「狩りのとき」スティーヴン・ハンター

 世界最高峰、圧巻の冒険アクション小説『ボブ・リー・スワガーシリーズ』の第4作目。
 刊行順でいくと、次はボブの父であるアール・スワガーのシリーズが始まると思うので、これにて、とりあえず第1部は終わりということになるかと思います。でもまた、間隔を空けて始まるんですけどね。しばしのお別れ。
 作品の繋がりから言うと、本作はシリーズ初弾である「極大射程」とのリンクが濃厚です。
 前作の「ブラックライト」は第2作「ダーティホワイトボーイズ」と対になっていましたよね。
 つまり、1と4,2と3のペアということです。
 2と3の根幹のテーマは、アール・スワガーがジミー・パイに撃たれて殉職した事件でした。
 そして1と4(本作)のテーマは、ズバリ、ベトナム戦争。〈悪いとこだらけの地〉で起こったことです。
 別に気にする必要はないんですが、アール・スワガーの事件の期日が作品間でずれてしまったように、今回のボブとダニーがベトナムで狙撃された一件も、「極大射程」では1972年12月11日となっていますが、本作では1972年5月6日に訂正されています。どういうことなんでしょう?
 おそらく、4部作のプロットは当初まったく決められていなかったか、意図的に変更したのだと思われます。
 ま、「こまけえことはいいんだよ!」ということで(笑)
 断言できますが、本シリーズの抜群の面白さには、何ら影響することはありません。
 そして、改めて言いますが、日本の小説にはない戦闘アクション描写の素晴らしさといい、ラストで驚かされるミステリー的なプロットの緻密さといい、本作を含めたこの一連の作品群は世界的な冒険小説の金字塔であると思われます。

 少しあらすじ。
 1972年5月6日。大詰めを迎えたベトナム戦争最前線の、海兵隊前哨基地。
 偵察狙撃小隊“シエラ・ブラヴォー・フォー”の伝説的なスナイパー、ボブ・リー・スワガー軍曹とスポッター(監的手。スナイパーの補佐)のダニー・フェン兵長が、ソ連のスナイパーに狙撃された。
 ボブは腰を撃たれて重傷、ボブを助けようとしたダニーは胸部を撃たれて即死した。
 ボブとダニーのチームは、かつてふたりだけで北ヴェトナム軍の1個大隊3百人を邀撃し、孤立したグリーンベレーを救ったという海兵隊のヒーローであり、特にボブは1967年のカール・ヒッチコック軍曹の狙撃記録に迫るスコアを持つ、英雄的なスナイパーだったが、この悲劇がひときわ象徴的な理由は、祖国で新妻が待っているボブの相棒ダニー・フェンが、4年に及ぶ徴兵期間のDEROS(帰還予定日)を明日に控えて殉死したことだった。
 ふたりを狙撃したソ連のスナイパーは、T・ソララトフという60年代のオリンピックライフル伏射競技の金メダリストで、彼は一度は撃退されて死んだものと見なされながら、この機会を辛抱強く待ち、1400ヤードにもおよぶ長距離射撃を成功させたのであった。自分が戦闘能力を喪ったこと、ダニーを死なせてしまったことは、ボブにとって一生の不覚だった。
 それから25年。
 ボブはダニーの妻だったジュリィと結婚して家族になった。ふたりの子供ニッキは8歳になる。
 幸せかと思いきや、アリゾナからアイダホに移り住んだ3人はうまくいっていなかった。
 前作の出来事といい、ボブがいるところには必ず死人が出る、アメリカ一危険な男とメディアに騒がれたのである。
 ボブは52歳になっていた。金もない。酒こそやめているが、始終イライラしてジュリィやニッキ、馬に当たる。
 撃たれた尻は痛い。ベトナム帰還兵としての心的外傷後ストレス障害がぶり返す。
 結局、ボブにとっての戦争は終わっていなかったのだ。
 そして、また忌まわしい戦争がやって来た。ジュリィとニッキが乗馬中に狙撃されたのだ。
 一緒にいた隣の牧場主は即死し、機転を利かせてニッキを逃したジュリィも重傷を負った。
 ボブの脳裏に悪夢が甦る。狙撃者はおそらく・・・。25年の歳月をかけて、ボブは再び死神に捉えられたのだ。
 自分より抜け目なく、射撃がうまく、ガッツのある生まれながらのスナイパー。
 海兵隊式の射撃姿勢と違う独特のロシア式ライフル伏射姿勢。愛する家族を持ったボブと異なり、人間的な幸せを捨てたストイックな孤高の殺人マシーン。その男の名は、T・ソララトフ。世界最強のスナイパー。
 TIME TO HUNT. 狩りのとき。 最後の闘いが始まる。

 下巻100ページ強にも及ぶ雪山での死闘はじめ、相変わらず高レベルなアクションシーン描写はともかくとして、今作にはヒューマンドラマ的な出来事も多々織り込められていましたね。
 これまでは、どちらかというと元海兵隊員のソルジャーとして完璧に近く書かれてきたボブの男ぶりですが、ここにきて大きく揺らいでしまいます。15年ぶりに禁断の酒を飲んでしまいますし、妻のジュリィには愛想を尽かされそうになるのです。
 なんでも52歳になったボブは、長身で痩身、クリント・イーストウッドのような雰囲気らしいですが・・・
 家族の愛を取り戻すために、決死の闘いを挑む男。まさに最後に相応しい展開だったと思います。
 ダニーフェンが伍長から兵長に降格されたうえに、ベトナムに飛ばされることになった一連の理由を核とした完璧なプロットも忘れてはなりません。ベトナム戦争は、アメリカとソ連という冷戦期における二大大国の代理戦争でもあり、表面上のイデオロギーの対立と、その水面下で繰り広げられる魑魅魍魎のスパイ合戦が、ミステリー仕立てのストーリーに絶妙にマッチしていました。読みながら騙されていましたよね。読者も作中のキャラクターも、誰もが「2回ともボブが狙われたに違いない」と思い込んでいたわけですから。見事にやられましたよ。
 ラストのクレイモア、これもまたこれ以上ないスカッとした終わり方だったと思います。

 さて、以下は余談ですが、本作は悲惨極まりないベトナム戦争の無常さが多く語られます。
 これを受けて、アメリカが過去に参戦した戦争の意義が登場人物の会話という形を通して語られているのですが、そこには、対ドイツ戦はヒトラーにユダヤ人を皆殺しにさせないため、朝鮮戦争は朝鮮半島を中国に支配させないため、そして対日戦はトージョーにフィリピンの全女性を慰安婦にさせないため、と書かれていました。
 絶句! 日本人はこういう風に見られている場合もあるということです。
 今、あちこちでゴチャゴチャやってますよね。あれの背景にはこんな偏見もあるのかもしれません。



 
 
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「宇宙が始まる前には何があったのか?」ローレンス・クラウス

 今、我々の宇宙が誕生してから137億2千万年経っています。
 地球は45億年か50億年くらいの年齢だったと思いますが、まだ若い方ですよね。
 観測できる範囲で、ざっと4千億ほどの銀河がこの宇宙には存在していますが、宇宙が誕生してから我々の銀河だけでも約2億個ほどの星が超新星となって爆発しているそうです。
 わたしたちの体の原子は、これら爆発した星の、文字通り“星くず”から出来ています。
 たとえば、あなたの左腕には80億年前に爆発したマゼラン星雲の彼方の一等星の原子が存在しているかもしれません。
 なんともロマンティックな話ですが、地球自体が星くずが集まって誕生しているので当然なんですよね。

 ところが、これらの目に見える星くずのような宇宙の物質が、何もないところから生じたとすればどうでしょうか。
 「もの」が「もの」のない状態から生まれてきたとすると、それはわたしたちの直感に反する出来事です。
 質量保存の法則というのがありますからね。例は悪いですが、ご飯を食べれば体内にエネルギーとして蓄積消費される分と、ウンコになって出て行く分に分かれますが、プラスマイナスはちゃんと合うようになっています。
 しかし、ビックバンという宇宙の始まりの現象は、「無」から「有」が生じたということになります。
 なんとも奇妙な話ですが、我々を含むこの宇宙というものは「何もない」ところから突然に生まれたのです。
 時間さえも生まれたのです。これほど不思議なことはありませんわな。
 じゃあ、宇宙が始まる前はどんなだったのか、想像はできないのでしょうか?

 あなたが50億光年彼方の星を観ているとすると、それは50億年前の過去を観ていることになります。
 地球から遠くを見れば見るほど宇宙の過去が見えるということですよね。
 宇宙が閉じていれば、一番遠いところを見ると自分の後頭部が見えるはずですが、この宇宙はほぼ平坦でまっすぐであるために、ひたすら彼方の過去が見えるようになっています。
 ということは、この宇宙の外側の果てを見ることができれば、宇宙の生まれる前を見ることができるということです。
 しかし残念ながら、我々が目にすることができる可能性のある宇宙の過去の限界は、誕生してから30万歳の姿です。
 その向こうは光がプラズマに邪魔されている世界なので見えないのです。
 そして、一般相対性理論の考えるところですが、エネルギーを持つ空間は指数関数的に膨張します。
 結果としてごく初期には極めて小さかった宇宙の領域は、今日の観測可能な宇宙を軽々と含むほどの大きさになったばかりではなく、さらに加速して膨張しているので、今から2兆年後には我々の属する銀河以外の銀河は、消え去ります。
 他の銀河の後退速度が光の速度に近づくにつれ、その銀河から届く光の赤方偏移は大きくなり、かつて可視光線だったものは、波長が伸びて赤外線やマイクロ波、電波になり、いずれその波長は宇宙のサイズより長くなるのです。
 そうなって時点で、その銀河は事象の地平線の彼方に、名実ともに消え去ってしまうのです。
 特殊相対性理論によれば、光の速度よりも大きな空間の中を進むことはできないと述べていますが、空間そのものはその制約を課されていません。空間が超光速で膨張すると、その空間に乗っている天体は超光速で運ばれていくことになります。

 著者曰く、宇宙が膨張していることが宇宙が「無」から生まれた他ならぬ証拠である、というのですがこのところは私は頭が悪いのでよくわかりません。宇宙の中の個々の天体のニュートン的な全エネルギーは平均すればゼロであるということも、よほど大事なのか本のなかで何でも繰り返されていますが、それほどまで宇宙が平坦であるとこを言いたいのかこのオッサンはクドいなあ、と思いました。しつこいです。翻訳のせいではなく、外国人らしい持って回った言い方もするので、要点が非常にわかりにくい書物です。
 著者は、神学者や哲学者とのディベートでも有名なアメリカの宇宙物理学者ですが、わたしたち日本人には理解しにくい、天地創世といった宗教的な見方との対立を意識して書かれているせいもあります。
 空っぽの空間のエネルギーとは暗黒エネルギーのことだと思われますが、もったいぶっている場面もあります。
 ひょっとしたら、量子ゆらぎからの宇宙誕生という肝が語られる、第9章から読み始めるほうがいいかもしれません。
 宇宙は量子ゆらぎという、お粥がグツグツ煮えてる表面の気泡がはじけるような状態から発生したようです。
 無の空間では、粒子と反粒子が短い時間で生まれてはお互いに消し合っているのですが、我々の宇宙の場合は、10億分の1というイレギュラーな非対称性が生まれたために、反物質に対して物質が残ることになったのです。
 このことは、宇宙のなかの陽子1個に対して光子が10億個あることから、ほぼ確かな説のようです。

 ただ、宇宙の外側に存在する、時間のない、永遠の何かが、いったい何なのかはまだよくわかりません。
 永遠に人類にはわからないかもしれませんが。
 ひょっとしたら、まったく違う宇宙に出るのかな。何が考えられる??
 私はずっと時間というものが実は存在しない嘘であって、ゆえに宇宙の始まりというものはそれ自体ないと思ってました。
 だって、無の状態から宇宙が生じたというのは、やはり納得がいきませんでしたからね。
 だから、そもそも「始まり」というのがなかったのではないかと。
 この本を読んで一番勉強になったというか、衝撃だったのは、非常に大事なことなんですが、
 「空間のなかの無」と「空間さえない無」は違うということですね。
 空間があるということは、そこに物理学的な法則も働き、けっして空っぽにはならないのです。
 空間があるというだけで、すでにそこは無ではない。私が「無」を考えるとき、そこには空間という枠がありました。
 だから、空間さえない深い無というのは、想像もできないですわな。
 著者によると、宇宙は、この空間さえない虚無から生じた可能性があるらしいのですが、さて・・・ねえ。


 
 
 

「ミッドウェイの刺客」池上司

 太平洋戦争の趨勢の分岐点になったと云われるミッドウェー海戦。
 日本側4隻、アメリカ側3隻の正規空母ががっぷり四つに組んだ世紀の航空決戦は、予想だにしない日本側の大敗北に終わりました。日本は真珠湾攻撃以来の歴戦の空母「赤城」「加賀」「蒼龍」「飛竜」を撃沈されてしまったのです。
 一方、アメリカ側は、友永丈市大尉率いる飛龍攻撃隊の決死の攻撃によって、空母「ヨークタウン」が大破しました。
 しかし「ヨークタウン」は沈みませんでした。護衛艦艇に守られ、懸命の復旧作業を続けながら漂流していたのです。
 この瀕死ながらヨロヨロと逃げるヨークタウンを追跡し、渾身の雷撃によって撃沈したのが、本作の主人公たる日本海軍の潜水艦「伊号第168潜水艦」(伊168)でした。
 ことは簡単ではありません。敵情偵察のためミッドウェー島近辺に潜んでいた伊168は、ミッドウェー敗北の悲報を受け、急遽日本海軍の面子を一身に背負い、一矢を報いるべく単艦で決死の攻撃に向かったのです。
 水中音波探信儀を使用する護衛艦艇に守られた敵に忍び寄るのも大変ですが、攻撃が終わってからいかに爆雷攻撃をかわして戦場から脱出するかもまた、潜水艦にとっては非常に困難なものでした。
 本作は、敗北のなかの勝利と云われた、伊168潜の活躍を描いた迫真の戦記小説です。
 ノンフィクションではありません。しかし逆に、プロの書き手によって潜水艦戦闘の細部の描写はもちろん、全体が構築されることによって、いい意味でリアルになっています。ノンフィクションではこうはいきません。
 日本の誇る九五式一型五十三センチ酸素魚雷は、1本の外径が533ミリ、全長7.15メートル、重量は1665キログラムもあります。魚雷発射管室において危険な作業を行う係員の、押し殺した吐息と顔をしたたる汗を、すぐそばで感じたような気がしました。伊168の事蹟においてどこまでが脚色かわかりませんが、いい小説だったと思います。

 伊168潜の事実の艦長は田辺弥八ですが、ここでは田辺彌八になっています。
 田辺が伊168の艦長として着任したのが、昭和17年1月31日。
 伊168潜は、海大VI型aの一番艦で、昭和9年7月竣工、全長104メートル・水中排水量は2400トン、10ノット時の水上航続力は1万4千海里という長大な能力を誇りました。伊168がミッドウェーの偵察を命じられたのも、この航続能力が適任と認められたからです。
 ドゥーリットルの東京空襲を受け、連合艦隊はもてる主力を発揮してミッドウェー島攻略を企画しました。
 ミッドウェー島攻略後、これを救援に出撃してくる米空母を主体とする主力艦隊と洋上決戦を行い撃破するという、一大作戦でした。伊168潜は機動部隊の攻撃に先立ち、ミッドウェー島付近の敵情を偵察報告することが任務でした。
 海軍の戦果がひときわ目立った緒戦の勝利に沸き立ち、活気づく軍港呉を伊168が出撃したのが、5月23日。
 ミッドウェーの作戦海域までは2千2百海里、8日間の行程です。
 艦長の田辺は、海軍の次期作戦が公然と民間に流布していることに、何か不吉なものを感じながらの出港でした。
 しかも、伊168は電動機の故障でドック入りしていたために訓練不足で、乗員の3分の1は潜水学校を出たばかりの新人に入れ替わっており、練度は落ちていたのです。また、任務が地味な偵察とあっては士気も上がりません。
 戦闘行動には参加しないとはいえ、これではよもやの実戦に巻き込まれた場合、戦えない。
 田辺艦長は、ミッドウェーに到着するまでの8日間で、徹底的な訓練を実施し、これが功を奏すことになります。
 過酷な潜水艦乗りは、肉体的には航空機操縦士と同じ資質を求められますが、異なるところはチームワークの精神と強靭な忍耐が必要とされる点です。艦長含む68名の乗組員全員の気持ちがひとつになってこそ、海底の困難に打ち勝てるのです。
 偵察任務終了後、ミッドウェーの飛行場を砲撃し、フラワー級コルベット艦と思われる米哨戒艇との死闘を逃げ切った伊168は、第3潜水戦隊よりの極秘命令を受電します。思わず田辺が絶句したその内容は、ミッドウェー島北北東150海里地点で、大破漂流中の敵空母ヨークタウン級1隻を追躡撃沈すべし、というものでした。
 ヨークタウンは、火災は鎮火し、損傷修理を終えて独力航行を再開しようとしていました。
 今を逃す手はありません。機動部隊の弔い合戦。田辺艦長以下気持ちをひとつにした伊168の、沈められた味方空母の仇を討つ決死の攻撃行が始まるのでした。
 そこに待っていたものは、ヨークタウンを守る厳重な対潜警戒布陣を敷いた7隻の駆逐艦。
 気づかれることなく雷撃地点まで忍び寄り、なおかつ1回の攻撃で巨艦を仕留める田辺の秘策とは!?
 数時間に及ぶ執拗な爆雷攻撃から逃げ切って、68名の乗員は無事に内地の土を踏むことができるのでしょうか・・・


 
 

 

「破門」黒川博行

 大阪を舞台にしたスリルと笑い満点の悪漢小説、疫病神シリーズの第5作。
 タイトルはズバリ『破門』。
 私、学生のころに某都道府県の中央郵便局でアルバイトをしており、ヤクザの絶縁状を仕分けしたことがあります。
 もうあまり覚えておりませんが、何やらオドロオドロしいものであったような気がします。
 最近になって知ったのですが、「絶縁」と「破門」は違うらしいですな。
 「絶縁」は永久追放、「破門」も追放ですが、こちらは復縁の可能性が残されているらしいです。
 とはいっても、追放は追放なのですから、縁切りされている間は元に所属していた団体と何ら関係ありません。
 つまり、破門された人間が他の団体と揉めていた場合、破門されたことによって元の団体はケツを持ってくれません。
 殺されて海に沈められようと、誰も仇は取ってくれないということです。
 これが団体に所属している人間ならば、個人間の喧嘩は団体同士の抗争に発展する可能性もあるので、喧嘩もほどほどになり、金銭のやりとりによる手打ちもあって、怨恨による殺人は普通ならばありえません。
 もとより、代紋の威光でシノギをしている個人事情主形態のヤクザにとって、破門は命取りです。
 たとえば建設現場の前サバキをしているヤクザにとって、「☆☆組の者や」と同業者に対して看板を表に出せるからこそ、筋が立つのであって、どれだけ喧嘩が強かろうが一本独鈷のチンピラが同じヤクザに対して威勢を張れるわけがありません。
 特に今の国内は大きな勢力しかいませんから、同じ組の枝内で込み合うまでいかなくても揉めた場合、より大きな組のほうが当然力は強いということになります。それでも跳ね返りがいるでしょうし、イケイケもいるでしょうね、このシリーズの誰かさんのように・・・絶縁、破門の回状をまわされるものは後をたたないでしょう、ヤクザは厳しい生き方ですからねえ。
 
 さて、我らが桑原(くわばら)の兄貴がどうなったかというと・・・
 前作から約1年。39歳になった二宮は、すっかりオヤジくさい。もうあけすけに悠紀に色目を使っちょる。
 勤労意欲は薄弱、つきあっている女はなく、もうすぐ四十路の男としての貫目はまったくない。
 それもそのはず、平成23年に施行された大阪府暴力団排除条例のとばっちりをうけて、本業のサバキを中心とした建設コンサルタントだけではアメ村の事務所を維持できないのだ。条例が云うところの“密接業者”なのである(笑)
 一方、イケイケヤクザの桑原はというと、こちらも左前である。
 サバキはともかく、債権取立てと倒産整理がシノギの桑原にとって、条例によって伝家の宝刀の代紋を封じられたのだ。守口市内で内縁の妻にやらせていたカラオケボックスも、カラオケ人口の減少により、2店中1店は閉鎖した。
 小清水隆夫という昔ならした映画プロデューサーに騙されたのも、落ち目の影響があったかもしれない。
 二蝶会若頭の嶋田と、桑原は小清水の製作する映画に二人合わせて3千万を出資する契約を結び、半金を納めたところで、小清水が他の出資者から集めた金もろとも飛んだ。女と連れ立って失踪したのだ。
 映画は興行が当たれば、出資金は配当を伴って還ってくる。小清水の製作する映画は、半島を舞台にしたアクション映画だったため、桑原に半ば強制されて、二宮は3年前の北朝鮮行の経験(『国境』カテゴリー悪漢・犯罪サスペンス参照)を、シナリオライターに参考として語ったのだ。
 そして、巻き込まれた。若頭だけでなく自分の金までとられた桑原は徹底的に小清水を追う。
 そして小清水の自宅で、桑原と二宮はなぜか筋者とバッティングし、桑原がこれをボコボコにしてしまった。
 これがとんでもない地雷だったのである。
 桑原がボコったヤクザは、尼崎の亥誠組の傘下の滝沢組の者だった。亥誠組は神戸川坂会の直系で、組長は本家の若頭補佐をしており、組員は600人もいる。滝沢組の組長の滝沢は、亥誠組の副本部長で名うてのヤクザ金融(ヤクザ相手に金を貸して取り立てる)の元締めだった。
 桑原の二蝶会は、こちらも神戸川坂の直系とはいえ、二蝶会二代目組長の森山は金儲けと世渡りで成り上がったヒラの組長であり、組員は60人足らず。格も規模も違う。滝沢と喧嘩などできない。
 どえらい大きいのと揉めてしまったわけである。
 振りかかる火の粉を払う桑原だが、自身も刺され、手術される羽目に。
 しかし、それでもめげずに一攫千金の夢を追い、香港マカオまで小清水を追いかけるが・・・
 カネは還ってくるのか、そして同じ代紋の組内で込み合った桑原の処分の行方は!?

 この事件ですが、どういうことかというと、小清水は滝沢組に金を借りた形になっており、出資者と契約を結び半金をせしめた時点で飛びました。金を踏み倒された形になった滝沢組は、その債権補償として小清水と契約した出資者の残り半金を、契約書をたてに取り立てに来た、という図式です。
 うちは小清水に1億円以上の債権がある、おたくは小清水に出資金の残り半分1500万円払う契約になってるから、それをこっちによこせ、こういうわけですな。ちゃんちゃらおかしいですが。
 まあ、しかし、こういう結果(ラスト)になるとは思いませんでした。
 森山組長もやっと顔出したし、セツオも活躍したし、木下という桑原の跡を継ぎそうなイケイケの若い衆も登場したし、まあ、二宮の二蝶会事務所出入り禁止は致し方ないとしても、まさか、桑原がこういう処分を受けるとはね・・・
 これでこのシリーズ終わってしまうん!?
 桑原は標的(マト)になって大阪湾に沈んでしもうたん!?
 というようなことは、まさかないとは思いますが・・・


 
 
 
 
 
 

「桃ノ木坂互助会」川瀬七緒

 横浜埠頭まで5キロたらず、ここ十数年でのどかだった桃ノ木坂町は姿を変えた。
 雑木が繁る山は削られ、涼し気な竹やぶは埋め立てられ、趣があった日本家屋は道路を広げるために軒並み取り壊されていき、新しい団地がそこら中に建って、町はよそ者だらけである。
 熊谷光太郎は、70歳。古希を迎えたとはいえ、元海上自衛隊海曹長の背筋はまっすぐ伸びている。
 光太郎は、桃ノ木坂互助会の会長をしている。
 略して“桃互助”は、現在の会員は37名。入会資格は、60歳以上、町に20年以上住み、町に愛情を持っている者。
 80年の歴史を誇る桃互助の活動は、ボランティアの清掃活動から子供の登下校の見守り隊まで幅広い。
 しかし、桃互助には地域に尽くす老人会という表の顔だけではない一面があった。
 互助会内にも秘密にされた、特務隊という集団の活動がそれだ。
 特務隊のメンバーは、紅一点として、光太郎が新しく推薦した民生委員の保科菊美(70歳)を入れて10名。
 彼らは、新しく町に入ってきた、ならず者や犯罪予備軍を町から追放、排除するのが任務である。
 警察は事件が起きてからでなくては動いてくれない。人権だ居住権があるから、警察沙汰にでもならない限り、違法な人間は町中に放置され続ける。多くの場合、行政は無力である。
 あらゆる手段を使って、グレーな存在を町から追放する。厄介事を起こすのはいつもよそ者で、被害を被るのは古くからの町の人間だ。あの頃の、桃ノ木坂に戻したい。光太郎率いる桃互助特務隊は、町を奪還するのだ。

 川瀬七緒のデビュー作から数えて4作目が本作。
 例の昆虫法医学者のシリーズはもうやめたのかな?
 結局、乱歩賞を受賞したデビュー作が一番面白かったような気がします。
 次の5作目が勝負でしょうねえ。出るのなら、だけど。


 物語は桃互助の導入のあと、別視点からの展開を見せます。
 特務隊は結成7年、これまでに23人の犯罪予備軍を追放し、19人を改心させてきた実績があるのですが、ついに一筋縄ではいかない強敵が現れるのです。
 武藤遼というこの男、多重債務者でイケメン高学歴DVストーカーという、いかにも唯我独尊の反社会的人間なんですが、こいつが今までの特務隊の標的とは異なり、鋭い反撃を見せるのですね。
 ここで実は、別線から武藤をターゲットにしている、三矢沙月という復讐代行業の女性が出てきます。
 沙月は、武藤にDVされた元恋人から多額の報酬でもらって、武藤を社会的制裁、重度の精神的圧迫の末に葬ろうとします。
 しかし、特務隊と沙月という二方向からの攻撃にも、武藤は耐え抜こうとする、その頑張りにはちょっとした情報漏れというか、ミステリーな理由がありまして・・・

 光太郎と沙月というキャラクターの掘り下げはある程度できていると思うのですが、いかんせんターゲットである武藤が弱いね。こいつをもっと悪く書かなくちゃ、カタルシスがない。途中で可哀想になってくるくらい。
 ページ数があと100ページくらいあれば変わったかもしれませんが、点と点が線で繋がらない小説になっています。
 残念、惜しいですねえ。目の付け所はこの人らしく良かったと思うだけに、中途半端な、このバラバラ感はプロの書くものではありません。ページ数に対して、あらゆる要素を入れすぎたのかなあ。ラストも、ちょっとサイコ風にしたかったのでしょうが、まったくうまくいっていません。
 光太郎と沙月という性別も年齢もかけ離れたふたりの主人公の、家庭的に恵まれていないという共通点をピックアップして、町における人との繋がりを作品の根底に据えたかったのでしょうが、それならばもっとシンプルにやってよかったんじゃないでしょうか。
 沙月の、幽霊代行という精神的に追い込む方法もリアリティがありませんでしたので(バカバカしい)、彼女らを中心にしたシリーズモノの検討もやめていただきたいと思います。
 ひとつ褒めるところがあるとすれば、それは表紙のカバーデザイン。
 果物や野菜を使ったミニチュアがとてもかわいい。ブロッコリーの上にもふたり、発見しました(・∀・)



 
 
 
 
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