「ぼくのメジャースプーン」辻村深月

「もしも、『何か』をしなければ、『ひどいこと』が起きる」
呟くように、お母さんが言った。青ざめた顔のまま、それを教える声もまた泣き出しそうだった。
ひとり言を呟く。ああ、どうして。
「もう二度と、うちの血筋からは出ないんだと思ってたのに」
何のことだろう。
「お母さん?」抱きしめられた息苦しさと、お母さんの告げる声の内容にぼくは戸惑っていた。
「あんたが使ったのはね、相手を縛る力なの。力じゃなければ、言葉か声って言ってもいい。魔法をかける力なの」

「子どもたちは夜と遊ぶ」(カテゴリーサイコホラー・ミステリー参照)のD大学教育学部教授・秋山一樹と、名前は出てきませんがたぶん月子、石澤恭司、それに「凍りのくじら」(カテゴリーファンタジックミステリー)にちらっと出てきたふみちゃん、本作の冒頭のピアノコンクールでふみちゃんの前に演奏したのはたぶん松永郁也、が登場する青春ファンタジー。主人公はこれもまた名前は書かれていない小学校4年生の“ぼく”です。

6月17日、ぼくの学校で飼育していたうさぎたちがバラバラに切り刻まれて殺されていました。
発見したのは、その日、熱が出たためうさぎ当番を休んだぼくの代わりに行ったふみちゃん。
犯人は、市川雄太という20歳の大学医学部3年生で、彼は面白おかしくその行為をネットで流していました。
クラスで一番うさぎの世話をしていたふみちゃんの心は事件のショックで壊されましたが、犯人の市川雄太が問われた罪は器物損壊といくらかの罰金だけでした。しかも彼はしばらくおとなしくして社会復帰するつもりです。
そんな犯人が許せないぼくは、ぼくの血筋に秘かに伝わる禁断の呪いを実行することを決めるのです。
その呪いとは、条件ゲーム提示能力。それは声をささやく相手にゲームをもちかけ相手の潜在能力を引き出す呪いで、たとえば「~しなければ、……になる」のように条件と罰を呪いをかける相手にささやけば、相手はそれに絶対的に縛られてしまうというものです。
ぼくの母である千加子は親戚で唯一同じ呪いの力を持っている、秋山一樹に相談を持ちかけます。
彼女は、ぼくにそんな自然を超越した力を使ってほしくなかったのです。
一週間後にクラス代表として、犯人・市川雄太の謝罪を受けることに決まったぼくは、それまでの間、秋山先生の指導を受けますが、結局、「心の底から反省して自分のした行いを後悔しなさい。そうしなければ、この先一生、人間以外の全ての生き物の姿が見えなくなる」という呪いを市川にかけることに決めるのですが……
市川との面談で起きるぼくのとった驚愕の行動、そして大好きなふみちゃんの心は重い壁を打ち破って再びこの世界に帰ってくるのか、そして秋山はぼくを救えるのか!?
ふみちゃんがくれたうさぎのメジャースプーンを握りしめ、10歳のぼくは世の中の悪意に敢然と立ち向かうのです。

なかなか面白かったです。ふみちゃんかわいそうで、市川には腹が立ちますけども。
でも、ぼくと秋山先生の1週間の問答を読んでいると不思議に市川に対する怒りが和らいでくるんです。
これは、実社会での犯罪に対する被害者側の心の持ちようを見事なまでに論議していましたね。
人間の人生は自分自身の責任を必ず取らなければならないようにできている、その通りだと思います。
のうのうと犯人が暮らしているかと思えば我慢できないから復讐する、するとこちらが加害者になってしまう。
難しいですね。そのときの怒りで行動するとのちに後悔することのほうが多いですが、愛する人を傷つけられてじっとしていられますか。対応によってその人間の深さ、強さが如実に現れますね。

「子どもたちは夜と遊ぶ」で謎だった秋山先生が白根真紀を騙した男に何をしたかが明らかにされています。
そして、本作ラストのふみちゃんが覚えている?の件ですが、これは、ぼくのかけた力がふみちゃんに効いていなかったということ、つまり、ぼくの声の力ではなくぼくの真心こそがふみちゃんをピアノに向わせたということでしょうね。呪いで声をかけられたほうはその事実を忘れるということなので、こういう解釈がきれいでいいかと思います。





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「彼女は存在しない」浦賀和宏

最近、この10年前の本がじわじわ売れ出しているときいて読んでみました。
彼女は存在しない、というタイトルにも魅かれるものがありましたし。
が、実はこの『彼女は存在しない』というタイトルこそが、この複雑な物語をなおさらわかりにくくする元凶であったと思っています。
タイトルが頭にあるので、どうしても構えながら読んでしまうのですよ。
誰がいないんだろう?と思いながらね。
さらに、サイコものなので人間関係が虚実入り組んでおり非常にわかりにくいのと、文章がそれほど巧くないので読みにくいです。
アイディアは最高だったとおもうけどなぁ。
それに、ラストのフレーズである、――私は、存在しない。この一言はきっちりと締まっており、この理解しがたい物語を終わりまで読んできた頑張りの何十パーセントかは報われることでしょう。
私は存在しない。途中からわかりながらも改めてこの一言をラストで目にすると、かっこよかったですね。
わかりにくいのは、作者がミステリーをミスリードするために、ある人物を実在と架空に分けてしまったことです。
そこをもっと違った工夫で書いていれば、10年かかって10万部ではなくその3分の1の期間で売れていたと思います。

殺人も起こるのですが、これほどストーリーが核心に関係ない物語も珍しいかもしれません。
10年前という風俗の違いとやたらマニアックな音楽やらで、少し宙に浮いたようなふわふわした感じで読み進めました。貴治と香奈子の恋人同士に横浜駅前で出会った由子、貴治の友人である売れない小説家の浦田先生を合わせて4人のパートと、両親のいない大学生の根本有希とその妹で引きこもりの亜矢子、根本の恋人である恵の3人のパートが交互に展開していく構成となっているのですが、上記のうち誰かは存在していません。
主要な登場人物は7人いますが、実は物語の中で実在しているのは6人です。

実在している、実在していないというのは他人が決めることでしょうし、目に見えなかったら仕方ないですよね。
この物語の核心である解離性同一性障害、つまり二重人格という精神障害はよく映画や小説で目にしますが、実際に目にしたことはありません。症例の多くは虐待に苦しむ幼い子供がこれは自分の身に起こっていることではないと思い込むのが多重人格を形成する第一歩らしいです。自分の中に違う人格を生まざるをえないところまで追い込まれるのですね。そして違う人格になっている間の記憶がありません。また、フォールスメモリ(虚偽記憶)という実際には自分が体験していないことをさも本当のことみたいに記憶していたりします。
ただ、本作で少し残念なのはこれほど症状が重くなっているのに、いくら引きこもりで家族とも距離を置いているとはいえ専門の病院に連れて行くくらいに唯一の兄が気がつかないのはおかしいでしょ。それともそんな急に症状が進行するもんなんですかねえ。
こうやって感想を書きながらもどんどんおかしいところを思い出してくるのですが、でもやはりラストはよかったですね。ラストだけは。私は存在しない。実在していない人格がそう悟れるものなのでしょうか。幽霊が私は死んでいるって気付くみたいなもんですよね。


「百年文庫 響」ヴァーグナー/ホフマン/ダウスン

百年文庫13年目のテーマは『響』です。
交響曲、音楽を連想させるからか作者は3人とも外国人
しかも3人とも西洋人というのは今回が初です(№8の罪は魯迅だけ東洋人)。
正直、私とかは苦手なお題ですわ。聴きませんしオーケストラとか。ここにも登場してきますが、ヴァイオリンの名器といわれるストラディヴァリウスとかもうなめんとんのかと。響板をちょこっと斜めにずらしたら名器完成とも言いますしX線で精査してミクロ単位で同じものが出来るのではないのですか?できないの?
だったらタンバリンとかシンバルでも名器とか編み出してほしいですよね。マドラスとかね。弦楽器だけがくそ生意気にお高くとまってちゃ打楽器とかの立場がないでしょ。それは『祭』で『響』ではない?
だが、しかし。
本書に収められた3篇の音楽の物語を読んでみると、確かに音律の霊を楽器に呼び寄せる、奏者と楽器が互いに響きあうような感動が実在するんだろうなあ、と思います。たとえ音楽はわからなくても、本書に収められた物語は上手に音響を言語に翻訳してくれています。けっこう面白かったと思いますよ。

「ベートーヴェンまいり」ヴァーグナー(1813~1883)
 ワーグナーで聞き覚えのある19世紀ドイツを代表する作曲家、指揮者です。彼は1839年から3年間、不遇の時代をパリで過ごしていたようですが、そのとき3作だけ小説を書いていました。本作はそのうちの1編であり、1940年の作品です。実は生前に作者は会ったことがなかった大音楽家ベートーヴェンにライプチヒからウィーンまで巡礼しながら貧乏な音楽家が会いにいくという創作の私小説となっていますが、これ本当に面白いです。ヴァーグナーやるなあ。声楽と器楽の融合なんて人間とアニミズムの説明を加えながら音楽というものの本質をベートーヴェンの口を借りて言っていたように思いますし、素人の私もなるほどなぁと感心しました。当時浮かばれなかった自分のことを客観的に見ていてシニカルなユーモアも交えられえていますし、この人面白いおっさんだったんだろうなあと。曲だけでなく小説も残してくれていたら本人への理解は相当深まりますよね。

「クレスペル顧問官」ホフマン(1776~1822)
 顧問官とは公爵とか偉い人に付いている法律や外交の専門家のことをいうのだと思います。
学生の私(語り手)が滞在したドイツのH町で出会ったクレスペル顧問官は有能ですが、変人でした。
ヴァイオリンの製作も一流であり音楽家であった彼の家に住み着いていた謎の歌姫アントニエ。
そして彼女と響きあう名器のヴァイオリン。私は何度もクレスペルの宅を訪問しますがついぞ彼女の歌声を聴くことはありませんでした。二年後、官途について法律家になった私は旅行で再度H町を訪れるのですが……

「エゴイストの回想」ダウスン(1867~1900)
 社交界に知らぬ人なき音楽家アントニオ・アントネルリ男爵の過去は、パリで手回しオルガンの流しで生計を立てていたニネットという浮浪少女に救われたようなものでした。彼はニネットとままごと所帯をもってヴァイオリンを奏でて小銭を求め路上をとぼとぼと歩いていました。そして、ある貴婦人に音楽の才能を認められ一気に人生を引き上げられたのは彼だけで、ニネットは孤児院に預けられ二人は二度と会うことはありませんでした。
しかし、今、窓の下から聴こえてくるうらぶれた手回しオルガンの音色が彼にある回想をさせることになったのです。
この物語、そのままではむしろロマンチストなのですが、何がエゴイストなのかというと、窓の下の手回しオルガンの奏者がひょっとしたらニネットなのではないかとあらぬ想像をしつつそれを確かめなかったことなんだと思います。ありえない、もう30年近く経っているじゃないか、とはいえ物語の中でニネットが孤児院を脱走したことにも触れられていますし、男爵はオルガン奏者がフランス人の女性である(男爵が今居るのはイギリス)と断言しています。
それでもニネットのわけがない、でもそのわずかな確率さえ捨ててオルガン奏者を確認せず彼は葉巻を吸った。
本当は逢いたくて仕方なかったのに。エゴイストとは行動の“結果”なんですよ。ロマンチストの裏側です。
ニネットでないのが怖かった、ニネットが年を取っているのが怖かった、そして彼は彼だけの安心を取りました。


「宇宙はなぜこんなにうまくできているのか」村山斉

IPMU(東京大学数物連携宇宙研究機構)の機構長にして日本物理学会の若きエース、村山斉さんの初歩的宇宙・物理学紹介本が本書「宇宙はなぜこんなにうまくできているのか」です。
今までの同氏の同じような本はすべて読んでいますが(下記関連記事参照)、これは一番易しくできていると思います。だんだんと私のような算数も満足に出来ぬ不貞の輩にも、如何にして物理学に興味を持たしていくか、その工夫がついてきているのでしょうね。
IPMUは、数学者と物理学者が協力して宇宙のさまざまな謎を解明しようという組織ですが、まあ、宇宙ってのは彼らが束になっても及ばないような謎に満ち溢れているわけですよ。よく理系のテレビでどっかの大学の教室とかで大勢の研究者や学生がマグカップ片手に黒板の前で議論しているの観ますけど、あれは昨日の飲み会の話とかしてるんではなくて他人と議論することによってインスピレーションを得ようとしているんだと思います。1905年にアインシュタインが特殊相対性理論を発表してから100年以上経っていますが、どれだけの進歩もない、それだけ難しい物理学という学問が我々一般的な酒飲みに理解できるはずがありません。
それでも、村山斉はどうにかこうにか中学生にも高校生にもステテコで酒飲んでるおっさんらにも物理を楽しんでもらいたい、少しでもわかってもらいたいと頑張ってこんな本を書いています、これが素晴らしく偉い。
外国の研究論文に名前が出てくるような人ですからね。その人がこんな親切な本を書いてくれる。
何の成果もなくめんどくさいと言っては普及を軽んじるクセに予算だけ獲るどっかのバカ学会とは雲泥の差ですよ。
これもある説(理論)から予想できる現象とは異なる事実が見つかったら、その理論そのものを見直さなければいけないし、そして新しい理論が生まれたらその理論から予想される事実を観測や実験によって発見するという基本的な自然科学のプロセスが学会的にフラットであるからだと思います。

さて。
ヒッグス粒子(本書ではヒグス粒子)の発見は本書刊行のあとでしたが、全然関係ありません。
まあ、本当はヒッグス粒子が見つかったことが大ニュースというより見つからないほうが大ニュースですからね。
それより本書でも触れられているグラビトン(重力子)が見つかると面白いです。重力の強さを数値で表すと電磁気力(磁石とか)を1とすると、重力は0.000000000000000000000000000000000001くらいしかありません。どうしてこんなに重力は弱いんでしょうか。でも弱いからこそ人間が活動しやすいんですけどね。それはでも、私たちの宇宙だけの話かもしれないのですよ。この私たちが住んでいる太陽系、天の川銀河含む宇宙は地球と同じ物理体系で成り立っていると考えられます。しかし、マルチバースという多宇宙的な考え方によると宇宙はその時々の確率で枝分かれした異なる世界の宇宙が無数に存在するらしいです。
私たちの宇宙は物凄い偶然の上に成り立っています。たとえば物質と反物質は出会って対消滅しますが、宇宙が始まったときに10億分の2だけ物質のほうが反物質より多かったので、我々の宇宙は消滅せず現在の姿まで成りえたらしいのです。だから超新星爆発のかけらの元素によって人間という物質が存在するまでの宇宙が出来上がったのです。この宇宙に人間が存在しているのは神に創られたといったほうが想像しやすいくらい不思議なことなのです。隣の異次元にある宇宙は暗黒物質に満たされ膨張が限界に達しているかもしれない、その隣は真空しかないかもしれない、いずれにしても生命が生まれるような奇蹟の起きた次元(世界)は我々の宇宙だけなのかもしれません。
だから、著者も宇宙人がいるかどうか読者の興味を引くため話題にしていますが、そんな話読んだ後で今更宇宙人なんてどうでもいいですよ。マルチバースと生命の誕生の不可解さを読んでしまったらなかなか寝れませんよ。
あと、宇宙は永遠に存続しえない、ということもなんとなくわかってきますしね。
50億年後くらいに膨張した太陽に地球は飲み込まれるのは確実ですが、そのときは地球を脱出できればいい話でしょ。でも、宇宙が膨張しすぎて破裂したり(ビッグリップ)急激に収縮したり(ビッグクランチ)したら、もう人類はどこにも逃げ場所はないわけです。違う次元の宇宙に逃げるというSFは絶対に起こりえないと思います。
やはり宇宙に始まりはあるのですよ。だから終わりがあっても仕方ない。その始まる前がどうなっていたのか、それを宇宙が終わる前に知りたいもんですねえ。真空にエネルギーがあるんですからね。
でも不思議に宇宙を見上げてその果てを想像するのと、目をつむって自分の心の中に宇宙の誕生を想像するのと同じような感覚に見舞われるんですよ。
著者は小学生時代、炭酸ジュースのストローがだんだん浮かんでくるのを不思議に思ってなぜだろう?知りたいという気持ちが芽生えたらしいですが、確かに本書を読んでいると、なぜ?というもう忘れかけていた感覚を思い出させてくれるような気がします。そしてそれは、きっと人間が死ぬまで大事にしておかなければいけない気持ちなのでしょう。なぜなら謎に対して我々の寿命はあまりにも短かずぎるからです。なぜ?の気持ちは後世に伝えていくものだと思います。


「エージェント6」トム・ロブ・スミス

読み終えた直後、こんな終わり方でよかったのか?と思いました。
しかし今は、これ以上の終わり方はなかったのだ、これこそが彼の人生じゃないかと思っています。
天才トム・ロブ・スミスによる、レオ・デミドフ三部作“ロシア3”の完結編である本作「エージェント6」は、間違いなくシリーズ一のスリルとサスペンスに満ち溢れ、ページをめくる手はその壮大な冒険とミステリーをこの手につかもうと止まるすべを知りませんでした。
私は一刻も早く知りたかった、ニューヨークで起きたことの真相を。だから本を置けませんでした。
ようやく全容が理解できたときには、うっすらと空が明るくなっていました。
そして、レオ・デミドフ――三部作は通じて彼の人生の走馬灯であった――はすっかり疲れて年老いていました。

1965年。前作「グラーグ57」(下記関連記事参照)から9年経っています。
レオはなんと小さな工場の工場長をしており、スパイ稼業から足を洗ったようです。代わりといっては何ですがライーサはレオと反対に教育界で権力を掴みつつあります。ゾーヤとエレナはようやくレオのことを捜査官ではなく、父親と思うようになっています。つまりようやく家族の情が持てたということでしょう。ちなみに年齢がはっきり明かされているのはエレナだけで彼女は17歳。ということはゾーヤは23,4歳ということになります。レオは40台半ばから後半くらいでしょうか?いずれにしてもこの長い物語が終わるのは1982年(たぶん)のことですが……
教師として教育界で成功しつつあるライーサですが、そのことがこの物語の、いや悲劇の始まりとなります。
1965年といえば、キューバ危機は回避しつつも米ソの関係は険悪でした。その二国間の関係改善のためニューヨークとワシントンでコンサートを開く生徒の親善使節がモスクワから送られることなったのです。米ソの生徒合同で各国の外交官が集う国連本部でのコンサートも企画されていました。そして、その使節団の団長がライーサでした。ゾーヤとエレナも団長の特権でこの使節に参加していました。ただ、レオにだけは参加する権利は与えられませんでした。こうして、レオだけを除いた家族が飛行機にも乗ったことないのにソ連の最新鋭機で大西洋を越え政府がとことん批判し最大の敵と見なしているアメリカへ8日間の予定で旅立ったのでした。
悲劇はニューヨークで起こります。
ソ連を賛美し過去には共産主義の伝道者として世界的に有名だったミュージシャンのジェシー・オースティンが、使節団のコンサート当日、国連本部前で暗殺され、この事件に実はエレナがかんでおり、彼女を心配しつつも巻き込まれたライーサがジェシーの妻であるアンナに警察署で撃たれて死亡するという事件が起きてしまったのです。
レオは悲嘆にくれその人生は変わりました。
なんとかアメリカに渡り妻の事件の真相を知ろうとした彼は、フィンランド国境を突破しようとして逮捕されます。
かつての同僚に政治的に助けられた彼は、秘密警察の顧問として危険地帯アフガニスタンに送られました。
そこからアヘン中毒にまで落ちぶれたレオの反撃のアドベンチャーが始まるわけです。
混沌のアフガニスタンから麗しのニューヨークへ。これしかないという驚天動地のストーリーは、もうラストまで止まることはありません。

前々作でロシアで実際に起きた連続殺人事件、前作でフルシチョフによるスターリン批判とハンガリー動乱を物語の骨子としたこのシリーズですが、今回はアフガニスタン侵攻という局地的なネタもありつつ、もっとグローバルな、いやもっと核心的なテーマを内包していると思います。
それは、このシリーズを通して語られるライーサへのレオの愛によって気付かされるべきものでした。
確かにロシアとアメリカ、KGBとCIA,FBIが絡めば世界を二分する物語にはなりますが、同じように本作では<ハーレム>のジェシー・オースティンとその妻アンナ、それと対比するように<エレベーターが故障した13階のアパート>のレオとライーサ、さらには妻が神経過敏症に苦しむエージェント6、つまりもうひとつの二分する世界である夫婦愛がこのロシア三部作の最後を飾る完結編のテーマになっているのです。
そして各夫婦の姿は、歴史の真相というものも表面からは決してわからないものだということのメタファーになっています。我々が信じている歴史的事実も、真相は全く違った姿を持っているかもしれないのです。
なぜ、ジェシー・オースティンは撃たれ、そのことにライーサはどのように関わっていたのか、あの日の事件の背後にはどんな真実が隠されているのか、レオと同じようにそればかり気にして読んできました。
そしてレオと同じように気付かされるのでした。そこに意味などなかったことを。ただ、どうしようもないことを。けど、やらなければならなかったことを。
レオと同じように、アヘンに浸っていたようなものだったことに。そして、いつか独房で囚われることに。
愛こそ真実、愛こそがすべての真相だったのです。
レオ・デミドフよ、おつかれさん、そして安らかに眠れ。ライーサの元で。






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