「深海の使者」吉村昭

ブンカー(潜水艦格納壕)の屋上には、多数の市民が手をふっている。
そして、伊号第8潜水艦がブンカー入り口に近づくと、ドイツ海軍儀仗隊が、日本国歌についでドイツ国歌を演奏した。甲板上に整列する乗組員たちの眼には、光るものが湧いた。かれらは、苦痛にみちた航海を終え、ヨーロッパ大陸の地に到達した喜びに胸を熱くしていた。
西部管区海軍長官クランケ大将と幕僚たちが、内野艦長に導かれて、整列した乗組員を閲兵したあと、内野艦長と乗組員たちは、数名の者を艦にのこして歓迎会に出席した。クランケ海軍大将が祝辞を述べ、内野艦長が答辞を述べて祝宴に入った。伊号第8潜水艦の乗組員たちは、頭髪も伸びたままで顔色も青ざめている。かれらは、長い間洗髪もしないので、頭の激しいかゆみに堪えられず、時々、頭に爪を突き立てていた。


面白い。まとめようがないくらい、中身が濃いです。
ノンフィクション文学の先駆者である吉村昭の戦記物では代表作とも云っていい本作「深海の使者」は、タイトルから想像できるとおり、主人公は太平洋戦争時、あまたの苦難を克服して18000海里離れた同盟国ドイツを目指した日本海軍の潜水艦です。結果から言えば、日本からドイツへの往復が成功したのは、挑戦した全5隻中1隻でしかありませんでしたが、あとの4隻も非常に素晴らしい活躍をしました。それぞれの航跡が丁寧に記されています。
全体の戦局からいえば、たかが潜水艦の往復であり、それは些末なことだったかもしれません。しかし、本書を読めば、その冒険がいかに困難で、たとえば大西洋に入ればイギリス空海軍の対潜哨戒密度は鬼のように激しく、五里霧中、四面楚歌の中をほぼ地球の裏側までたどり着くことは奇跡だったということが理解できるでしょう。ひょっとしたら有史以来日本人が成し遂げた最高の冒険だったかもしれませんよ。

では、なぜ潜水艦がドイツまで行かねばならなかったのか?日独伊、ことに日本とドイツ、イタリアの連絡は、連合国の首脳が頻繁に交流しているのに比べ、途絶状態でした。ほぼ電文のみですね。航空機による連絡路開発は至難(昭和17年7月長距離飛行に実績のあるイタリア機SM-75が日本に飛来したが、ソ連領を通過したため日ソ中立条約の堅持に躍起となっていた日本軍部首脳の逆鱗にふれた)であり、わずかに希望がもてるルートは海面下でした。日本が特に遅れていたのは電波探信儀(レーダー)の技術であり、当時この分野で長足の進歩をしめしていたドイツにその提供を受けるには潜水艦をもってするよりありませんでした。もちろん、それだけではありません。潜水艦便によってドイツから技術提供を受けたのは、エニグマ暗号機、20ミリ4連装機銃、魚雷艇用のダイムラーベンツ3千馬力内火発動機、ターボジェット機の設計図、Uボート本体(後述)などがあり、物質だけではなくドイツの技術者を召還もしました。もちろん日本ももらってばかりではありません、ゴム、錫、タングステンなどドイツに枯渇していた南方物質を土産として満載し、航空母艦設計図や、日本の誇る高性能酸素魚雷、そして人的技術交流においては海軍随一の開発者友永英夫技術中佐の発明した潜水艦の自動懸吊装置(海中で停止したまま深度が保てる画期的な装置)は、ドイツ海軍技術界をも驚喜させ、すぐさまUボートにも装着されました。また、伊8は大西洋上でUボートと会合した際、ドイツ国内で不足していたコーヒーの一斗缶を進呈したところ、非常に喜ばれ、艦長からの感謝状を受けたそうです。その一方、イギリスの哨戒が厳しさを増す大西洋上でドイツのUボートから最新式の電波探知機を受け取った伊8の内野艦長は、その性能に驚き、それまで積んでいた日本製の電波探知機をドイツ関係者に見られると日本海軍の恥辱になるため、それを解体し人目にふれない場所に隠したそうです。また、米空母ワスプを撃沈した名潜水艦長木梨鷹一中佐が指揮していた第4便の伊29は、同じように大西洋上でUボートと会合した際、連絡用のゴムボートがドイツのものは自動ポンプで膨らみエンジンまで付いているのを見て、こちらも用意しようとしていた手動式の粗末なボートを慌てて下げさせたそうです。やはり、基本的にはドイツの技術は日本を凌駕していたと思いますね。
ドイツのUボートが1千トン未満であるのに比べ、日本の潜水艦が2千トンクラスもあるのにはドイツの関係者も驚いたそうです。また、船体の色も違いました。これは日本の潜水艦がUボートのように通商破壊専用ではなく洋上艦隊に随行したためであり、船体の色は太平洋と大西洋の潮の色の違いでした。第1便の伊30はドイツを出発する際、船体を灰色に塗り替えられました。
第1便の伊30は4ヶ月を要して昭和17年8月にドイツに到着しましたが、帰途についた同艦は日本内地への到着目前にシンガポール港内で触雷し沈没しました。沈船引き揚げは海軍屈指であった玉崎坦造船中佐の指揮のもと同艦の揚収作業が行われ、艦長室にあったドイツより贈られた百万円相当の工業用ダイヤモンドは引き揚げられましたが、肝心な最新式レーダー機器は破壊されていました。第2便となった伊8は、潜水学校教官の前歴もある古参の内野信二艦長のもと、改造作業が行われました。これはドイツがインド洋で通商破壊を行ってもらいたいためUボートを2隻日本に贈ることになり、その回航員約60名分の居住スペースが必要となったためです。2隻のうち1隻はドイツ海軍によって、もう1隻は日本海軍が現地で実習し自らの手で日本まで回航することになったのです。ちなみにドイツ乗員の操艦によるU511は昭和18年8月日本に到着し、「呂号第500潜水艦」と命名されました。このときの勇敢なるドイツ乗員はインド洋方面のドイツ潜水艦部隊の補充要員にあてられましたが、米軍の沖縄上陸が開始されたころ、ジャワ海で全員戦死しました。
伊8は、昭和18年6月1日呉を出発し、世界屈指の荒天海域であるローリングフォーティーズを突破、限界であった18時間以上の潜航でイギリスの厳重なる哨戒線をくぐりぬけ、8月31日旧フランスのブレスト海軍港に到着しました。10月5日に日本へ向け再出発し、老練な内野艦長はイギリス海軍の逆をついて遅速で進んで裏をかき、12月21日、204日ぶりに呉に帰港したのです。
第3便の伊34は、伊8が帰途上にあった昭和18年11月11日、ペナン沖でイギリス潜水艦に撃沈されました。木梨中佐率いる第4便伊29は、昭和19年3月11日ロリアン港に到着、メッサーシュミットなどのジェット戦闘機の設計図を積み込み帰途につき、7月14日シンガポール着、しかし内地目前にして7月25日アメリカ潜水艦の雷撃を受け撃沈しました。同艦の生存者は恩田耕輔兵曹ただひとりでした。最後となった第5便の伊52は、ドイツの降伏が迫り風雲急を告げる大西洋を劇的に北上を続けましたが、Uボートとの会合海域に姿を現すことなく、大西洋においてイギリスの猛烈な対潜攻撃によって撃沈されたことが確実視されています。

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「ソロモンの偽証 第Ⅲ部 法廷」宮部みゆき

8月15日、学校内裁判、開廷。
昨年の12月24日の深夜、屋上から転落して死亡した柏木卓也の死の真相とは!?
彼の死は自殺であったのか、それとも“告発状”で密告されたとおり大出俊次の犯行であったのか。
学校という社会体制に事実を隠蔽され、メディアに翻弄された城東第三中の生徒たちは、自分たちの手で事件の真相をつかむべく起ち上がりました。
もがき、苦しみ、暴れ、あるときは大人を出し抜き、信じ、泣き、そして悟る……
8月20日午後6時11分に閉廷するまでの6日間の緊迫の学園法廷ドラマは、読者である私たちの胸に何を残したのか。2010年のエピローグとともに、不思議にも静かにソロモンの偽証3部作がここに完結しました。
そう。あの夏は遠い――

裁判初日 証人
①楠山教諭 柏木卓也遺体発見時の状況 ②野田健一 同じく柏木卓也遺体発見時の状況
③津崎元校長 遺体発見時および事件の事後処理、校内危機管理、卓也の不登校問題について
④土橋雪子(3年生) 事件前日12月23日に学校で卓也を見かけ会話したと証言
⑤柏木則之(卓也の父) 厭世観をもった小さな仙人であったと卓也のことを想起する。
⑥茂木悦男(ニュース番組記者) 告発状是認、大出俊次ら不良グループの犯行の可能性を強調
⑦柏木宏之(卓也の兄) 24日の5回の電話は卓也が自宅にかけていたのかも、と推定。弟との関係は複雑

2日目 証人
①佐々木礼子(城東署少年課刑事) 補導したり直に不良グループと接した経験上、大出俊次の無罪を主張
②井口充 卓也の葬儀のあと、大出俊次が「俺がやった」と喋ったと証言
③美術・丹野教諭 卓也は「絞首台の上のカササギ」という絵が好きだった。生きることに疑問を持っていた。
④小玉由利(HBS勤務) 茂木悦男は独断で番組を制作し、現場からはどん引きされていたと告白
⑤尾崎養護教諭 A証人は非公開の法廷において出廷できると主張

3日目(非公開) 証人
①三宅樹理 浅井松子との共同作業による告発状の内容を詳しく証言。大出俊次グループの犯行を改めて主張
②橋田祐太郎 大出俊次と距離を置くきっかけとなった件を説明。12月初頭、卓也と会う。俊次の無罪を主張
③垣内美奈絵 森内事件で警察出頭前に学校に現れる。告発状を盗んだこと、一連の行動を深く反省。

4日目 証人
①増井望 2月の大出グループによる強盗傷害事件の被害を初めて公開。
②今野努(弁護士) 大出宅放火犯の証言を代弁。24日深夜の大出俊次のアリバイ確定

最終日(前日休廷) 証人
①滝沢卓 以前卓也が通っていた塾の指導者。閉塾は、社会に倦んでいた卓也に心理的な悪影響を与えた
②小林修造 公衆電話前の電器店主人。7時半の電話は神原和彦がかけていたと明言
③神原和彦 24日の5回の柏木宅への電話は自分だった、およびその意図も告白。24日深夜、学校の屋上で卓也と2人きりになったことも告白。卓也が和彦を貶めようとすることに堪えられず、フェンスを乗り越えた卓也を「勝手にしろ」とほっといて逃げた。翌日のニュースで彼の死を知る。
④三宅樹理 和彦の証言は嘘であると主張。しかし、これは自分を救ってくれた彼の温情に報いるため。

午後6時 評決 被告人 大出俊次は無罪、しかし――

この結末はどうだったのでしょうか。
柏木卓也という人間のことを、この第3部になってやっと理解できる材料を与えられたような気がします。
彼は、学校を社会の必要悪であると認識しながらそれにまつわる人間たちを馬鹿にしていました。高みにいたのです。自分が生きていることが無意味に思えてしかたなかった。学校と相容れない、友達もできない、ちょっと動けば誰かと衝突し、孤独に追いやられる。彼は苦しんでいました。そして、唯一の理解者であると思っていた神原和彦にまで見捨てられた。卓也が和彦を見下していたからです。彼はたった一羽の真っ黒なカササギでした。
フェンスを乗り越えた卓也を捨てて逃げ去った和彦の行為に対して、ずっと弁護人である和彦の助手を務めてきた野田健一は、和彦への尋問の中で「正当防衛」であると語りました。事件当日、卓也は自殺ではなく和彦を殺していた可能性がある、と。本作での一番の衝撃はここだったかもしれません。その可能性、どうでしょうか?
橋田祐太郎の証言によると、卓也は誰か自分と近しい人間に死んでもらいたかったということがわかります。
柏木宏之は、その対象は兄であった自分に違いないと思っていましたが、私は違うとおもいましたよ。
宏之は裁判でも暴かれたとおり、事件前は弟に無関心でした。私は、卓也も大宮に引っ越した兄に対して無関心であったと思います。彼が執着していた、かまってほしかった人間は、ただひとり神原和彦だけだったんじゃないですか?だとすると、卓也が死んでほしかった人間とは、彼かもしれないと思いました。ちょっと怖いですけどね。
だから、最後に法廷で野田健一が述べたことは“本当の”真相に一番近かったんじゃないですかね。もちろん、橋田祐太郎が聞いたとおり、卓也に人を殺す度胸はなくて、事件当日に和彦が屋上から逃げなくても自分だけ死んでいたかもしれませんが……エピローグで20年後に城東第三中を訪れた人物は野田健一先生でしたからね。
彼が一番よく頑張ったと思います。一番可哀そうだったのは、浅井松子でした。あれはどうしても救われない。
ただ、宮部みゆきは陪審員の蒲田教子と溝口弥生の会話のなかで、ちょっぴり友達としても松子の非を問うていますがね。三宅樹理、彼女に対しては終始中途半端だったいう印象ですね。彼女の結末があれでよかったとも、あれではだめだとも思いません。少し残念だったのは古野章子。たぶん卓也が淡い恋心を抱いていた彼女が物語の核心に絡めば、より楽しめた気がします。
そして、柏木卓也。自分の死によってこの膨大なページ数を誇る大作を引っ張ってきた人物。
ものすごく気持ちはわかる。そんくらいの年で、いや今でさえ、私も悩んでいます。生きる意味というものを。
誰でもそうだと思います。ただ、みんなと卓也の違いは死ななかったことです。
生きる意味があろうと、なかろうと経つ時間は一緒ですから。人間の一生なんてわざわざ自殺するほど大したもんではないのです。彼はあの世から自分の裁判を見てどう思ったでしょうか。ふっと皮肉そうに鼻で笑ったでしょうか、いや、私は泣いたと思うな。これだけの人間と自分が繋がっていたということに気付いて。









「共喰い」田中慎弥

ずっと、読もうか、読まないでおこうかと迷っていた本ですが、読むことに決めました。
人間が人生で読む本の総量は限られています。私で年間約200冊くらいですから大したことありません。
読みたい本のリストは増えるだけで、一向に減りません。これが映画なら片っ端から片付けていけるのですがね。
もちろんその分だけ本というものは一冊に莫大な情報量が詰まっています。何時間もかけなければ読みきれません。
ですからできるだけ当たり外れがないように、秀作だけを選んで読みたいのですが、こればっかりは相性もあって他人が面白いからといって自分も面白いとは限らないのです。読まず嫌い、というのもありますしね。
第146回芥川賞受賞作(平成23年度下半期)である本作は、受賞時のごたごたもあって、私には色モノの印象しかなく、また漏れ聞こえるところでは暴力的な性が題材であるというようなことだったので、それも生臭く感じて敬遠していました。読んでみようと思ったのは、偶然手にとってしまったから、としかいいようがありません。
しかしながら、いざ読んでみると、案外に読みやすく、特に表題作のカップリングである「第三紀層の魚」は渋い味わいのあるいい作品だったと感じています。また、受賞時のごたごたで、ひきこもりのおっさんが突然デビューしたとずっと思っていたんですが、デビューは2005年のことであり、受賞歴も多く、実は経験を積んだ作家だったのだということがわかりました。とっつきにくいとか読まず嫌いとか、ほんと勝手な印象だったのだなあ、と思いました。
ま、かといって手ばなしで褒めることができるほど面白い小説ではありません。暗いですしね。表題作は変態ですし。

「共喰い」
舞台は昭和63年7月、特徴的な方言からたぶん山口県のどこかの川辺で、この地域はまだ汚水を下水道ではなく川に流していた。篠垣道馬は17歳。よくわからない商売をしている父の円(まどか)とその情婦である琴子と一緒に住んでいる。産みの母親である仁子は川向こうで魚屋を営んでいる。それぞれの年齢は、おそらく円が40代後半、琴子は35、仁子は50代後半である。道馬(とおま)は知っている。父の性交のときの癖を。父は性行為の途中で、相手の女を激しく殴るのである。
これが原因で母親の仁子は出て行った。しかし、家が近いことや父がドブ川の鰻を好むこともあって、道馬はたびたび仁子の魚屋へ通う。また、彼は父の情婦である琴子とも格別仲の悪いことはない。
あるとき、道馬は恋人である会田千種の首を性交の最中に絞めてしまう。彼にもまた父のような凶悪な性癖が遺伝していたのだ。仁子は「道馬が、父と同じ目をしている」と云う。
性行為のときの癖は色々あると思いますが、他人のそれほど聞いて気色の悪いものはありません。
特にどSね、縛ったり殴ったりとかは、わからない者にとって永遠にわかりません。だから、まぁ、この物語りも気色悪い。しかし、本作を読んで印象に残るのは女を殴って情交する道馬父子よりも、汚水の流れ込む臭いドブ川で手作りの仕掛けで鰻を釣って喰う、円のその姿です。ドブ川の鰻の白焼き。子が釣って母がさばいたそれを父がひとりで喰う。だからバケモノになる。それを2人で始末した、そういうことなんでしょうね。ドブ川の情景の描き方は巧いです。
ラストで仁子が社の鳥居を避けた理由、それは人を殺して穢れたからではないですか、なぜに生理ということになったのでしょう???ね。あと、言葉。山口弁なのでしょうか、「本気でおもうちょるそかね」「一口食べりゃよかったそにのう」とか、「そ」が特徴的で、これを「の」に置き換えると読みやすくなります。

「第三紀層の魚」
表題作の「共喰い」より、よほどまともで、味わい深い作品です。2010年12月「すばる」掲載。
小学校4年生の久賀山信道は、4歳のとき父を亡くし、市営住宅で母とふたり暮らし。塾にいくことが嫌いな彼は、よく釣りにいきます。チヌなどの大物はかかりませんが、それでもまずまずの釣果を得ると、うどん店の店長をしている母は帰宅が遅いため、亡くなった父方の祖母の家に寄ります。そこには、96歳になる寝たきりの曽祖父(祖父の父)がいます。警察官をしていた祖父が退職後自殺したため、祖母は血のつながっていない曽祖父の面倒を見ているのです。信道の釣ってきた魚を祖母は調理し、曽祖父もそれを少し味わい、そのうちに、これもまたこの家とは血のつながっていない母が車で迎えにくるのです。信道は魚を釣ってくるだけではありません。祖母を手伝って曽祖父のおしめを交換したりもするのですから、大したもんです。そんなとき、いつも曽祖父は3つの話をします。1つは戦争の話、2つ目は戦争のあといろんな仕事をした話。もうひとつは釣りの話です。しかし何度試せどチヌは釣れませんが……
下血した曽祖父は入院してしまいますが、同時に信道は母の決断を聞くことになります。うどん店のチェーン拡大化で東京に行くことになる、というのです。それに伴い、父の方のままである苗字を母の実家に戻すことや、学校の転校のこと、いつも釣りにいっている場所にいけなくなること……少年が何かをなくし何かを得て大人になっていくその過程が、家庭的な穏やかさで描かれた逸品です。
第三紀層とは、6500万年前から180万年前、火山があちこちで噴火して日本列島が出来上がった時代の地層のことで、曽祖父が戦後に働いていた炭鉱ではこの地層の底に石炭が埋まっていたらしいです。
では、第三紀層の魚とはいったい何の意味なのか、確たる根拠はありませんが、私は曽祖父のことではないかと思います。こちらの世界とまだ見ぬ新しい東京の世界、信道をこちらの世界に繋ぎ止めていたのはたぶん曽祖父だったのでしょう。何かをなくせば何かを得る。最後かもしれぬ釣りで仕留めた40センチのマゴチは、それがチヌでなかっただけに、作為的でない人生の世知辛さも感じられました。信道、東京行っても大変だぞ、と。
なぜか泣いてしまった信道、その涙のわけは、過去への決別ととるべきだと思います。
涙を拭くたびに、少年は大人になります。





「百年文庫 妖」坂口安吾・檀一雄・谷崎潤一郎

百年文庫、№16のテーマは『妖』です
妖。わかってるようで、わからない言葉だと思いませんか?私はピンときませんでした。
妖怪だとか、妖術、妖艶みたいに頭にぽっと乗せられている、この妖とはいったい何者なのか。
漢和辞典を引くと、『妖』一文字では、なまめかしい、うつくしい、あやしくわるい、ばけもの、などの意味があるようです。さらに、妖という漢字自体をよく見てみると、女偏の右はどうみても大の字に横たわる人体ですよね(笑)
確かなことはわかりませんが、妖という漢字は、女が男をたぶらかす、というのが根本の意味である漢字ではないでしょうか。なまめかしく、うつくしく、あやしい。たぶん妖怪というのも発祥は女性じゃないのですかね。
本作に収められている3篇も、ずばりストーリーの中心は女性です。一部、女装した男も混じっていますが(笑)
怖くて、そしてラストにドキッとする、なまめかしくもうつくしくあやしい物語です。

「夜長姫と耳男」坂口安吾(1906~1955)
夜長ヒメは夜長長者の一粒種で、一夜ごとに二握りの黄金を百夜にかけてしぼらせ、したたる露をあつめて産湯をつかわせたためヒメの身体は生まれながらに光り輝き、黄金の香りがすると云われていました。
飛騨の匠である耳男は、ヒメが朝夕拝む持仏をつくる腕くらべに呼ばれます。しかし、そこでヒメを目にしてあまりの美しさに吸い込まれた耳男ですが、ヒメには「顔が馬にそっくり」と馬鹿にされてしまいます。その恥辱から作業小屋には蛇を吊るしてその生き血を飲み、呪いを込めた魔神の像をつくりあげますが、なぜかこれがヒメに気に入られ、匠たちの腕くらべに勝った耳男は、ヒメの顔を模したミロクを彫ることになるのですが……
好きなものは咒うか殺すか争うかしなければならない。ラストでのこのヒメの告白は衝撃的でしたね。
とすると、耳男がヒメを好きだったのは当然として、ヒメはどう思っていたのでしょうか。
考えれば考えるほど深い、恐ろしいまでに深い、夜長姫の笑顔でしたね。

「光る道」檀一雄(1912~1976)
竹柴ノ小弥太は、東国から徴用された、宮廷の衛士。何かにつけ故郷を思い出し、独り言をつぶやいては仲間に笑われていましたが、あるとき、その独り言を16歳になるみかどの三番目の姫宮に聞かれてしまいます。
それが縁となり、まったく外界を知らぬ三の姫宮とその美しさに懸想した小弥太は、あろうことか駆け落ちをしてしまうのです。姫をおぶって走るに走る小弥太。無邪気な三の姫宮。ふたりの行く末は……
ラスト、私は1回目の通読では小弥太は姫を殺したのかと思いましたが、もう一度そこだけ読んでみると、どうも違うような気がしました。違うのでしょうね。留守家の農夫婦を殺したあと、小弥太が突進したのは性交のためだったのでしょう。声の感じからして。何が怖かったかといって姫の憎悪と侮蔑の顔色でした。
地獄が待っていることでしょうね。

「秘密」谷崎潤一郎(1886~1965)
1911年の作品です。すごいと思いますよ、これが100年前の小説とは思えないのです。まことに妖しい。
主人公の「私」は、磨耗した神経、荒んだ心を癒すため、周りとの付き合いを断ち、東京の下町の曖昧なところにある真言宗の寺に隠遁します。ここで本を読んだり絵を観て過ごしたりしてるうちに、根からお洒落な私は、女装をして街中を歩くことに楽しみをおぼえるようになります。倒錯していますな、まだ昭和にもなっていない時代ですが。ある日、女装した私は三友館の二階の貴賓席で、思いがけぬ女性を目にします。その女性とは、2,3年前に上海へ旅行する航海の途中ふとしたことから船の中でしばらく関係を結んでいた女性でした。2人はいろいろの事情から互いの素性も知らせずに、私のほうから女を捨てるという形になったのですが、2年ぶりに見る彼女は一段と美しくなっていました。たまらず私は自分が女装していること関係なく、その女性に書付を託すのです。するとやはり女性も私に気付いていたらしく逢引の約束をしてきたのでした。約束の日、女性の差し送った俥に目隠しをして乗せられた私は、1時間ほど引き回され、女性の宅に到着し目隠しを外されました。どこだかわかりません。それから毎晩のように女性のところに通い、夜半の2時頃まで遊んではまた目隠しをされて送り返される日々が続きました。私はだんだんと、目隠しをされたままどこに連れていかれているのか気になって仕方なくなります。
そして一瞬だけ目隠しを外して見た景色と、俥の曲がり方のタイミングにより、ついに女性の家を現実的に突き止めるのですが……
妖しさが解けると?謎こそが妖しさで、妖しさに男が魅かれるとすれば、女性が住んでいる場所、その境遇という謎が解けたからこそ、私は覚めたのですね。目隠しをされて逢引きするという、およそ夢想的な恋愛が、一気に現実的になってしまった。そして、私が家を突き止めてやってきたその瞬間を目にした女性の表情。妖術の化けの皮が剥がれた?ちょっと可哀そうでひどい気もしますが、やはりそのときの女性の表情を想像すると怖いです。

3篇とも怖いのは、物語に登場する女の心情じゃないんですよ、その表情が怖いんです。だから怖いとも云える。
なぜだかわかりません。そう思わせてくれるほどの優れた書き手なるがゆえ、ということなのでしょう。
面妖ですね。面白かったです。



「幸せの条件」誉田哲也

瀬野梢恵は24歳。三流私大の理学部を卒業し、理化学実験ガラス器械の専門メーカー『片山製作所』に就職して2年。仕事は主に在庫管理と伝票整理。さしたる能力もなく、会社からも必要とされず、責任感も感じていない。
ある日、梢恵は社長の片山に呼び出される。
片山が社運をかけて開発したバイオエタノール精製装置の実用化に向け、それ用のコメを作付けしてくれる農家を見つけるために長野に出張しろというのだ。
長野県穂高村の農協に休耕田を持っている農家を紹介してもらった梢恵は、さっそく営業を開始するも、「百姓ってのは食うためのコメを作るんだ。燃やすためのコメをつくる百姓なんざ百姓じゃねえ」などと、けんもほろろに門前払いされてしまう。社長の片山からは「契約がとれるまで帰ってくるな」と言われており、八方塞がりの状態になった梢恵は、藁をもつかむ思いで穂高村の農業法人「あぐもぐ」に駆け込む。
バイタリティあふれる社長の安岡茂樹が率いる「あぐもぐ」は、自前の水田5町歩(1町歩は約1ヘクタール)、預かり5町歩、それにレストランチェーンと契約している野菜畑やビニールハウスなど、社員も数人抱える大規模な農場だ。
茂樹曰く「食用米の卸値はキロ200円から400円になる。でもバイオエタノールにするならキロ20円くらいのもんだ。それくらいじゃなきゃ燃料としての採算がとれない。けどキロ20円のコメ作ってちゃ農家は立ち行かない。誰がそんなもんする?」
梢恵は勉強不足を痛感するが、「農業の基本は自給自足」という付け焼刃の自論で一矢を報い、確かにガソリンがなければ成り立たない現代の農業に問題意識を持っていた茂樹の琴線にふれ、誘われるままに「あぐもぐ」で働くことになってしまう。初めての農業。降雪との戦い。しだいに梢恵のなかで何かが生まれていく。
そして、3・11。帰京中に東日本大震災に遭った梢恵は覚悟を決める。
「農作業はこれから始まるんです。やることはいくらだってあるはずです。私、ニュースで観ました。農地が津波に呑まれていくの……社長だって観たでしょう?あの田んぼも畑も今年は作付けできません。でも、誰かがおコメとかお野菜、作んなきゃいけないんです。被災地の人がお腹空かさないように、作れる人が作んなきゃいけないんです。私は長野にいって、そのお手伝いをしたいんです」
農業法人「あぐもぐ」の春から秋は地獄である。日曜も祝日も関係なし。夏はみんな3時半くらいに起きてキュウリとかズッキーニの収穫をして、田んぼの水の見回りにって、ようやく8時に朝食。それからミーティングをして、お昼まで収穫とかいろいろ。昼寝してまた収穫、夕方は田んぼの水見にいって、夕飯は8時。で、まだ終わりじゃなくてひと休みしたら野菜の箱詰め、忙しいときは夜中の2時くらいまでやる。で、また3時半に起きる。
福島からは作付け制限され農地を失った茂樹の従兄弟一家もやってきた。
農業は人間社会の基本である。厳しい環境と優しい仲間に見守られながら、梢恵は人間的に成長していく。
そして、食料と燃料を自己完結するという夢に挑戦するのだ。

確かに、農業に憧れる方が、特に最近は増えているような気がします。
私自身は田んぼや畑や清流に囲まれて暮らしているわけですが、ほとんど農業についてはわかりません。
ただ、周りには都会から脱サラして移住してきた方がけっこういますね。なかには有名な方も。
自分で食べるものつくって燃料もつくって自給自足というのは、確かに誇らしい人間の生き方でしょう。
酒も造れれば言うことないですね。しかし、これは私の知っている脱サラ農家の方が税務署に駆け込まれた例もあって、酒に重税を課している日本国にとっては酒税法違反というのは重罪です(笑)。
あんがい簡単に日本酒もビールも作れるのですよ。もちろん味はそのままというわけにはいきませんが。
農業も楽しんでやれるうちはいいのですが、これがビジネスとなるとそうはいきません。理想と現実のギャップといいますか、農業は重労働ですから、腰、やりますね。こればかりは体験しないと実感できません。
理想と現実といえば本作に書かれていた、日本の食料自給率40%の謎はえげつない話でしたね。
日本は金持ち国ですから外国からたくさん食料を買っています。それを含めてカロリーベースで自給率の計算をしても意味はなく、外国から買うことができない貧しい国はおのずと自給率は上がります。日本だって外国のものが入ってこなければたちまち100%になります。中身はともかくとしてね。それに、日本の国内農業生産額はおよそ8兆円。これは、中国、アメリカ、インド、ブラジルに次いで世界5位です。この狭い国土で人口で、実は日本は大した農業大国なのです。すごいでしょ?逆にこれ以上増えますか?。それが食料自給率40%しかないという、危機を煽る農林水産省の予算確保ネガティブキャンペーン、いわゆるペテンなのですね。
そんなような重大な農政に関するマル秘や、現場の農業法人の仕事のやり方、それにバイオエタノールの現状などが本作を読むことにより知ることができました。
ちょっとコメディタッチも入り、平易な文章なのですらすら読めますし、初めての誉田哲也でしたが、まずまず満足できたと思います。







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