「タイム・リープ」高畑京一郎

 1995年に刊行されたタイムトラベル系青春SF。
 一見ラノベふうで読みやすいですが、内容を完璧に理解するのはとても難しい。
 私はあえて単行本を選びましたが、ひょっとしたら文庫本のほうがよかったかもしれません。
 手直しされている可能性があるので。
 主人公である高校生の女の子の意識だけが体はそのままで日付の前後にタイムワープ(本作ではランダムタイムリープという呼ばれ方)するのですが、その時系列を把握するのが一回読んだだけでは、ちょっと困難ですね。
 この困った女の子を助けるクラスメートの男子がいて、彼の時系列は正常なので、彼の視点から複雑にこんがらがった物語を整理しようとするのですが、これはひとつの罠であり、ますます理解できなくなります。
 なぜなら、ある時点から過去を変えないために情報を規制してしまうのですね、彼らは。
 少なくとも中盤に差し掛かるまでは、多くの方がどこがどうなったのかわからないと思います。
 それでも、冒頭とラストの繋がりを考えたりするのは、面白かったですね(後述)。
 真夜中に読み終えましたが、それから2時間、ああだこうだと考えて眠れませんでした。
 結局、また本を引っ張り出してきてきになる箇所を読み直したりしました。
 こういう本の楽しみ方もあるのですね。そういう意味では良作だったと云えるでしょう。
 作中、男の子の口を借りて有名なタイムトラベル作品(ラベンダーは時をかける少女、車はバック・トゥ・ザ・フューチャー、猫が扉を探すのは夏への扉)に触れられていますが、どの作品にも似ていません。
 体はそのままで意識だけが時空を超えてしまうのというのが、本作の肝です。
 唯一、タイムリープという言葉は名作であるアニメ版の時をかける少女でも使われていましたが、本作が出処であるのかそれは知りません。刊行は20年以上前なので、ひょっとしたらそれ以降のSFに影響を与えている部分もあるのかもしれないですね。ただ、似ているジャンルとしては、私は「ぼくは明日、昨日のきみとデートする」のほうが構成としては格段によく出来ていると思います。

 少しだけ導入。
 主人公は、進学校である県立高校の2年生女子・鹿島翔香。
 異変が始まったのは、彼女が月曜日だと思って登校した日が火曜日だったことから。
 翔香には月曜日の記憶がまったくなかったのだ。
 しかし、友達に聞いてみると、昨日(月曜日)の彼女はごく普通に過ごしていたという。
 わけがわからないまま帰宅した翔香は、日記に驚くべきことが書かれているのを見つける。
 日付は昨日(月曜日)のそこには、間違いなく彼女の筆跡で、「混乱しているだろうが、今はまだ何も教えられない。クラスメートの若松和彦を頼りなさい。彼以外には話してはいけない」と書かれていたのだ!
 和彦は、ハンサムな優等生だが女子に対して垣根があって、翔香は親しい相手ではない。
 なぜ記憶がないまま自分が日記に和彦の名前を出したのか謎のまま、水曜日、図書館で彼女は和彦に話をしようと試みるが、ベランダから突然植木鉢が翔香目がけて落ちてきて、彼女はそのまま木曜日の朝へと意識がタイムリープしてしまう・・・
 昨日から明日へ、明日から昨日へ、きっかけがある度に際限なくタイムリープしてしまう翔香。
 何が原因なのか、この現象に終止符は打たれるのか?
 翔香と和彦の謎解きが始まる・・・

 さっき書いた通り、私が一番気になったのは、冒頭はいったい何だったのかということ。冒頭とラストの関係。
 一通り読んだだけでは???でしたがもう一度目を通すと、うっすらとわかりかけたような気がします。
 両方とも和彦の部屋が舞台であり、時間的にも似通っています。
 しかし、ラストがハッピーエンド的であったのに対し、冒頭の翔香は怒っていますよね。
 つまり、冒頭でキスされそうになって怒った翔香は、部屋を出たとき階段から落ちて、そのまま火曜日の朝(彼女は月曜日だと思っていた)、物語の本編スタートへとタイムリープしたのです。
 注目すべきは、和彦が脇腹を痛がっていることで、つまりすべてが終わったあとに、彼女はもう一度はじめに帰ったことになります。ちょっとややこしいですけどね。
 どうしてそうなったかというと、すべてが終わって翔香自身から目をつぶって和彦のキスを待っていたのに、緊張してそれが恐怖と同意味になったのか、タイムリープしてまだ和彦のことをただのクラスメートとしか思っていない翔香と入れ替わったのですね。だから。和彦は「ああ、そういうことか」とびっくりしながらも大笑いしたのです。
 そしてラスト。うっすらと記憶が残っているような翔香。
 自分から階段の下にクッションを準備しようとしていることがヒントでしたね。
 彼女はもうタイムリープしないことを確かめるために、階段から落ちてみたのでした。
 結果、火曜日の朝にタイムリープすることはありませんでした。和彦は「おかえり」と言いましたが、それはわかっていながらの冗談であって、キスの前と後で翔香の意識の時系列が入れ替わることはありませんでした。その瞬間から新しい未来が始まっていくことになります。めでたし、めでたしと。
 とまあ、私はこのように解釈しました。
 冒頭で未来を変えないために翔香が演技をしているという説も考えましたが、よく読むとそれもあり得ないかと。
 けっこう、楽しめましたね。


 
 
 
 
 
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「ペンギン・ハイウェイ」森見登美彦

 私も、私の思い出も、みんな作りものだったなんて・・・

 第31回(2010年度)日本SF大賞受賞作です。
 普通の住宅街に南極圏にしか生息しないペンギンが現れたことを導入とし、続けざまに発生する摩訶不思議な事態に天才小学4年生のアオヤマ君を中心とするメンバーが謎を解決しようとするストーリー。
 一見ちょっとフワフワした感じのファンタジー小説なんですが、さすがは理系の作者だけあって最新物理学のエッセンスが加えられているところは見逃せません。
 しかも本作は2007年くらいの発表なんですが、女性物理学者リサ・ランドールが「ワープする宇宙」という多次元宇宙の存在を証明しようとしたベストセラー本が日本で刊行されたのも2007年ですから、まさに当時最新の理論を導入していたことになるかと思います。たとえばアオヤマ君のお父さんのセリフに「世界の果ては折りたたまれて、世界の内側にもぐりこんでいる」という言葉がありましたが、これなんてランドールの本を読んでいればヮ(゚д゚)ォ!とするはずですね。
 現実に宇宙には我々の住んでいる3次元世界より多次元の世界が存在して、それは小さく折りたたまれているので見えないということが推測されていますから。世界の果てというものが折りたたまれているという考えは作者のオリジナルでしょうがね、そういう発想ができるということ自体で本作は値打ちがあると思います。ただのファンタジーではありません。

 簡単にあらすじ。
 舞台は新興住宅街で、主人公は小学4年生のアオヤマ君。
 アオヤマ君は、幼くして大人に一目置かれる学者の卵。常にノートを持参して実験、研究を怠りません。
 どうやら社会的に地位の高そうな父親との知的なやりとりも、彼の生活に非常に影響を与えています。
 何かにつけ理論的に考えるアオヤマ君ですが、彼もまたひとりの男の子であり、興味のある女性はいます。
 それは通っている歯科医院で働いているおっぱいの大きなお姉さん。
 好きという理屈を超えた感情を制御できないまま、カフェでチェスを教えてもらったり彼はお姉さんと出会う一時を楽しんでいました。そんなとき、とんでもない事件が起きました。
 ただでさえ海のないこの街に、南極にしかいないペンギンの群れが現れたのです。
 ただちにこの怪現象を「ペンギン・ハイウェイ」(ペンギンが陸地から海を目指す道)と名付けて調査研究を開始したアオヤマ君。ところが、ペンギンの出処は、他ならぬ歯科医院のお姉さんであったことが判明し、彼は混乱します。
 一緒にいるときに、お姉さんはコーラの缶をペンギンに変えてしまったのです。
 さらには街の外れにある草原に、直径5メートルくらいの水で出来たような球体が空中で静止しているのを、クラスメイトの女子ハマモトさんが発見しました。「海」と名付けたこの謎の球体と、ペンギンを産み続けるお姉さんとの関係はいったい・・・!?
 少年科学者アオヤマ君の謎を解く冒険が始まります。

 思ったより切ないラストでした。
 物理的エッセンスといい、本当に懐の深い作家です。
 後にいくほど面白くなってきましたが、結局どういうことだったのでしょう。
 この物語で一番大きなイレギュラーは歯科医院のお姉さんでした。
 草原に浮かんでいた「海」が時空の穴であったとするならば、彼女はこの世の人ではありません。
 一瞬、これはすべてアオヤマ君の脳内ではないかと思っていたのですが、そうではなかったようです。
 第三者である彼のお父さんがお姉さんの存在を肯定していましたからね、事件のあとでも。
 もうひとつ小さなイレギュラーは、小学4年生になるまでアオヤマ君が海に行ったことないという事実。
 これはずっと謎で、この街も実は普通の3次元世界ではないのかも勘ぐりましたが、どうだったんでしょうねえ。
 ひょっとしたら、アオヤマ君は何らかの病気であった可能性もあります。旅行できないような。
 いやでも学校休んだときに、ずっと元気だったように書かれていたか・・・うーん。
 どうやら世界には解決しないほうがいい問題もあるようですね。
 同じように彼の小さな恋の行方もけっして解決されることはなく、記憶で塗りつぶされるべき問題なのです。
 何が悲しいって、それが一番悲しいよね。


 
 
 

「失われた地図」恩田陸

 残念ながら、これは読んではいけません、地雷です。
 これを読んで面白かったと云う人は、まずいないと思われます。
 直木賞受賞第一作がこれですからね。
 まさかのトラップでした(ー_ー;)
 アマゾンの批評も見ていなかったので、思いっきり、躊躇なく走って真上から地雷を踏みつけて即死しました。
 直木賞を受賞した「蜜蜂と遠雷」とは、まるでレベルが違うどころか違う人が書いたのかとも思えた。
 たぶん鼻くそほじりながら、片手間で書いたんだと思う。
 まあ、たまにあるんですよ、恩田先生はこういう失態が。だいたいが水準以上なんですけどね。
 ちょっとFTっぽい作品に、出てしまうんです。
 本作は、一応ホラーなのかな。
 軍都と言われる、東京や大阪、呉、横浜の市街や郊外に、「裂け目」という時空の割れ目みたいなのが現れて、そこから「グンカ」という軍服を着て鉄砲を持った亡霊みたいなのがわんさか湧いて出て、そいつらが直接には市民に影響を与えないんだけど、ナショナリズムとか右翼思想と結びついて、社会が悪い方向に進むのを助長するのです。
 それを防ぐのが、先祖代々特殊能力を持っている風雅一族。
 髪に風車のついたかんざしをさした風雅遼平、その元妻で俊平の母である鮎観、就職したばかりの浩平。オネエで関西方面の仕事を受け持つカオル、全国に出現した「裂け目」の情報を得て仕事の段取りをする煙草屋。
 彼らが、「グンカ」と戦ってそれを「裂け目」の向こうの時空に押し返すとともに、裂け目を縫い合わせて閉じてしまうのです。
 むろん、時空の割れ目ですから、「グンカ」だけではなく、あらゆる時代の無念の思いを引きずった魑魅魍魎の類もまた、彼らの行く手を阻むことになります。
 
 まあ、どこが面白くないってすべてなんですが、まずキャラクターの人間関係など設定の説明がなさすぎ。
 いきなり本題に入って補足なしですから、これなにかの続編に違いないと早合点したくらいです。
 浩平なんてぼそっとセリフつぶやくだけで、何者なのかさっぱりわからない。
 風雅一族が、なぜ「グンカ」と戦っているのかも、まったく説明なし。
 だいたい「グンカ」というのが、一つ星の帽子を被っているて中国兵でもないのに、何なのかさっぱりわからない。
 かんざしで裂け目を縫うってのも、馬鹿馬鹿しいですよね。
 遼平は髪にさしてある風車のかんざしで、裂け目から流れ出る風を感じて、さらにそれで裂け目を縫って閉じるのですが、まったくのマンガ。カオルにいたっては、大きなグローブみたいな手でアイロンみたいに裂け目を溶かして閉じるのですよ、アホらしい(笑)ヤマトが波動砲撃ったのは、もう呆れるのを通り越して苦笑しました。
 何を思って(思ってないのでしょうが)、恩田陸ともあろう作家がこんな設定をしたのかほんと不思議に思う。

 やはり恩田陸のホラーやFTみたいな作品は、「三月は深き紅の淵を」とか「黒と茶の幻想」「黄昏の百合の骨」のようなのがダントツに面白くて、恩田陸らしさが一番出ているんじゃないですかね。
 もちろん「夜ピク」や「蜜蜂と遠雷」みたいなガチンコの青春小説もいいんですけども。
 美人の先輩に憧れる後輩みたいな設定で、怪しげな校舎の奥の方で何やらゴソゴソしているというのが、いかにも恩田陸らしい。雰囲気作家ですからねえ。オチを求めているわけではないのですよ、この方には雰囲気を求めているのです。


 
 
 
 
 

「夜行」森見登美彦

 第156回(2016年度下半期)直木賞候補作になった「夜行」を読みました。
 とても幻想的な作品で、読み終えたあとはまるで夢を見ていたかのように、ぼんやり。
 物語全体が、濃霧のなかに包まれているみたいで、実感がありません。
 珍しい後味の作品だと思いました。変わってる。
 「蜜蜂と遠雷」が相手では仕方ありませんが、十分に張り合うことのできた一作じゃないですか。
 理系の作者ならではの、サラサラとしたねっちょりしていない文章は読みやすいですし、この方は京都を舞台にした物語が専門のようですが、魔境が似合う夜の京都の情景が目に浮かぶようで趣があったと思いますね。

 導入。
 鞍馬の火祭の夜に、仲間のひとりがまるで虚空に吸い込まれたかのように姿を消した。
 彼らは同じ京都の英会話スクールに通う生徒たちで、消えたのは長谷川さんという大学2回生の女の子だった。
 警察による捜査も虚しく、何ひとつ手がかりはなく、未解決のまま事件は風化した。
 そして10年。
 あのときの5人の仲間たちは、再び鞍馬の火祭に会合する。
 貴船の宿で、それぞれが旅の思い出話をするうちに、ある奇妙な符合に気付く。
 それは岸田道生という亡くなった銅版画家の描いた奇妙な版画が関係しているということだった。
 「夜行」と名付けられた全48作のシリーズで、ビロードのような黒の背景に白い濃淡だけで描きだされた風景は、永遠に続く夜を思わせる。いずれの作品にも、目も口もなく滑らかな白いマネキンのようなひとりの女性が描かれている。
 岸田道生は、日が昇る前に眠って日が沈んでから起きるという生活を続けていた。
 彼は連続する夜の世界で暮らしていて、そこで想像した日本各地の風景を作品にしていたという。
 10年ぶりに会合した5人の仲間たちは、それぞれの旅の風景で、「夜行」の場面に遭遇していた。
 そして、不気味な世界が彫り込まれた版画の漆黒の世界に、気づきもせぬまま魂を絡め取られていたのだった。
 おそらく10年前の長谷川さんと同じように・・・

 5人は、リーダーの中井、一番年かさの田辺、紅一点の藤村さん、一番年下の武田君、そして大橋。
 順番に、己の体験した不可思議な話を披露していきます。それが章構成になっています。
 トップバッターは中井で、彼が尾道に行った奥さんを連れ戻す話だったんですが、なんか違和感を感じました。
 ? みたいな。だって中井はホテルマン殺したんじゃないですかね。なんでのほほんとここにいるんだろと思って。
 その流れで次の武田君の話は、ほんとに怖かったです。これがマックスだったと思いますね。
 4人のうち誰か2人が死ぬような話で、私は武田君自身が死んだと思いました。おそらく武田君と美弥さんの内通していた2人が霊感おばさんの予言通り死んだと思いました。でも、貴船まで来てるということは武田君は生存していたということです。
 ?? ですよね。
 最年長の田辺の話で、あることに気づきました。
 天竜峡に向かう電車の中で出会った不思議な女子高生が「悩んでるつもりですけどね」っていうセリフを言うのですが、これ、中井の話であった長谷川さんのセリフそのままなんですよ。
 「あ、これ、ひょっとしたらそれぞれの話に長谷川さんが姿を変えて紛れ込んでいるんじゃないか」と思ったんです。
 武田君の話ならば瑠璃、藤村さんの話では佳奈ちゃん、というふうに。
 10年前に消えた長谷川さんは、形を変えてそれぞれの人生に登場しているのではないかと。
 
 結果、違ったわけですけどね。
 マルチバースといいますか、表と裏、、陰と陽、夜行と曙光という多元世界が種明かしであったわけです。
 もちろん、10年前の鞍馬の火祭で消えたのが長谷川さんや大橋ではなく、中井であったり藤村さんであったりした世界もどこかに存在するのではないでしょうか。人間消失はともかくとして、その時その時の選択によって宇宙は無限に分岐していくというのが、現在の物理学の考え方の主流になっています。
 私やあなたがブログをやったり見ているのではなく、既に死んでしまっている世界もどこかに存在しているはずです。
 結局、「夜行」という版画は、怪奇現象を引き起こしたわけではなく、謎を解くモチーフになっていたということです。
 でも、夜のほうの世界は少しおかしいと思いますけどね・・・
 ひょっとしたら、夜の方は完全に閉ざされているのではなく、たまに光が紛れ込んでいるのかもしれません。


 
 

「コンテクスト・オブ・ザ・デッド」羽田圭介

 生物として、魂の入れ物としての肉体は、まぎれもないオリジナルだ。
 しかしそこに入れられた中身も、オリジナルだといえるか?
 教育や社会的規範、身の回りに無数に飛び交っている文脈を疑うことなく吸収することで、
 中身のようなものが形成されていった。
 つまりそれは、漂っていた無数の文脈を、ただ己の心身に転写しただけではないか。


 どういうジャンルといえばいいのか、ゾンビモノなんですが、単純なエンタメ系ホラーとは云えません。
 作者が作者ですからね、はんかくさい文学性が濃厚に臭う。
 むしろ中間小説といってもいいかもしれません。
 もっとも、今更ゾンビホラーにエンターテインメントとして新しいネタがあるのかというと怪しいですから、本作は、ゾンビを大多数の画一化というメタファーとした文芸作品であるという視点も成り立つでしょう。
 問題は、それがあるばかりに読み物としての面白さを損ねていることです。
 面白けりゃいいんだよじゃだめだと作者も物語のなかでキャラクターに言わせていますが、それは卑怯だとも思う。
 ハッキリ言って本作のようにどっちつかずの中途半端になるよりは、ベタなスプラッターのほうがいいと思います。
 綾辻行人のあれなんだっけ、殺人鬼でしたか? あんなようなのでいいんじゃないですか。
 なかには創作活動に関する面白い表現も目立ち、あとにいくほどゾンビと人間のバトルシーンも慣れたのか描写に迫力が増してくるのですが、しょせん、羽田にはこの辺が限界かなと、作者の事象の地平線を露呈する一作となりました。
 
 簡単にあらすじ。
 大手出版社の文芸部編集者である須賀は、小説家と待ち合わせた場所に向かう途中、渋谷のスクランブル交差点で人だかりを発見、のぞきこんでみるとそこにはゾンビがいた。ゾンビは知らずに通り過ぎようとした女性に噛みついた。
 日本だけではなく世界中に、映画の中だけの存在だったゾンビが大量発生。
 ゾンビ化の原因は不明で、病原菌やウイルスは発見されなかった。
 心停止し、体温が21度ほどまでに下がり、脳幹以外の脳部分は極度に不活性化し、顔は青っぽく、ゆっくりとしか歩けないというのが、これまでにわかっているゾンビの身体的特徴だ。
 ゾンビになった人間は、尻の上に特徴のある斑が現れる。映画のように脳を破壊すると死ぬ。
 問題はゾンビ化するまでのステップで、一度死んでからゾンビとして蘇生する場合、ゾンビに噛まれやがて生きながらにしてゾンビなる場合、火葬され遺体すらこの世に存在しないはずなのにどこからかゾンビとして復活し現れる場合、の3パターンがある。
 物語の主な登場人物は、須賀を含め6人。
 売れない小説家のK、10年前Kと同じ文学新人賞を受賞した美人作家の理江、区の福祉事務所でゾンビ通報ダイヤルを担当している新垣、ゾンビがいないという北海道に一家で疎開する南雲晶、17歳の女子高生で不幸にもゾンビに噛まれてしまった青崎希。彼らは、ゾンビが徘徊する社会をそれぞれの方法で生き抜こうとする。
 はたして、生き残るのは誰か? それとも人類は全滅するのか・・・

 ゾンビ化するパターンなんですが、火葬されて遺体がないのにゾンビとして復活とありますが、あれはそっくりさんのコピーだと思いますね。この小説は、ゾンビは没個性のメタファーとして描かれていますから、そういうことなんじゃないかと。
 ゾンビ小説に神経質な整合性もクソもないかもしれませんが、遺体が無いのにゾンビになるのはやはりおかしいのでね。
 一体目のゾンビがこの世にどうして現れたのか、それはあらゆるゾンビ映画でも最大の謎なんですが、この小説の場合は噛まれないまま大量発生というところでしょうね。
 まあ、好意的な見方をすれば、噛むイコール影響を与えるというメタファー的な読み方もできるわけで。
 直接、影響を与えなくとも(噛まなくとも)、どんどん影響を受けてしまう、受けたがる凡人たち、ということでしょうか。
 あとは・・・
 大御所作家の女性の耳を甘噛みする大先生、あれはモデルがいるような気がするなあ。WJ?


 
 
 
 
 
 
 
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