長安のいる袁參の元へ旅に出る。しかし、このとき袁參は兵部侍郎という軍隊を司る役職に就いており、風雲急を告げる時勢のために多忙で、息子が訪ねたときはいなかった。息子はそれを機会として、袁參が虎になった父と出会ったという商於の村に行くことを決意する。10年前の父のことを知っている人間を探し、どうして父は虎になってしまったのか、今はどうなっているのか、その消息を探る冒険が始まるのだ。はたして少年が冒険の結末に見たものとは・・・

 原典と違っているところですが、原典では李徴は袁參に、妻子には死んだと伝えてくれと言っています。
 本作では、率直に袁參は手紙で「お父上は虎になった」と伝えていますね。
 まあ、この意味は「虎」というのが実はメタファーであった、という解釈に所以するのですがね。
 これが納得しそうになってしまうのは、李徴と袁參が会ったとき、袁參は「観察御史」という役職で、この役職の任務は地方の役人の観察と匪賊の取り締まりであったということです。
 匪賊というのは、山賊みたいなものというか、今で言うとゲリラですね。
 とすると、虎というのは実は匪賊のメタファーであり、袁參が叢の陰で会った旧友の李徴はゲリラの親分ではなかったか、という解釈もあり得るわけですよ。「虎」と呼ばれるゲリラ。スリランカには「タミール・タイガー」という有名な反政府ゲリラがいたことをなぜか思い出しました。中島敦には寝耳に水でしょうが、山月記はこういう読み方もできるのです。
 漢詩の決まり事である押韻を利用したミステリーの謎解きも、見事だったと思います。


 
  
 
 
 
 
 
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「一九五二年日航機『撃墜』事件」松本清張

 昭和27年4月9日午前8時頃、羽田発大阪経由福岡行きの日本航空マーチン202型双発「もく星」号が、伊豆大島の三原山噴火口近くに墜落しました。乗員乗客37名全員が死亡。
 この事故は、戦後に発足した民間航空機の最初の墜落事故です。
 アメリカの占領政策によって日本の航空活動はずっと禁止されていましたが、米ソ対立の激化、中国共産党の全中国制圧の情勢を反映して占領政策が変化し、朝鮮戦争の経験が“基地(不沈空母)”としての日本の重要性を教え、アメリカは日本に対して緩和政策に急転回したのです。
 連合軍総司令部(GHQ)は、日本政府(吉田内閣)に対し、航空機の保有と運航を除く切符販売等の活動に限って、1社のみに日本側の営業権を認めることを許可したのです。つまり平たく言えば、外国の航空会社から飛行機とパイロットを賃借りして、商売だけをやるということなのですが、これが“鶴丸”日本航空株式会社のスタートとなりました。
 ノースウエスト社と運航委託契約した日本航空の初フライトは、昭和26年10月25日(羽田)のことです。
 所長以下13人の東京支所職員の仮事務所は、わずか7坪ほどの掘っ立て小屋でした。
 そして、このときからわずか半年で、凄惨な墜落事故が発生したのです。

 本作は、これより20年前(昭和49年)に刊行された小説の改作で、昭和ミステリーの巨匠・松本清張が亡くなられる直前に上梓されたものです。
 前半はノンフィクション風に実際の墜落事故の具体的傍証を列挙し、後半は架空のジャーナリストが古書店で発見した資料をきっかけに、疑惑の墜落事件の謎に迫るという内容の小説となっています。
 あくまでも“小説”ですが、松本清張本人がどこまで真相に迫るつもりだったのか、それはわからないとしても、この事故というか事件のことを一番よく調査したのは、他ならぬ作者本人ではないでしょうか。
 松本清張といえば推理作家としての顔の他にも、昭和の陰謀史観研究家としての顔もまた有名です。
 私の個人的感想としては、本作のオチは到底考えられないと思うのですが、それは現代人としての感覚で考えるからそうなるのであって、この昭和27年という、日本がまだ占領下にある時代は何があっても不思議ではない時代です。
 そして事故は、サンフランシスコ講和条約が発効する直前のタイミングで起こっているのですね。

 この墜落事故の一番の謎は、機長がとった飛行機の高度にあります。
 運航はノースウエストが担当しているので、機長も副操縦士もアメリカ人です。
 G・スチュワード機長は飛行時間8千時間のベテランで、羽田発大阪経由福岡線の経験もありました。
 途中には、伊豆大島の三原山(高度2千4百フィート)がありますが、日航機は高度2千フィートで飛行しており、山にぶち当たったのです。このときは悪天候で、計器飛行をしていましたが、乗客はシートベルトを装着していなかったことから、機長は運航に不安な点はない、と判断していたことになります。
 なぜ、山があるとわかっていながら機長は2千フィートで飛んでいたのか?
 この事故が陰謀史観化される最大の原因のひとつは、このときの機長と管制を担当していた埼玉県入間のジョンストン基地(当時の日本の航空管制はすべて米軍が担当)の交信記録を、事故調査委員会が再三要望したにもかかわらず、米軍が提出を拒否したからです。また、本書に当時の新聞の一面が載っていますが、墜落当初、米軍は嘘の墜落地点(浜名湖西南16キロの海上)の情報を、当時の国警、日航本社に流していました。これは何故でしょう?
 だいたい、アメリカ側は日本の空をすべて管轄していながら、事故調査委員会のメンバーになることを拒みました。
 このため、航空庁(当時は存在した)長官や、大学の教授、運輸省の官僚などから組織された事故調査委員会の出した結論は、「何らかの間接原因にもとづくパイロットの錯誤」という歯切れの悪いものになっています。
 来日したノースウエストの副社長は、同じアメリカ人だけにどこまで真相を知っていたのか、「何もかもパイロットのせいにされてはたまらない。2人のパイロットにそろって判断を誤らせたものは何だったか」という意味深な言葉を残しています。

 米軍が故意に嘘の墜落地点情報を流したのなら、本当の墜落場所である大島で何かすることがあったということです。
 当時は、本州と大島では電話にしても何時間も連絡が取れなかったそうですから、唯一機動力のある米軍のやりたい放題となります。墜落した散乱機体の証拠の隠滅とかも、やろうと思えばできたでしょう。
 まあ、本作の後半部分は唯一の女性乗客で謎のキャラクターであった、烏丸小路万里子の追跡に多くのページを割かれているわけですが、万一、当時同じ空域を飛んでいたとされる朝鮮戦争帰りの米軍機10機と、「もく星」号の間に、何らかのトラブルがあったとしたならば、どうして乗客にシートベルトを付けさせず巡航速度のまま三原山に当たったのか、不思議だと思うんですね。撃たれたならば、不時着しようとしませんか。いくら米軍が現場を偽装しようと、同じ日の朝には日本の新聞記者も現場に入っているわけです。このとき、こっそり撮られた写真は現存しておりネットでも見られますが、乗客の死体は吹っ飛んでおり、確かにシートベルトをしていなかったように見受けられます。
 撃たれて落ちたというのは、少なくとも私には、いくら小説でも本書の説明では納得いきません。
 でもその一方で、米軍側は交信記録を頑として公表しませんでした。
 何を隠そうとしたのでしょうか、事故から60年超えていますが、未だに謎のままです。


 
 

 

「盲目的な恋と友情」辻村深月

 なるほど、こうきたか。
 読み始めと、読んでいる途中と、ラストで、これほどまでに感じ方の変わる小説があるでしょうか。
 ラスト、そうくるか。うーん・・・ちょっとびっくりしたなあ。嵐みたいな小説だなあ。
 ジャンルは、恋愛ミステリーということでいいんでしょうかねえ。

 辻村深月を読んだのは、久しぶりです。直木賞以来?でしょうか。
 綾辻行人に憧れて作家になったミステリー少女は、メフィストを獲り、直木賞を獲り、いまや師を超えた感すらあります。
 ずっと山梨で公務員的な仕事をしていた辻村さんですが、結婚して東京に出、専業作家になりました。
 まあそれも関係あるでしょうが、歳とともに書くものも変わってくるのでしょうね。
 人間の奥底を覗きこむということでは、覗く方向こそ違え綿矢りさと同等の高度な能力を持っていた辻村さん。
 しかし、恋愛となると他の女性作家のような、たとえば村山由佳とか角田光代、唯川恵、川上弘美が恋愛を題材に書くようなリズムは、辻村深月にはありませんでした。
 それは誇り高いメフィスト出身のミステリー作家だということの他にも、自身の恋愛経験のせいもあるのでしょう。
 ところが本作はどうでしょう。ラストまで私は本格的な恋愛小説だと思って読んでましたよ。
 辻村深月も一皮むけたなあ、今までとは違うなあと思いながら読んでいました。
 ネタバレになるので書けませんが、驚かされたラストで、やっぱり辻村深月だなあというところと、完璧に今までの辻村深月とは違うところがありました。

 簡単にあらすじ。
 一瀬蘭花の視点による「恋」と、傘沼留利絵の視点による「友情」の2篇に分かれますが、扱っているのはどちらも同じ出来事です。一瞬、蘭花の話を主観として、留利絵の方はそれを客観的に補足しているのかと思いながら読んでいましたが、それは違いました。この物語の主人公は実は留利絵だったのかと、読後は誰しも思うはずです。
 とりあえずの舞台は、東京のはずれにある音大ではない私立大学のアマチュア・オーケストラ。
 アマとはいえ、年2回は大きなホールで演奏会をする実力があります。
 旋律を弾く第1バイオリンの一瀬蘭花は、元タカラジェンヌの母を持ち群を抜く美人で優秀な女性ですが、高校まで恋愛経験がありません。飛び抜けた美人にありがちな恋愛機会の少なさと、本人の情緒の薄さが原因でした。
 しかし、2年生になって蘭花は、演奏会の前になると雇われるセミプロの指揮者と恋に落ちたのでした。
 彼の名前は、茂美星近。海外でも有名な指揮者に師事する、前途有望な青年指揮者でした。
 数えきれないほど会って、食事して、抱き合ったふたり。しかし幸せの絶頂は長くは続きませんでした。
 蘭花を悩ませたのは、茂美に、以前から彼の師事している指揮者の妻が取り憑いていたこと。
 後にこの不倫は発覚し、茂美はそれまで自分がいた世界に無視され、弾き飛ばされてしまいます。
 そして仕事が激減した彼は目に見えて荒み、一流企業に就職した蘭花に意地汚く寄生するようになってしまうのです。
 その状態から蘭花を見守り続けたのは、オケの演奏を取りまとめるコンサートマスターであり、彼女と4年間ルームシェアしてきた傘沼留利絵でした。いや、見守ったという言い方は間違っているかもしれません。
 留利絵は、子供のときから容姿でバカにされ、恋愛に対してものすごく奥手でした。
 彼女が蘭花に対して抱いていた感情は、友情だったのでしょうか。あるいはそれは恋ではなかったでしょうか。
 いや、“恋”以上のもの。
 足かけ5年間付き合った蘭花と茂美の恋は、悲劇的な最期を迎え、そしてその1年後、ようやく理想の彼氏と巡りあった蘭花の結婚式で、その恐るべき事件が明らかになるのでした。

 完璧な人間なんて絶対いませんから。
 恋愛ふくむ感情というのは、そもそもこの完璧でない人間が発信受信するものですからね、完璧な恋愛なんてあるはずがないんです。それをわからないから、おかしくなる。
 どれだけ美しい女性だとしても、人前で鼻毛が風にそよいでいたことは絶対にないとは言い切れますか。
 どれだけ格好のいい男性だとしても、無意識のうちに人混みのなかで苦しげな屁が漏れたことは絶対にあるのです。
 結局、恋愛に苦しむ人というのは、相手に求めすぎなのですよ。
 相手に求めすぎるということは、自分もそれだけのエネルギーを行使していますから、いざ相手がいなくなるとそれだけの穴が開いたようになってしまいます。これ実は錯覚でして、穴なんて空いていません。相手を失ったのではなくて、それまでに自分が費やしたものを惜しんでいるだけなのです。だから時間さえ経てば誰でも立ち直れるものなんです。
 ここでもそんな話が出てましたが、快楽というか人間には性交の問題がありますから、より錯覚しやすいのです。
 しかし、これはあくまでもノーマルの話であってね。
 留利絵の感情というか、その心の奥底というのは、結局、彼女も自分のことだけ考えているのは一緒なんですが、友情と恋という感情の垣根が怪しくなってくるとこれほどまでに不気味になるのかということ、これは本作を読んでみるまで思いつきもしませんでした。
 まあ、最後は不気味でしたけど、面白いお話でしたね。辻村深月の新境地と云っていいかと思います。


 
 
 

「山魔の如き嗤うもの」三津田信三

 刀城言耶シリーズ第4弾ということになりますか。
 相変わらず、“むつこい”です。ヘビーです。サラッと読めません。
 しかし、この独特な昭和の地方民俗をベースとしたラストの鮮やかなミステリーは、他書に類を見ないものですね。
 最初のほうは、読みながらどうしようかと思うくらいわかりづらくて、というのも昔の地方というのは、現在の都市とは違って人間関係が複雑なのですよ、しかも家にたくさんの人間がいたりしますからね。名前も似ているし。
 しかし、そういうのが熟れてきて、ストーリーが白熱してくると、俄然引き込まれ感がハンパありません。
 しかもシリーズ4作目なので、だいぶ慣れてきましたし、今回も読後は満足できたように思います。
 つまり、読書に費やした所要時間が有意義であったと思える、ということです。

 今回は少しだけ前作と繋がりがあります。
 前作「首無の如き祟るもの」(カテゴリー・民俗ミステリー参照)の中で、刀城言耶と大学の先輩である阿武隈川烏がふたりで旅行していましたよね。あれは、前作の舞台であった奥多摩の媛首村を目指していたのですが、車中に乗り合わせた村の駐在から「山魔(やまんま)」の話を聞かされ、知らない怪異譚を聞かされると居ても立ってもいられない、放浪の怪奇小説家・刀城言耶は当初の予定をねじ曲げ、渋る阿武隈川を連れて、山魔の伝説が残る、奥多摩を流れる媛首川の源流域である神戸(ごうど)のさらに北の奥にある奥戸(くまど)の集落を訪ねたのです。首尾はよくありませんでしたが。
 その出来事が、昨年の晩秋のことだった、と記されています。
 ちなみに、本作の本筋の物語は、20年前に東郷平八郎の国葬があったと書かれているので、昭和29年の話です。
 昨年の晩秋(昭和28年)奥戸を訪ねた刀城言耶は、再び集落を訪れて、凄惨で奇っ怪な連続殺人事件の捜査に当たることになります。しかも今回は、この地方に伝わる童唄の歌詞の通りに事件が進行する、見立て殺人となっています。

 きっかけは、東城雅哉こと刀城言耶が作品を発表している雑誌の出版社である怪想舎の編集者、祖父江偲が言耶に渡した原稿でした。原稿といっても、創作小説ではありません、それを書いた郷木靖美氏が実際に体験したことなのです。
 奥戸の手前にある集落・初戸(はど)の筆頭地主で、山林家でもある郷木家の4男に生まれた靖美氏は、父や3人の兄と違って虚弱で内向的に育ちました。家族内でバカにされてきた靖美氏を庇護したのは祖母だけで、祖母の尽力で東京の大学に進んだ靖美氏は、そのまま東京の学校の教師となったのですが、初戸の集落には、成人参りという儀礼があって、20歳のときにそれを通過していない靖美氏は、今更のようにそれをするために実家に帰る羽目になったのです。
 成人参りとは、神戸(ごうど)の聖なる山である三山の里宮から奥宮を独りでたどって拝礼する儀式のことです。
 ところが、靖美氏はこの参道で数々の怪異にあって、あろうことか完璧に道を迷ってしまうのです。
 大禍時(おおまがどき)。山中の日暮れは釣瓶落としの如く早いことは多くの方がご存知でしょう。
 方向のわからなくなった靖美氏は、知らぬ間に忌み山である乎山(かなやま)に入り込んでしまったのでした。
 道なき道を進み声なき声を聞き、そこで彼が目にしたのは、入らずの山には絶対ないはずの2階建ての一軒家。
 家には、奥戸の炭焼人の元締め・鍛炭家の長男で、大昔に家を飛び出した正一とその家族が住んでいました。
 聞くところによると、山を出た正一は、山窩のような暮らしを続けて日本中を放浪しているのですが、たまたまこの近くに寄ったとのこと。この家は、20年前に乎山に金鉱があると言ってやって来た山師に騙された三男の正造が、鉱夫のために建てたものだということでした。
 しかし、驚くべきことに明朝、靖美氏が起きると、朝餉の支度がされたまま一家が忽然と消えてしまっていたのです。
 それ以来、なんとか東京に帰ってきた靖美氏は、成人参りが御破算になったこともあって、まるで憑き物がついたように引きこもってしまいました。
 参道での怪異と一家消失事件の謎を解くべく、再び奥戸に向かう刀城言耶。
 そこには、昨秋世話になった奥戸の山林家・楫取(かじとり)力枚氏が待っていました。
 そして、またしても終下市警察署を恐怖のどん底に突き落とす、連続殺人事件が奥多摩で発生するのです。
 刀城言耶の行くところ、必ず事件あり・・・

 今回、刀城言耶と供に事件の捜査をするのは終下市警察署の鬼無瀬警部。
 これも昨秋、終下市の繁華街で起こった連続猟奇殺人事件の謎を解いたのが刀城言耶の父である、探偵・刀城牙城ということで、その関係から事件の捜査で刀城言耶の言うことを聞くようになります。
 刀城牙城のほうはともかく、刀城言耶のほうは父親のことをずいぶん嫌っているようですが・・・
 今回はそのへんの屈託も書かれていました。また、祖父江偲という東京の出版社のキャラも新たに登場しました。
 謎解きのほうも、“むつこさ”がある上に、山魔などの怪異の謎解きはなんだそりゃなんですが、あの鍛炭家の子供だれだっけ立春か、彼の元まで山魔が迫ったときの迫力とあのセリフはすごく良かったと思います。
 結局、山魔が怖い彼が山魔になって山魔を脅したという、なんとも言えないオチが・・・



 

 
 
 

「巨大戦艦大和」NHK取材班

 昭和20年4月6日午後3時20分。
 山口県徳山湾沖から、大和以下10隻の艦隊が出撃した。帝国海軍最後の艦隊である。
 片道分の燃料だけを積んで沖縄に突入し、浅瀬に乗り上げ、主砲その他あらゆる兵器を用いて米軍を撃滅するのだ。
 生還は期し難い特攻艦隊である。大和の第2砲塔の壁面には「総員死ニ方用意」と描かれていた。
 別府沖にかかったとき、当直員以外は全員上甲板に集合、整列して東に向かい「宮城遥拝」した後、異例の「故郷遥拝」の号令が出た。ここで各自、自分の故郷に向かって最後の別れの挨拶をすまし、“海ゆかば”を合唱したという。
 「陸では桜が満開でね。風がきついんで艦の上まで花びらが飛んできて。それにはもう感激しましたね。そんなぎょうさんじゃないですが、パラパラパラパラ、風に舞って飛んできて。甲板にも落ちました。私は手で受けて。もうこれで二度と帰られないんだ、これは大事にしとこうと思って、お袋の写真と自分の写真と一緒に胸のポケットに入れました」
 八木理さん(運用科防火防水担当・大和乗艦昭和18年1月~)


 うーん、一気読みでした。さすがNHK取材班、前から戦争物は強い。
 本書は、2012年にNHKで制作放送された番組をもとにまとめられたものです。
 私も少しだけ観ました。あんまり大和は好きではありませんでしたものでね。
 源田実が言ったように、大和1隻で何千機もの飛行機が製造できる資源を使用しています。
 はっきり言って、ムダだったでしょう。そして、大和は敵の艦を1隻も撃沈していません。
 戦艦ならたとえば「比叡」とか、いかにも戦艦らしくソロモンで大暴れして最期を迎えたじゃないですか。
 「伊勢」だって、今も海上自衛隊の艦に名前が引き継がれているくらい、強かった戦艦です。
 別に戦艦じゃなくても、大和や武蔵の何十分の一の大きさの小艦艇でも、大和よりも活躍した艦はいっぱいあります。
 いったい大和とは何だったのでしょうか。シブヤン海で犬死にした武蔵よりはマシですけどね。
 戦艦大和の一生は、明治以来の日本人の努力の結果、アジア唯一の近代工業国家となった日本が無謀な戦争に突入して、無惨に敗北した歴史に重なります。
 大和の46センチ主砲の射程は41キロメートルです。アメリカの戦艦は40センチ砲でしたから、その射程圏外つまりアウトレンジから攻撃できるようにしたわけです。大和の建造が始まったのは、昭和12年7月でした。
 しかし、大和が完成する1週間前の、昭和16年12月8日、真珠湾攻撃で戦場の主役に踊り出たのは航空機でした。
 戦艦の主砲の射程などまったく関係ない長距離から航空機は飛んできます。これが時代の趨勢です。
 国の命運をかけたアメリカ太平洋艦隊との決戦、その来るべき日のために莫大な国費と資源と情熱を傾注して建造された大和と武蔵は、あっという間に無用の長物と成り果てたのです。

 しかし、3000名を超す乗組員には何の罪もありません。
 むしろ、本書を読んでその敢闘ぶりに感動しました。大和の乗組員は優秀でした。
 大和にはハンモックではなく壁掛け式のベッドがあり、ロッカーもあり、冷房が効いていました。
 しかもトイレはすべて洋式水洗、ラムネを作る機械まであり、その快適さは他の艦とは天と地ほど違いました。
 大和ホテルと呼ばれていたそうです。
 しかし、なかなか実戦に恵まれなかったために、艦内の訓練や制裁は大変厳しいものでした。
 ミッドウェーでも役に立たなかった大和は、それから2年間にわたり、いつ訪れるともわからない決戦の機会を待ちながらトラック島と柱島を行ったり来たり無為に過ごしていたのです。
 昭和19年10月にレイテ湾殴り込みが決まったときには、悲惨な戦闘が待っているのにかかわらず、艦内はやっと実戦ができるとワクワクしていたそうです。
 武蔵が沈んだ10月24日の対空戦闘では、長さ2メートルの大和の主砲弾に996個の焼夷弾を詰め込んだ対空用三式弾をぶっ放し、12基24門の高角砲、132梃の3連装25ミリ機銃をフル動員して襲い来る敵機と戦い、5時間の戦闘の末、2発の爆弾を受けたのみでした。

 11月16日にブルネイを出港し呉に帰った大和は、燃料不足から満足に訓練もできないまま、運命の沖縄海上特攻を迎えることになります。
 こんな無謀というかヤケクソな作戦を誰が考えたのかというと、連合艦隊首席参謀の神重徳大佐らしいです。
 大和を旗艦とする第2艦隊司令長官伊藤整一中将は反対していました。当たり前です。
 しかし参謀長である草鹿龍之介中将の「1億総特攻の先駆けとなってほしい」の言葉に説得されたのです。
 神重徳は戦後すぐに海で溺れて死にましたが、おそらく大和他このときの特攻艦隊の戦死者に海の中で足を引っ張られたのでしょう。ざまあみろ、ですな。こんなカスが上にいるんだから、日本は戦争を始めることになり負けたのです。
 4月6日に沖縄に向かった艦隊が襲われたのは、4月7日の昼過ぎ、鹿児島県坊ノ岬から西に200キロの地点でした。
 乗組員の昼飯は竹の皮で包まれた大きな握り飯2個に福神漬け、煮抜きの玉子がひとりにひとつ付きました。
 せめてもの救いは、乗組員が昼飯を食べた後に戦闘が始まったということでしょうか。
 ちなみに前の晩は艦内総出で最後の宴会、洗濯桶に日本酒をブチ込んで酌飲みしましたが、いくら飲んでも酔えなかったそうです。死ぬことがわかっていますからね。そしてこの日の晩には明日は沖縄だということで、ぜんざいが振る舞われる予定でしたが、結局これを口にできた人間はいませんでした。
 このあと本書はクライマックスを迎えます。生存者の死闘です。海中での大和の爆発、漂流する乗組員を笑いながら射撃するアメリカの戦闘機など、「運命の分かれ目」というべき重要なことはこれから始まるのですが、非常に貴重な生存者の方々の証言がありますから、それは本書で読んでいただきたいと思います。
 数波におよぶ敵機の猛攻を受けた大和の転覆は昭和20年4月7日午後2時33分。
 乗員3332名中、3056名が死亡し、帝国海軍の象徴は水深350メートルの海底に沈みました。


 
 
 

 
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