「007 白紙委任状」ジェフリー・ディーヴァー

セルビアの丘に潜み、レストランを監視している男。
イギリス人、黒髪、年齢は三十代前半、身長183センチ、体重78キロ。
右の頬に8センチの傷跡があり、非喫煙者、愛用の拳銃はワルサー、愛車はベントレー・コンチネンタルGT、趣味はゴルフ、また美食家でもあり、ワインの知識は一流のソムリエクラス。
習熟している格闘技はロシアのコサック族に古くから伝わる武術“システマ”をロシアの特殊部隊スペツナズが改良したもので、拳を使わず掌、肘、膝といった人体の硬い部分を打撃に使用するもの。
男の名前はジェームズ・ボンド。コードネームは007(ダブルオーセブン)。
世界で一番有名なスパイが、稀代のストーリーテラーであるジェフリー・ディーヴァーの手によって現代によみがえりました。

面白くないわけがありませんね。
ジェームズ・ボンドは1953年にイアン・フレミングが生み出したキャラクターで、ショーン・コネリー主演の映画とか私も観ましたし、たぶん世界で一番有名なスリラーの主人公ではないでしょうか。
ただ、印象として古臭くなってきていたのは事実でしょう。いまさらジェームズ・ボンドで新しい映画を配給しても、トム・クルーズに勝てるとは思えません。
ところが、本作では、ジェームズ・ボンドはもちろん、原作の人間関係ですね、M提督とか、上司のビル・タナー、CIAのフェリックス・ライター、フランスの諜報員レネ・マティスを含めて現代にそっくり蘇らせているのです。
といっても、私は原作は知りません。上記の2行は、この作者おなじみの翻訳者・池田真紀子さんの書かれたあとがきによって知りえた情報なのですが、本作を読むにあたって特に気にはならないと思います。
特別なアプリがインストールされたスマートフォンなどを使っていますしね。
盗聴機とか、読唇とか出来る携帯を持っていますから。本作でも何回もその携帯が活躍します。
ボンドが所属している組織も、原作とは違うのではないでしょうか。
ODG(海外開発グループ)という組織は、第二次世界大戦の特殊作戦実行部を模したものであり、MI6などからの情報をもとにして行動する実戦部隊で、どのような手段を使ってもグレートブリテンを守り抜くことを主眼としています。
それは女王陛下への忠誠でもあります。そしてそれは、イギリスという間違いなく現代世界の主役である国家の価値観であって、読み手はそこに新鮮な興味を覚えるのです。特に世界大戦敗戦国国民の私とかね。

スケールも大きいですね。
物語の冒頭はセルビア。そこからロンドン、ドバイ、南アフリカと飛びます。
そして、ボンドといえば、脇を固める女性陣。
MI6の情報アナリストであるオフィーリア・メイデンストーン、ボンドのパーソナルアシスタントであるメアリー・グッドナイト、そして物語の爆心地である南アフリカ警察(SAPS)のベッカ・ジョルダーン警部など、いずれも男心をくすぐる魅力的な女性が数多く登場するのもこの作品の特徴ですね。そして、必ずしもボンドの思惑とおりに進まないこともまた面白いです。

ラストは、さすがジェフリー・ディーヴァーらしい手の込んだどんでん返しでした。
「分身が死ぬときは、自分も死ぬと覚悟せよ」
スパイの鉄則らしいです。つまり、自分が成りきっているその役がばれると、それを演じていた自分も死ぬのですね。仮面が割れることは、すなわちスパイの死なのです。
白紙委任状とは、好き勝手にやっていい権利を持っている、という意味ですが、なかなかスパイの生き方も楽ではないようですね。







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「夜明けの街で」東野圭吾

1年以上前に、読もうとして挫折していた本です。
どうしてこんなに面白い物語を読み進めることが出来なかったのか、そのとき私が何を考えていたのか記憶はありません。
恋愛ミステリーともいえるし、恋愛小説の中にミステリーが仕込まれているとも云えますが、けっしてミステリーを柱として、恋愛を副次的に扱った小説ではありません。もちろん、ラストの感想は人それぞれでしょうけど、主人公はいい恋愛をしたのではないでしょうか。必ずしも、あのラスト(僕と秋葉)は書かれた額面通りに読み取ることはないと思います。もっと深いだろうと思う。いや思いたい(笑)

主人公の“僕”の勤める会社に、盆休み明けから仲西秋葉という派遣社員がやってきます。
しばらくは接触も薄かった二人。ところが、僕は大学の同級生の飲み会のあとで、バッティングセンターという奇抜な場所で秋葉を発見します。流れでカラオケに行くことになり、泥酔した秋葉を送った僕はジャケットにゲロを吐きかけられ、これが二人で会うきっかけとなったのです。僕は30歳後半、妻と4歳の子持ち。秋葉は31歳、独身。
「ごめんなさい」という言葉がなかなか口に出来ない秋葉は、何か影を引きずっているように見えます。
来年の3月31日が過ぎればいろいろと話すことができる――秋葉の謎の部分がさらに僕を引きつけたのでしょう。
不倫する奴なんて馬鹿だと思っていた“僕”。本気になってはいけないゲームだと思っていました。しかし、秋葉への恋愛感情は止めるすべも無く、どんどんと泥沼の不倫という甘い地獄にはまってしまうのです。
夜明けの街、というタイトルは、秋葉と過ごした夢のような一夜を頭の中で再生しがら僕が歩いているシーンの一文でした。
とはいえ、不倫はこのまま平穏には続きません。
妻の有美子を欺くために友達に協力までしてもらって嘘を重ねる僕。根が正直なので娘の顔もまともに見られません。秋葉の驚くべき過去も明らかになります。なんと十五年前、彼女の実家でひとりの女性が怪死していたのです。その事件は未解決で、時効間近なのでしたが……秋葉はどう関わっているのでしょうか。やがてひとりの刑事が僕の周辺をうろうろとしだすのです。事件の謎は、そして僕と秋葉の行く末は――。

映画にもなりました。“僕”が岸谷五郎、秋葉が深田恭子というキャストで現在上映中だと思います。
僕の妻、有美子は木村多江だったと思いますね。実はこの有美子の役が一番重要になります。
その点、岸谷と深田はともかく、木村多江はベストキャストだと思いますね。

巻末に「新谷君の話」という小話が付いています。新谷は“僕”の大学の同級生で、不倫の会合の手助けをしたりするこの小説になくてはならない人物なのですが、本編がクリスマスイヴを過ぎたあたりから、この小話を読むと笑えることうけあいです。
彼は本編の影で主人公以上に苦しんでいたのでした(笑)

「百年文庫 音」幸田文・川口松太郎・高浜虚子

百年文庫№5は「音」です。
「音」って描くのはとても難しいのですが、読み手にそれが伝わると絶大な効果がありますね。
また、様々な比喩や暗喩でも使われますし、完璧に音が無い世界というものも滅多にあるもんじゃない。
音はどこにでもあるもんです。それを意図的に物語の中でどう取り上げているのか。
ここにある三篇(特に前から二篇)は、「音」と関係なく相当面白い物語です。
まだ五冊目ですが、今までの百年文庫でダントツに面白かったんじゃないかと思います。

「台所のおと」幸田文(1904~1990)
 幸田露伴の娘さんです。初めて読みましたが、もうその文章力の高さにびっくりしました。
ほんとうに美しい文章です。親父なんて目じゃないんじゃないかな。言葉使い、適切な熟語、ひらがな使い、どれをとっても格調が高い。「音」もまた美しい。小音(こね)とか。庖丁の音、葉ものを洗う音、すり鉢ですりこ木を使ってる音、そして茶を焙じる香ばしい音……くわいを揚げる音はこの作品のキーにもなっています。台所の音は女の性質(たち)であるとかも頷ける。すみずみにまで神経が行き届いた名品です。

「深川の鈴」川口松太郎(1899~1985)
 これもまた物語に引き込まれ、「音」のことなんてすっかり忘れて読んでました。
それほど、面白いロマンティックなストーリーです。1954年の作品ですが、だからこその時代的な味わいがあります。作者は第一回の直木賞受賞者で、大衆小説の書き手でしたが、この作品は自伝みたいですね。
セピア色の写真との再会なんて、いまの高カロリーな情報社会では設定できない、叙情的で美しいラストでした。
しゃんしゃんという鈴の音が、作者の記憶を呼び起こすのです。確かに音は脳のスイッチでもありますね。

「斑鳩物語」高浜虚子(1874~1959)
 1907年ということで、この作品が三篇の中で格別に古いものです。
作者は伊予の人で「讃岐男に阿波女、伊予の学者に土佐のサムライ」と謂われるように愛媛出身の学究肌の方は多いですね。正岡子規も伊予ですが、その舎弟なんですね。私はあんまり好きではありませんが(笑)
この作品は、著者が奈良の寺の取調(?由緒調査とかですかね?)をしたときのものでしょうか。
筬(おさ。機織りの道具)の音の明暗、道子と了然が密会していた灯心草畑の陽と影、など物事の対極を含ませている作品です。印象的なのは、法起寺の三重塔を登るシーン。やはり巧いんでしょうね、読んでいながら背筋がぞっとしましたから。

「検証・チリ鉱山の69日、33人の生還」名波正晴

これ、救出されるところテレビで観ていて感動した覚えがあります。
もう一年以上前のことになるのですねえ。その間には日本では大地震がありました……
そして、私を含め実はほとんどの方は忘れているでしょうが、2010年の2月27日にチリでも津波をともなう大地震があったのです。それから約半年後に起こったこの鉱山の落盤事故の救出劇の模様は、チリ国内で84,4パーセントという記録的な視聴率をマークしました。著者曰く、チリ大地震のトラウマからの国民の感情が団結した“癒し”でもあったのです。

世界最大の銅産出国であるチリは、輸出収入の約半分を銅が占める鉱山国家です。
2010年8月5日、チリの北部アタカマ砂漠の中にある零細銅鉱山で落盤事故が発生し、地下で採掘していた鉱山作業員ら33人が生き埋めになりました。チリは蜂の巣をつついたような騒ぎとなり、外遊中の大統領も首都サンディアゴから800キロはなれた砂漠に駆けつける異例の事態となりました。そして、当初から救出作業は難航し、33人の生存はほぼ絶望視されていたのですが、17日間の空白ののち、暗闇の地の底でなんと全員の生存が確認されたのです。
著者は、事故が起こった8月5日から全員が救出された10月13日までの69日間を、33人が地底で究極の耐乏生活をした「17日」、生存を確認して救助プロジェクトが開始されてからの「51日」、そして全世界にリアルタイムで発信されながらの救出劇「1日」の三幕に分け、その真相をチリの歴史や、ほかの事故まで踏まえながら幅広い視野で探っていくのです。

「エスタモス・ビエン・エン・エル・レフヒオ・ロス・33」(33人は避難所で元気だ)
これは地下688メートルから引き上げれた掘削ドリルの先端に結わえられていた手紙の内容です。
ここまでは、日本のテレビ番組で私も知っていたのですが、もっと詳しいことがわかりました。
まず、ドリルが壁を突き抜け、坑道(空間)に出てしばらくすると、地底の生存者がドリルを揺すったのですね。その振動がドリルの運転者に伝わって、生存を確信したらしいのです。私もドリルがいつ動くかもわからないのに手紙なんてどうやって付けたのだろう?とそれはずっと不思議だったのです。
しばらくしてドリルを引き上げると、先端に赤いスプレーが吹きかけられており、地底の生存者の一人が結わえた個人的な手紙に救助隊が気付きました。実は、件の有名な「33人は避難所で元気だ」の手紙は粘着テープでぐるぐる巻きにされており、はじめは見逃されていたらしいです。
33人は発見されるまでの17日間で平均10キロ痩せていました。しかし、元々太っていたものが多かったのと、4日目に岩盤から湧き出す地下水が発見されたので、なんとか最低限生存することが出来たのです。
精神的には、何より信仰心が役立ったらしいですね。
いずれにしても、33人は「沈黙の協定」を結んでいるのでこの17日間の本当のところは未だに明らかにされていません。
著者は生存者にインタビューを申し込みましたが、ほとんど法外な謝礼金を要求されました。
ただ、ひとりは、ニワトリ3羽で説き伏せて短く話は聞いたみたいですが(笑)
いずれ映画に……なるかもしれませんね。ちなみにあれから一年後の33人の生存者はすべてが幸福というわけではないようです。
もうひとり、あのとき目立っていた人、チリのピニェラ大統領。
彼にとって、あの事件は政治的計算ではなく、政治生命を賭けたミッションでした。
そして、短期的な勝負には勝ったのです。彼の支持率は63%にまで上がったのですから。
しかし、2011年6月末時点での支持率はなんと、31%にまで落ち込んでいたのでした……

共同通信の記者らしく国際的で面白い本でした。
しかし、欲をいえばドリルとかの救出アイテム、生存者の写真があればねえ。
それに救出劇の最後の一日を、救助隊の話も交えながらもっと詳しく知りたかったと思います。



「ラバウル航空隊の最後」渡辺紀三夫

太平洋戦争時、ラバウルで陸攻機の整備兵をしていた方の戦記です。
一式陸上攻撃機は乗員7名をくわえた総重量9トン半。搭載爆弾は攻撃目標により60キロ爆弾12発、250キロ爆弾4発、800キロ魚雷1本。燃料は満タンで4900リットル、ドラム缶で25本。機銃は尾部に20ミリ機関砲、前方、中央、中部左右の窓に7.7ミリ機銃を装備していました。
著者は機内の整備点検と試験飛行の同乗をする飛行班の整備兵で、ほかに燃料搭載を受け持つ燃料班、爆弾、機銃の手入れをする射爆班、エンジン、プロペラの組み立て交換を行う整備班、各種計器の調整をする計器班がありました。
整備の仕事は、毎日毎夜の出撃に備えて毛先ほどの失敗も許されぬ完全装備を求められながら、目立たず、縁の下の力持ちという印象ですね。搭乗員が乗り込む前に整備を済ませ、出発準備を完了し、暖気運転もしています。それでいで失敗のときには大きな責任をとらされます。失敗してもどこ吹く風の大本営参謀部とどちらが人間として上でしょうかね。

著者の渡辺紀三夫氏は、昭和17年11月18日相模野海軍航空隊において普通科整備術練習生教程を卒業、横浜から列車で30時間ほどかけて鹿児島の第七五一航空隊(元の鹿屋空)に配属されます。
輸送船で佐世保を出港、約10日でラバウルに到着し、原隊のあったニューアイルランド等カビエン基地に到着したのは、昭和17年12月中旬でした。
テニアンで半年訓練したのち、昭和18年9月再びラバウルへ。そして終戦後、昭和21年5月に復員船に乗せられるまでずっとラバウルです。珍しいですね。まさに「ラバウル航空隊の最後」というタイトルにふさわしい戦記です。
昭和19年2月に航空隊の搭乗員らは引き上げ、地上勤務員も半数は輸送船でラバウルを離れますが、連合軍の攻撃によってほぼ壊滅します。残留組となった著者は、結果的には運があったのです。たとえ、その後の熱帯での生活がロビンソン・クルーソーのようなサバイバルであったとしても……

興味を引く逸話は多いです。敵の大規模爆撃によって航空隊隊員が多数戦死したときその棺桶に250キロ爆弾の空箱を使ったこと。零戦搭乗員のするマフラーは伊達ではなく、発着時の衝撃から首を守るためであったこと。椰子林への爆撃で樹上の2メートルのオオトカゲが下に落ちてそれを焼いて食べたこと、撃墜機数を胴体の桜の花マークであらわした空母瑞鶴の歴戦の零戦たち。廃機材からライター、懐中電灯を作った話。山本五十六連合艦隊司令長官の戦死はすぐに知っていたこと。とにかく、甘いものを腹いっぱい食べたい、銀飯を腹いっぱい食いたい、それが出来たら死んでもいいと思った苦しい敗残の窮乏生活。
終戦時、ラバウルには陸軍の司偵1機、零戦3機、艦攻1機しかありませんでした。
さらばラバウルよ、永久にかがやく南十字星の下、戦友の霊よ、安らかなれ。
日本海軍の威容を誇ったラバウル航空隊の始末を最後まで見届けた、読まずに語れぬ鎮魂歌でした。

付録として、終戦時、航空機引渡しのためラバウルから連合軍基地へ愛機であった百式司令部偵察機を操縦した佐藤輝雄氏の「最後の百式司偵帰投せり」が収録されています。
これもまたラバウルの幕引きを知る上で欠かせないエピソードであったと思います。


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