「ここまでわかったPM2.5本当の恐怖」井上浩義

 PM2.5とは何か?多くの人が「中国からやってくる何やら危ないもの」と思っていることでしょう。
 私も本書を読むまではそうでした。中国からの大気汚染だと思っていました。
 ところが実は、PM2.5とは中国からやってくるものがすべてではなく、私たちの身の回りに常に存在しているものなのです。
 それってどういうこと? PM2.5の正体とは何か? 人体への危険性はどうなのか?
 騒がれている割りにはまったく本当のところが知られていないこの謎の物質に、テレビでもおなじみの医学博士が今現在で可能なまでに迫った好著です。

 まず、PMとは、Particulate Matter。微粒子状の物質という意味です。
 そして2.5は、大きさが2.5マイクロメートル以下の微粒子ということを表しています。
 つまり、PM2.5とは、大きさが2.5マイクロメートル以下(髪の毛の太さの30分の1)で目に見えない大気中を漂う個体や液体の粒子状物質ということなのです。
 それは具体的には何なのか? これがけっこう意外なのですが、中国からやってきた黄砂もそうですし、火山灰、小さな花粉、カビ胞子、排気ガス、粉塵、タバコの煙、ばい煙、工場排気、塩など、人為発生したものと自然由来のものが混じっているのですよ。だから、中国からやってくるものだけじゃないどころか、そこらへんを普通に歩いてたら吸い込んじゃうものばっかりなんですよ。

 ではどうして、こいつらが騒がれるほど人体に悪いのか。ちっちゃいのに。
 いえいえ、ちっちゃいからこそめちゃくちゃ悪いのです。
 10マイクロメートル以上の粒子なら、体内に入ってきた異物を咳や痰などで体外に排出できますが、PM2.5は細かいがゆえに身体の奥深くまで入りこみ、細かいがゆえに人体の器官に多くの傷をつけ、ひそかに蓄積が進行してしまうのです。しかも一度体に取り込んでしまったものは取り除くことができません。
 肺がんと肺炎、慢性閉塞性肺疾患(COPD)を合わせた肺の疾患は現在、死亡率のトップです。
 タバコを吸う人が目に見えて減っているのに、肺疾患は増えています。だからその原因はPM2.5なのではないかと言われています。若年の頃よりPM2.5が肺内で蓄積され、老化に併せて疾病につながっているというのです。
 肺だけはありません。食道から胃に入り、腸へと送られたPM2.5は腸そのものの機能を傷つけたり、吸収されてそのまま血管に入り、血流をつまらせたりするのです。また、目に付着したPM2.5は、まばたきを繰り返すうちにヤスリで削るように角膜を傷つけてしまうのです。
 PM2.5が大きく取り上げられるようになったのは、中国にあるアメリカ大使館員がツイッターを使って北京市内のPM2.5濃度を発信してからですが、北京市内のPM2.5による大気汚染状況は、日本の環境基準のおよそ20倍という日もあります。2010年の中国の死亡原因の15パーセントはPM2.5に由来しているという研究報告もあるくらいです。

 じゃあ、どうやってこの静かな恐怖の曝露から身を守ることができるのか。
 読んでいるかぎり完璧に防ぐことはできませんが(たとえばPM2.5の侵入を完璧に防ぐマスクは呼吸が困難になります)繊維が重なっているものや、水に浸して絞ったものは有効だそうです。
 病院で使用されているHEPAフィルターという高性能フィルターを備えた空気清浄機も効果あり、だそうです。
 あと、言わずもがな、濃度がすごそうなところには近づかないことが重要です。

 で、ここまできてぶっちゃけるのですが、私が読んでみたところ、実はタバコが一番いけないんですよ。
 タバコの煙のPM2.5ですね。あれは意識していませんでしたが、煙もまた粒子なのです。
 タバコを1本吸うと、PM2.5外出注意勧告の基準を軽く超えてしまうのです。
 つまり、居酒屋で酒を飲んでいて隣の奴がタバコを吸うと、その副流煙で周りの人間は甚大に汚染されるということになります。本書を読むまでそれほど気にしていませんでしたが、実際のところは間接的な殺人でしたな。
 でも考えようによっては、タバコと同列に扱えるのならパニックになるほどの問題ではないとも云えます。
 もちろん、PM2.5の種類の中には、有害な窒素酸化物や硫黄酸化物が水分と結びついたものが個体のPM2.5に付着するという凶悪なものもあるのですが、もっとも身近なPM2.5による汚染現場はタバコの煙がある環境ということになります。つまり最近では煙たがれている行為(人前でタバコを吸うバカ)の危険性を、PM2.5という注目トピックを研究することによって、今まで以上に認識することができたというのが私の実感です。
 タールやニコチンよりも肺胞に蓄積されて消えることのない煙の中のPM2.5のほうがよほど極悪とはねえ、恐ろしい。

 あと黄砂のPM2.5はそれ自体アレルギーを起こすことはありませんが、微小粒子は花粉症のアレルギー症状を悪化させるそうです。
 砂漠の土壌の巻き上げや火山噴火は仕方ありませんし、人間の産業活動の発展もまた仕方ありません。
 ひょっとしたら、人間の死因というのは補助的にもこの極小の粒子に深く関与されてきたのかもしれないですね。
 それもまた寿命というやつでしょうか・・・

 最後に環境省大気汚染物質広域監視システム そらまめ君のご紹介。ここで日本各地の測定所におけるPM2.5などの汚染状況がご覧になれます。 そらまめ君


 
 

 
 
 
 
 
スポンサーサイト

「熱望」水生大海

 まったく初めての作家で、期待していなかった割りにはけっこう面白かったです。
 冒頭から読みやすかったですし、この物語にどういうオチがつくのか、先が気になってストレスなく読み進めることができました。作者の水生大海(みずきひろみ)は、青春小説(ミステリー)の書き手のようですね。
 ですが、本作は爽やかな小説とはいささか趣を異にします。
 さっきも書きましたが、途中まではどっちの方向に進むのか(主人公である清原春菜が天国にいくのか地獄に堕ちるのか)わからないので、これがどういうジャンルの小説であるのか予想がつかないまま読んでいました。
 ようやく判明したのは中盤を過ぎた116ページのことで、喫茶サウザンのマスター・小磯が意識不明の重体で病院にいるときの春菜の心の描写が、自分のことしか考えていない冷酷で酷薄なものだったので、「ああ、この小説は悪漢・犯罪サスペンスだったんだ」と確信した次第です。
 でも妙に春菜という人間は憎めないんですよねー。けっこうドジというかツイてないからでしょうか?
 読んだらわかる通り、本当に自己中心的な女性で、読み手に不快な印象を持たれて仕方ないキャラクターだと思うんですが、なぜかそういう感じにはならない。早く捕まれと思う一方で、逃げ切れとも思ってしまう。
 これはおそらく、普通の顔をしてうまく周囲に馴染んで、平凡な人間のふりをしながら軽やかに世渡りをしているように見える人間の中にも深い闇があるんだよ、ということであって、実は誰もが春菜になり得る可能性があるということだと思います。春菜は自分に近いのです。ほんのちょっとのズレなんですよね。でも本当の極悪人とは、誰からも気づかれずただ毎日の生活を送っているのです。他人から好かれながら、ね。
 ラストの意味もそういうことでしょう。春菜と倉地、どっちが悪者なのと聞かれても、倉地ほど不気味なのはいませんよ、おそらく。春菜は理解出来ますが、倉地レベルになるとモンスターであって人間の範疇ではありませんね。

 じゃあ、ということで少しあらすじ。
 清原春菜は31歳、少しぽっちゃり系。しかし彼女は気にしていません、自分のことをグラマーで色白、5歳は若く見えると自信を持っています。こういうヒト、いますよね。私の場合は、柳原可奈子の性格を悪くしてもっと体を絞ったような感じだと想像しながら読んでいました。
 で、春菜は結婚相談所のパーティーで出会った男に騙されて、百万円を貸したままトンズラされるのです。
 結婚詐欺というやつです。ようやく事情を悟った彼女が相談所に乗り込んでも埒が明かないばかりか、その詐欺男はもともと相談所に登録した会員でもなく、婚活パーティーの会場でカモを狙う詐欺師だったのです。
 悪いことは重なり、結婚する予定だというので派遣の会社も優先的にクビを切られていました。
 男は煙みたいに消え、貯金は騙し取られ、仕事までなくなった。春菜から、全部消えてしまいました。
 彼女の転機は怒鳴りこんだ結婚相談所で、若い社員と出会ってもののはずみで寝てしまったことです。
 このときに彼女は妊娠検査薬のテストの偽造をしました。これが彼女の人生を犯罪者のレールに乗せてしまいました。
 結果、別れることと引き換えに百万円もらった春菜は、味をしめてしまったのです。
 プチ整形した彼女は、自分がかつて騙されたように結婚詐欺に近いことを繰り返すようになります。
 カモは自分の条件の良さに目を曇らせている人間(どうして俺に女が寄ってこないと思っている男)、なぜ自分が相手にされないのかわからず空回りをしている人間で、そういう人間はもてる状態に飢えていますから、全身全霊で惚れているふりをすれば簡単に釣ることができました。甘い言葉にモテない男はすぐ舞い上がるのです。
 複数の男と付き合う場合は、バッグなりアクセサリーなりまったく同じ物を買わせました。売って金にしても同じものがあれば気づかれずに済みますから。
 しかし、思ったよりも世間は狭かったのですね。偽名で行動していた彼女は偶然に自分の生活圏内で男と出会ってしまいました。これはヤバイと思った彼女はマンションを捨て、喫茶店の住み込みバイトとして転がり込むのですが・・・そこでも男を騙したばかりか、彼女も関係した事故でマスターは死に、ひょんなことから以前に婚活パーティーで出会った女性に正体を見破られてしまうのです。
 ついに彼女は殺人を犯してしまうのですね。そこからは指名手配されながら、ゴースト化したニュータウンで老人介護をしたり、スナックで働いたり、自分の正体がバレそうになると逃げていました。
 が、倉地という、本当に好きになれそうな男と出会ってしまうのです・・・その行方は!?驚きのラスト。

 結局、人間には犯罪者になる転機というか、その臨界点というのがあるわけです。
 はじめからヒトを殺すことを目的としているサイコパスは特異な存在ですからね。
 ふつうの人間が、こちら側の人間があっち側に行くのは、渡っちゃいけない線を越えて行くのです。
 ところがこの線というのが、はっきり見えないどころか運不運に左右されるものでもあるのですよ。
 こんなはずじゃなかった、と思いながら人生を刑務所あるいは絞首台で振り返ることがないようにするにはどうすればいいか。
 それは“諦めの精神”です。仕方がない、しょうがない、どうでもいい、これが実は魔法の言葉なのです。
 春菜はどうして犯罪者になったのか、それは彼女の自分自身の人生に対する夢見心地的な執着にあったにほかなりません。私はこれでいい、と思うことができていたなら今頃彼女は岐阜の田舎で幸せになっているかもしれません。
 

 
 

「夏の災厄」篠田節子

 その病。極めて短時間で脳が溶解に至る過程。
 発症すると、幻のエーテル臭を感じ、吸血鬼のように光を怖がる。
 激しい頭痛と高熱にあえぎ、嘔吐、痙攣を繰り返しながら死に向かう。
 1993年の暑い4月、人口8万6千人の埼玉県昭川市(架空)を襲ったのは、すでに感染手引書からも削られようとしている古色蒼然たる伝染病、日本脳炎(Japanese encephalitis)の二十数年ぶりの復活だった。
 しかも、従来の日本脳炎ではなく、高い罹患率と圧倒的な死亡率をもたらす悪性にして新型のものだった。

 4月の半ば、市街地から20キロ外れた山林地区で発生した新型脳炎の死者は、8月には百名弱に達した。
 痴呆症や麻痺など、生き残って重篤な後遺症に苦しめられている者は、その数倍はいると見られた。
 従来の日本脳炎は、不顕性感染といって感染してもほとんどは何の症状も出ないまま終わる。
 昔のお母さんたちは炎天下で子供に帽子を被らせ、寝冷えしないように気を配った。体に抵抗力があれば発病しないのだ。
 かりに発病したにせよ、大抵の者はちょっとした頭痛と微熱、軽い下痢程度で終わる。
 脳炎症状が出るのは、感染者の0.1パーセント、死者は脳炎症状の出た者の35パーセント。
 感染経路も決まっている。ヒトが日本脳炎に感染するには大量のウイルスが必要だ。
 蚊に刺された豚がまず感染し、豚の体内で十分増えたウイルスを吸血した蚊が、ヒトを刺すことによって初めてヒトは感染する。感染したヒトから蚊が吸血しても、ヒトの場合、血液中のウイルス数は豚ほどには増えないので、感染蚊は作られない。つまり、ヒトからヒトには感染しないのである。
 しかし、昭川市で今回発生した日本脳炎は、これらの常識を覆すものだった。
 病原性(感染することによって発症させる能力)は異常な高さを示し、潜伏期は短く、症状は重く、致命率は高く、助かったにしても重篤な後遺症を残すばかりか、豚を介さずにヒトからヒトへの蚊の吸血による感染が確認されたのである。しかも、日本脳炎のウイルスは気温の下がる冬季を越えることができないはずだった。しかし、この新型のウイルスはなんらかの方法で日本の厳しい冬を乗り越え、春先から昭川市の住民に猛然と襲いかかったのである。
 
 うーん。1995年の小説ということで世紀末の雰囲気を感じさせながらも、篠田節子らしい?社会的な問題提起を底流とした、上質のパニックサスペンスとなっています。今でも十分に読み応えがありました。いや、百年後でも通用する作品ではないでしょうかね。瀬名秀明のあとがきはちょっと、冗長でうっとうしかったですけど。
 スリリングな展開が続くいわゆるスリラーではありません、静かに現実的に恐怖が進行します。
 作者の意図だったそうですが、明確な主人公はいません。新種の奇病に立ち向かうヒーローは登場しません。
 昭川市の保健センター職員の小西誠(20代後半)、夜間救急診療所の看護師・堂元房代(50過ぎ)、地元の医師会からつまはじきにされている市民活動派の医師・鵜川日出臣(45)の3人がしいて言えばこの新型脳炎を何とかしようと頑張るのですが、それぞれに力は足りませんし、頼りないところも多々ありました。正義の味方という感じではありませんね。でも、診療所の事務をしているちゃらんぽらんな青柳であるとか、保健センター係長の永井もそうですが、いたって普通の人たちが思いがけず巻き込まれたパニックで右往左往しながらも、その恐怖の最前線で踏ん張る様子というのは、ものすごくリアリティがあるんですよね。カリスマなんて出てこないんですから。すぐに我々の住んでいる社会に当てはまるような感じで。
 地図とか眺めて考えてみると、昭川市というのはおそらく埼玉県東松山あたりをモデルにしていると思われますが、この新型脳炎の対策がままならず市民が絶望しだした頃に、詐欺師が高額の似非薬を訪問販売したり、新興宗教が流行ったり、古くからの住民とニュータウンの新住民が対立したりと、様々な問題が起こるのですが、日本のほとんどの街だとこうなると思いますね。逃げるという選択肢を排除すればですけど。で、感染が東京に近づくとやおら厚生省など上級官庁が本気出すと。ほんとしっかり現実的に書かれてましたけど行政は融通が利かないですね。
 霞ヶ関は、一般市民や市役所の職員などはバカばかりと思ってるって、もろ真実ですよきっと(笑)


 
 
 
 
 
 

「ぼくがいま、死について思うこと」椎名誠

 椎名誠、久しぶりだぁ。
 一時期はバイブルが如く読み漁っていましたが、とんとご無沙汰していました。
 世界の辺境への冒険行、私小説的な青春の回想記、そして怪しげな仲間たちとのワイワイ賑やかな酒盛り放談など、私がこの方から受けた影響は半端ではありません。海外をほっつき歩き、安酒を大量飲酒してきたのも、どこかでこの方の放埒な生き方に憧れていたからだと思われます。
 その椎名誠も69歳かぁ。友人でカヌーイストの野田知佑は77歳だそうです。月日の経つのは矢の如しですね。
 そして久しぶりに読むことになった本書は、飾りっけのない白地のカバーに黒字で「死について思うこと」。
 焚き火を囲んでどんちゃん騒ぎのイメージとは180度異なる、いつにない真剣で厳かなものでした。

 体型は高校生の頃からほとんど変わらず、体脂肪の値がシングルである著者は、自分の死について真剣に考えたことはなかったと言います。それが孫も出来、母や友人の死が相次ぐことによって自分の「死に方」を考えるようになりました。いや、本書を書くことによっていずれは訪れる「死」への感情を整理した、という感じでしょうか。
 人間、いつか死ぬことだけは間違いありません。
 2010年の統計では、日本全国で1日におよそ3300人の方が亡くなっています。
 誰の身にも平等に訪れる、死。それは明日かもしれないし50年先かもしれません。死という消滅は一体何なのでしょうか。
 
 著者はさすがに世界の隅々まで目を通した方だけあって、死に対するその感覚は普通の日本人を超えています。
 というのは、海外で様々な危険な目に遭い、それぞれの宗教の理念にもとづいた習俗であるところの葬儀を目にしているからです。
 葬式の形態は色々あります。時代によっても違うでしょう、日本でも江戸時代には谷や森に簡単に死体が捨てられていたそうですから。人類の歴史上でも死者が弔われるようになったのは、つい数千年前のことらしいです。
 遺体の処理についても日本は火葬ですが、アメリカは基本的に土葬です。これは宗教に根付いているもので復活の日に肉体がなければ最後の審判が受けられませんからね。チベットは鳥葬ですな。モンゴルでは風葬というのがあります。インドは河にそのまま流したりもしますし、フランスのように葬祭に関わる費用を一定に統一し、葬儀を圧倒的な廉価で済ませることができるように社会的にそれ自体をケアしている国もあります。
 このように、椎名さんは「死」と「葬祭」を関連付けて書いていますが、自分自身が特定の宗教を信じていることはなさそうです。これが以外なんですよね、私は圧倒的な無宗教信者で死後の世界もあるはずないだろバカかと思っている人間ですから、すべての臓器提供に意思表示し自分の葬式などもってのほかと考えていますが、椎名誠はどうやら死後の世界を信じているようです。じゃあちゃんと坊さんかなんかに拝んでもらいなよ、と思うんですが、どうも商業主義的な色彩が濃い日本の葬祭が嫌いであるようです。これは甚だしく同感ですね。
 
 死後の世界を信じる、というのは自身が経験した不思議な出来事も関係しているようです。
 ここにも詳しく書かれていますが(本書が一番詳述されている)、椎名誠がロシアで出会ったホテルのポルターガイスト現象は有名な話です。私も何回も読んだことがあります。隣の部屋から壁を鉄の棒で叩いているようなすさまじい金属音や机をぶん投げるような喧騒が一晩中続いた、と。なぜこの気の短い人が怒鳴り込まなかったのかというと、ツアーガイドでもあったKGBからロシアはアル中が多いので絡まれたら危ないと注意されていたのです。まんじりともせず一夜を明かして部屋番号を見に行くと隣には部屋なんてなく階段の上の空間でした。
 他にも、スコットランドのアイラ島での謎の廃城の話が体験談として書かれていましたが、ゾッとしたのでここには書きません。
 つまるところ著者曰く、生まれてきたときのエネルギーが死んだことによって消えるはずがないと云うんですね。
 私は命自体にエネルギーはなく、脳内の電気信号が心の正体であってその粒子的なエネルギーは生命活動が停止すると大気中に拡散して雲散霧消すると考えていますが、椎名誠のように死んで次の世界にいけるかもと思うと興奮する、という考え方とどちらが魅力的かと云われれば、それは明らかではあります。
 死ぬことは怖くない、新しい始まりであると思えれば、それほど幸せなことはありません。

 一方で、この国の「自死」についても熱く語っておられました。
 年間3万人以上の自殺者を生み出すこの国は、けっして豊かでも平和でも安全でも「しあわせ」な国でもなくて、冷酷で非情な国であると断言しています。
 確かに自死者の問題もありますが、放射能が海に垂れ流されていたり頻発する大災害への恐怖があったりと、日本という国は絶対的に安全でしあわせな国であるとは夢にも思えません。
 もちろん現状のエジプトやソマリア含む中東世界や北朝鮮などと比べると天国ですが、それはしかし相対的なものでありますね。

 生きていくということはとてつもなく大変なことです。でもいつか死にます。
 死ぬ準備など必要とは思いませんが、微妙なバランスの上に自分の「生」が成り立っていることを、人間はもう少し考えてみなければいけないと思います。いつか死ぬのに核爆弾も毒ガスも要らないでしょ。
 こと死ぬことに対しては、ホモ・サピエンスは他の動物に劣っているとも思いますね。


 

 

「ボックス!」百田尚樹

 *・゜゚・*:.。..。.:*・゜(n‘∀‘)η゚・*:.。..。.:*・゜゚・* !!!!! きましたあ!めっちゃ面白かったヽ(^o^)丿
 今年読んだ中で一番の小説だったと思います。でもまさか、これほどまでとは・・・
 というのも、評判のすさまじい「永遠の0」があまりにも浅田次郎の壬生義士伝の真似をしすぎていたので、私はそれほど面白いとは感じられず、自然百田尚樹の著作からは背を向けていたのです。
 本作が文庫化されたのはこの春ですが、作品自体は3年前のものなので、もっと早く目を通しておけば良かったですねえ。高校のボクシング部を舞台とした青春スポーツ小説なのですが、ボクシングという知っているようで実は知らない競技についての考察は相当深いです。アクションシーンもバッチリで、ハッキリ言って角田光代の「空の拳」とは比べものになりません。さらに物語性においてもボクシング部の選手を取り巻く人間模様は素晴らしく、鏑矢義平や木樽優紀といったキャラクターも立っており、最後には勝つのだろう的な普遍的なストーリー性を打ち破る筋立て、思わず布団のなかで涙してしまう名場面や爆笑してしまう珍場面の的確な挿入、そしてふっと空を見上げてしまいたくなる爽やかな余韻を残すラストといい、ほぼ百点満点に近い内容でした。「永遠の0」と同じ作者とは考えられない出来でした。

 高津耀子は24歳、私立恵比寿高校の英語の教師である。
 彼女が「風」を見たのは、電車の中だった。彼女に絡んできた不良少年たちを、ひとりの少年があっという間にぶちのめしたのである。その動きはさながら一陣の風が舞ったようだった。
 そしてなんとその少年は、耀子と同じ恵比寿高校のボクシング部に所属している生徒だったのだ。
 彼の名は鏑矢義平。フェザー級(54~7㎏)の選手で、桁外れの実力と破天荒な明るい性格を持っていた。
 それからまもなくボクシング部の顧問になった耀子は、当初は野蛮であると思ったボクシングというスポーツに深く魅せられていく。
 さらに鏑矢の幼なじみで成績特待生である木樽優紀が、母親の強い制止にもかかわらずボクシング部に入部した。
 彼は中学生の頃はいじめられっ子で、ボクシングからはもっとも縁の遠い生徒だと思われていた。
 しかし元大学選手権覇者でもある沢木監督の指導のもと、左ジャブ、右ストレート、左フックと愚直なまでにトレーニングを繰り返し、ボクシングの選手として急速に成長していく。
 大阪府下の高校ボクシング部は12校。野球やサッカーに比べると圧倒的にマイナーな競技である。
 しかしインターハイ、国体、選抜大会と1年には3回の大きな大会があり、各校がしのぎを削っていた。
 中でも玉造高校の2年生稲村は、ライト級で1年時に3冠を達成したモンスター級の選手であり、鏑矢と木樽の前に立ちはだかった。
 ボクシングはフィジカル面だけでは勝てない。闘争心と耐久力が絶対に不可欠である。
 そしてそれは持って生まれた才能だけでは乗り切ることの出来ない、苛酷な世界なのだ。
 内蔵を引きずり出され、脳漿が飛び散っても闘い続けるという軍鶏は、闘争本能が生存本能に勝っているのだ。
 四角いリングには、血と汗と涙の青春、そしてボクシングそのものに取り憑かれるという恐怖が眠っていた――
 
 「鏑矢君がボクシング部をあっさり辞めたのは才能があるからよ」
 「えっ――」
 「人は苦労して一所懸命に努力して手に入れたものは、決して簡単に手放さない。でも、あの子はボクシングの強さを簡単に手に入れすぎたのよ。たいした苦労も、努力もせんと、ね。だからあっさり捨てられたのよ」
 高津先生はそう言った後で、少し悲しそうな顔をした。そして小さく呟いた。
 「才能というのは両刃の剣やね


 確かに才能というのは両刃の剣かもねえ。
 実際にはほとんどの人が自分の中にすごい鉱脈が眠っているのに気付かないまま一生を終えます。
 自分が何に向いていたのかなんて結局は死んでもわからないのですよ。
 そしてはたして才能に気付くことが自分にとっての幸福になるのかどうか、それもまた別問題なのです。
 ボクシングというか格闘技なんていうものを、どうして人間はするのでしょうか。
 ボクシングは世界で最も古いスポーツだと云われています。ですが、現代はもう男が腕力で戦う時代ではありません。金と地位、そして権力を持つ男たちが現代社会の闘争の勝利者なのです。確かにボクシングのチャンピオンにでもなればそれも伴うでしょうが、ほとんどの選手はそうはいきません。1回も勝ったことない選手だって大勢いるのですから。
 護身術で満足というレベルを超えてしまえば、人間が格闘の技術を学ぶことは自分の限界を知るということなのかもしれません。私もしばらくずっとやっていましたが、たとえば本作でも書かれていた通り、殴られて脳震盪で倒れるときって確かに“小さな死”なんですよね(笑)。死の予行演習みたいな感じですね。すっと気が遠くなるという。そういうことを経験したり、相手のパワーやテクニックに恐怖を感じたり、逆に殺してやろうと思うほどの憎悪を経験したり、日常生活では気付くことのない自分の内面を知ることができます。同時にそれは自分の限界でもあるはずです。
 また肉体的なことでも、たとえば肝臓(レバー)や腎臓(キドニー)に打撃が決まれば神経叢が集中しているために一気にスタミナがなくなります。よくボクシングでボディが効いてスタミナがどうのこうの言ってるのは、これのことです。スタミナが切れればあっという間に戦意も一気になくなります。だから走り込みとか基本は実に重要なんですね。だけども運動能力に溺れる選手は地味な走り込みとかが大の苦手に出来ていて、結局はウサギが亀に負けることになってしまう。苦しいことをいつまでも続けることが出来るということ、これが実は才能ということなのでしょう。私にはありませんでした。

 それにしてもいい物語でした。
 今思えば、鏑矢は赤井英和と桜木花道を足して2で割ったようなキャラでした。
  そしてこの作品の主人公は丸山智子だったに違いありません。


 
NEXT≫
カレンダー
07 | 2013/08 | 09
- - - - 1 2 3
4 5 6 7 8 9 10
11 12 13 14 15 16 17
18 19 20 21 22 23 24
25 26 27 28 29 30 31
最新記事
カテゴリ
ミステリー (94)
ミステリー短編集 (17)
歴史ロマン・ミステリー (17)
冒険ロマン・ミステリー (15)
サイコホラー・ミステリー (15)
学園ホラー・ミステリー (14)
民俗ホラー・ミステリー (10)
政経・金融ミステリー (18)
ファンタジックミステリー (22)
近代・昭和ミステリー (14)
オカルティックミステリー (7)
青春・恋愛ミステリー (21)
医療小説・ミステリー (22)
伝奇小説・ミステリー (15)
時代人情小説・ミステリー (18)
時代冒険小説・ミステリー (19)
社会小説・ミステリー (16)
スポーツ小説・ミステリー (11)
アーティスティックミステリー (12)
海外ミステリー (28)
海外冒険小説・スリラー (17)
SF・FT・ホラー (28)
SF・FT・ホラー短編集 (14)
海外SF・FT・ホラー (18)
クライシス・パニックサスペンス (12)
警察・諜報サスペンス (32)
悪漢・犯罪サスペンス (30)
中間小説 (24)
青春・恋愛小説 (33)
家族小説・ヒューマンドラマ (31)
背徳小説・情痴文学 (14)
戦記小説・戦争文学 (19)
政経・金融小説 (14)
歴史・伝記小説 (24)
芥川賞受賞作 (19)
直木賞受賞作 (20)
文学文芸・私小説 (24)
海外小説・文学 (13)
文学アンソロジー (55)
歴史・伝記 (31)
戦史・戦記 (31)
海軍戦史・戦記 (154)
物理・宇宙 (26)
生命・生物 (38)
アンダーグラウンド (47)
事件・事故 (40)
世界情勢・国際関係 (25)
スポーツ・武術 (24)
探検・旅行記 (26)
随筆・エッセイ (30)
月別アーカイブ
プロフィール

焼酎太郎

Author:焼酎太郎
FC2ブログへようこそ!

検索フォーム
最新トラックバック
リンク
QRコード
QR
RSSリンクの表示