「陰陽師 付喪神ノ巻」夢枕獏

 ご存知人気伝奇小説のシリーズ第三巻。
 漫画も映画も有名。私は今更ながらに読んでる。
 正直、第一巻を読んだときは失望しましたが、ここにきて形も整い俄然面白くなってきました。
 連作の短編なんですけどね、ストーリー以外の情趣の描き方もあんがい気に入っています。
 晴明が式神に使いそうな草花もさることながら、今とは全く違う1千年以上前の平安時代の風俗を偲べば楽しいです。
 考えてみればハッと気付く、ということが多くて。
 もちろんなんですけど、娯楽の形が全然アナログなんですよね。
 晴明のパートナーである博雅も管弦の名手ですが、音楽を楽しむのもすべて生演奏なんですよ。
 これすごいことですよね、おそらく当時の人びとは今の我々よりも耳が音に敏感だったはずです。
 ですから、名手の手による笛だとか琴の音を聴けば、さぞかし幸せな気分になれたのではないでしょうか。
 これはある意味、うらやましいなあと思う。
 文明が遅れているほうが幸せな部分もあるということです。芸術なんて特にそうかもしれない。
 堀川の橋にあたりで博雅が夜中に笛を吹いて歩けば、やんごとなき姫君が牛車に乗って建物の陰に控えながら聞き惚れているかもしれない。今と違って真っ暗だから音がなければ見つからない。
 光が少ないということは、闇に対して人が敏感であるということです。
 だから本作が参考にしているような、闇の世界と人の世界が共存している今昔物語みたいなのが創造されたのかもしれませんねえ。見えないからこそ、見てしまうんだろうねえ、心で。
 そういえば、本作ではあらためて「呪(しゅ)」がこれでもかと説明されていました。
 呪とは、それに相対するものの心によって作られる縛りのことだと私は理解しています。たとえば自分が好きな女性を友達に知られたとするとそれだけである程度縛られています。また、言葉はそれ自体が呪になるのではなくて呪を盛るための器だとも書かれています。やはり呪とは心の世界なのです。そして、現(うつつ)の物事が現代より極めて少なかった当時にこそ、恋愛はもちろん社会における呪(しゅ)の占める幅が大きかったのではないかと思うのですね。
 もっとも、私だってまだまだ博雅が「わからん」と言っているのと同じようなレベルなのですが。
 これから巻次が進むにしたがって、理解も進んでいくことを愉しみにしています。「呪」こそこの小説の核だと思うのでね。

「瓜仙人」
 天皇の用事で長谷寺に赴いた帰り、源博雅は奇妙な翁に出会った。翁は自らを堀川の爺と名乗り、奈良から京へ瓜を運んでいた人足から瓜の種だけもらい、博雅から水だけもらって、瞬く間に熟した瓜の実へと育てる妖かしを披露してみせた。実はこの爺、晴明の師であった賀茂忠行の友人で方士の丹蟲先生という。晴明と丹蟲は、何やら妖物が出るという噂の五条堀川の旧三善清行邸で邂逅する。
「鉄輪」
 京の北、貴船神社に毎夜丑の刻参りをしている女がいた。宮の者が迷惑がって「そなたの願いが聞き入れられた」と嘘を言うと、頭に鉄輪(かなわ。鍋の土台)を逆さにして蝋を立てた気味の悪い女は喜んで帰っていった。女の呪っていた男は藤原為良といい、女は為良に捨てられたのだ。請われて騒動解決に出張った晴明と博雅の前に、生成(女が鬼になったものを般若というが、生成はその前の段階で鬼でもなく人でもないもの)になった女が現れる。
「這う鬼」
 神無月の頃。四条堀川のさる屋敷に貴子という女主人が住んでいた。この屋敷の長宿直をしている遠助という男が出張の帰り、鴨川の橋のたもとで見知らぬ女から包まれた文箱のようなものを渡された。この箱を貴子に届けてほしいという。そのまま自宅に帰った遠助だが、浮気を疑った妻女がその箱を開けてしまう。すると驚いたことに中にはくりぬかれた目玉と陰茎、そして何やら動くものが飛び出してきて・・・
「迷神」
 清明のライバルともいえる播磨の陰陽師・蘆屋道満がシリーズ初登場。昔から播磨は陰陽師や方士を産出する国であった。亡き夫にひと目逢いたい女に施した反魂の術を巡って、清明と技くらべをする。
「ものや思ふと・・・」
 宮廷人たちが左右に分かれて用意してきた和歌の優劣を競う歌合(うたあわせ)。300年の歴史で500回催されたという歌合だが、天徳4年(960)3月30日に村上天皇が催した内裏歌合がもっとも規模、品格とも抜きん出ていたという。当時の平安京を代表する貴族、教養人、芸術家が一堂に会したのである。この歌合ではふたつの事件が起こった。歌を吟じる講師だった源博雅が詠む歌を間違えたこと、もうひとつは惜しくも勝負に敗れた壬生忠見がそれを気に病んで亡くなったことである。忠見はそのまま鬼になって和歌を吟じながら京の街をさまよい、内裏にまで出没するようになった。そう、この話はシリーズ第一巻巻頭の話の続編ともいえる作品で、事件の裏側が明らかにされる。我らが博雅の失態の謎も・・・
「打臥の巫女」
 藤原道長の父である藤原兼家は異例の出世街道を爆進中で、ついには兄の兼通の官位を抜いてしまった。その裏には、ある女予言師の宣託があり、夜な夜な兼家はその女の元へ通っているという。ある日、女の口から「今日買った瓜に気をつけよ」と言葉が出、「私には手に負えぬから安倍晴明に相談せい」と兼家は言われた。清明が兼家の買った瓜を割ると、中から真っ黒な蛇が這い出てきた。何者かが兼家を妬んで呪いをかけたのである。これも久しぶりに八百比丘尼が再登場。
「血吸い女房」
 中納言藤原師尹から相談があるといって呼び出しを受けた清明。いつものように。博雅と酒を飲んでから「ゆくか」「うむ」「ゆこう」「ゆこう」と、ふたりで怪事件解決に赴く。師尹の屋敷では、寝ているうちに住み込みの女房たちが何者かに首から血を吸われるという気味の悪い事件が起きていた。武士が寝ずの番をしても効果がないのだという。


 
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「陰陽師 飛天ノ巻」夢枕獏

 闇と光が混在する平安時代の京都を舞台にした伝奇小説のベストセラーシリーズ「陰陽師」の第二巻。
 枠が固まり、初巻より断然面白い印象。
 安倍晴明と源博雅の掛け合いから始まる物語を定型とした連作短編7篇。
 
 昨日、NHKBSで京都異界物語みたいなのをやってました。ちらっと観ただけですが。
 京の都は、陰陽五行説や風水に基いて造られた、巨大な呪法空間です。
 そもそも平安京は、桓武天皇が怨霊から自分の身を守るために長岡京をわずか10年で捨てて造られたものなんですね。北方に玄武の船岡山、東に青龍の賀茂川、南に朱雀の巨椋池、西に白虎として山陽、山陰の二道を配し、鬼門の方角である東北には比叡山延暦寺が置かれています。
 内部では常に権力争いがあり、殺人の呪法なども日常的に行われていました。
 京の都は、深い闇と鬼とをその内部に育てていく、呪詛の温室であったのです。
 このような背景をふまえて、陰陽師と呼ばれる、呪詛の技術者たちが生まれていったのです。
 安倍晴明が有名になったのは、このシリーズの力が大きいね。漫画や映画にもなったし。
 「今昔物語」を読んでいればこの話ももっと面白いんでしょうが、残念ながら私は知りません。
 私にとって何が新鮮かって、式神が新鮮。
 式神とは、陰陽師が操る精霊や気のことで、晴明は屋敷の庭に咲いている草花の式神を身の回りの世話や用事に使っているのですが、彼女らが実に可愛らしい。
 木犀の薫、竜胆の青虫、藤の蜜虫など。晴明が呼べば「あい」と言って綺麗なべべ着て現れるんですよ。
 「君は野菊のようだ」じゃありませんが、そうか、女性を花に喩える文化が日本にはあったなあと思いまして。
 といっても今「君は芍薬のようにたおやかで美しい」と言っても「は? 漢方薬?」と言われるのがオチでしょうけど。
 晴明や源博雅のように酒を飲みながら庭の草花を愛でる、最高じゃありませんか。
 物の怪や鬼が出るのは嫌だけど、そういう情趣のあるところは今より平安時代のほうがいいですよ。
 ちなみに、本作で源博雅の設定が明確になりました。
 父は醍醐天皇の第一皇子克明親王で、従三位に叙せれている殿上人。音楽の才能がある雅楽家だそうです。
 どっちかというと、四角四面の武人のようなイメージでしたが、違うようですね。ドジなのは相変わらずです。

「天邪鬼」
 上賀茂の山中に、奇怪な子どもの物の怪がでるという。人間が「通りたい」と言うと絶対に通さず、「通らない」と言うと無理に通してくれるが朝まで同じところをグルグル回っているだけらしい。同じ頃、教王護国寺(東寺)の仏師が晴明の元にやってきて、ずっと彫っていた四天王寺像の足に踏みつけられている邪鬼が、元の彫刻からぱっかり抜けてしまったと告げる。
「下衆法師」
 辻で外術(魔法、手品)を見せて商売をしている青猿法師に、絵師の寒永翁が弟子入りしたいと言い出した。青猿は、寒永を師匠に会わすと言って深い山の中に連れて行くが、はたして師匠の正体とは・・・
「陀羅尼仙」
 陀羅尼経とは、すべての悪魔や外道を調伏する真言のことである。ある比叡山の坊主が、仏道ではなく仙道に憧れ、仙人になるために山を降りた。坊主はやがて厳しい修行の末、血なく肉なく毛におおわれ、奇妙な骨を持ちふたつの翼を持つに至った。ある日、空を飛んでいると懐かしの叡山から陀羅尼経が聞こえる。思わず仏堂に降りて聞き惚れていると、なぜか空が飛べなくなってしまった。
「露と答へて」
 白玉がなにぞと人の問いし時 露と答へて消えなましものを
 藤原兼家が夜、女のもとへ通う途中に百鬼夜行に出会って死ぬ思いをしたという。その真相とは!?
「鬼小町」
 八瀬の山里の荒れ寺に老法師が住み着いたが、毎朝、気品のある老婆が通ってくるという。
 小野小町と深草の少将。晴明にさえ救えぬ、ふたりの絡まった魂縛の行方。
「桃園の柱の穴より児の手の人を招くこと」
 源高明が住んでいる高名な桃園邸で怪異が続いているという。柱の節穴から、夜になると稚児の手が這い出てきて人を招くのだ。高明が弓矢を打ち込むと、屋根から人の指が落ちてくるようになった。やがてカエルが落ちてくるようになり、ついにはアオダイショウがぼとぼと落ちてくるようになった。その話を聞きつけた源博雅は、晴明に怪異の調伏と謎解きを迫る。
「源博雅堀川橋にて妖しの女と出逢うこと」
 三条東堀川橋に女のあやかしが出るという噂が、清涼殿の宿直をしている武士の間で広がった。夜な夜な女が橋の上に現れ、通ろうとする武士を通せんぼし、改修が迫っている堀川橋の工事の延期を求めるという。剛の者が次々とあやかしに翻弄され、ついに源博雅に出番が回ってくる。彼は晴明抜きで怪異の謎を暴けるだろうか・・・


 
 
 
 
 
 

「陰陽師」夢枕獏

 夏だし、何か長い伝奇系のシリーズを読もうと思いましてね。選んだのがこれ。
 映画にもなりましたし、陰陽師・安倍晴明という名前をメジャーにしたロングセラーです。
 現在もまだ進行形でしたっけ、、長いシリーズはハマれば楽しさ倍増ですからね。
 ひょっとしたら第一巻である本作だけは、昔に読んだかもしれませんけど。
 うっすら、記憶がだぶっているような箇所がありましたから。
 まあ、第一巻ということで、作者も手さぐり状態なのがわかりました、今読んでみれば。
 それほど面白いわけではありません。
 陰陽師の説明を兼ねて、連作の短編が6篇。
 文字数は極めて少ないです。サッと読める。反面、奥行きが浅い。
 会話も現代語だから読みやすいです。反面、1千年前の時代を感じる雰囲気が壊れています。
 伝奇小説の醍醐味である不可思議さ、怖さはどうでしょうか。
 前5篇はそうでもないと思いますけど、主人公の安倍晴明と対峙する物の怪の正体には意外なモノもありました。
 そして最終作の「白比丘尼」は、気色悪さにおいて申し分ない伝奇短編小説の傑作であると思います。
 また、伝奇系にありがちなトッピング「怪奇エロ」は、少なめながらも、爺さんの目の前で孫娘がカワウソの化け物と毎夜痴態を繰り広げるという強烈なのがトッピングされていました。

 では、登場人物の説明と各篇の簡単な概略。
 時は闇が闇として残っていた、平安時代。
 主人公・安倍晴明は、陰陽師です。陰陽師とは朝廷の役職であり、星の相を観、人の相を観、方位を観、占いもし、呪術によって人を呪い殺すこともでき、幻術を使ったりします。鬼や物の怪などのあやかしを支配する力を持っています。
 安倍晴明の師匠の賀茂忠行は、惜しげもなく己のすべての技を晴明に引き継ぎました。
 若いときから、晴明には陰陽師としての天賦の才能があり、数百年いや数千年にひとりの天才だったそうです。
 晴明の家屋敷は、内裏の中心にある紫禁殿から見て北東、すなわち鬼門に配されていました。
 安倍晴明は、目に見えないあやかしや怪異から都を護る、霊的な守護者だったのです。
 そしてもうひとり、重要なキャラクターが源博雅。
 彼は30歳代後半の武士で、晴明の友人です。ということは、晴明も同じくらいの年頃であると思われます。
 シャーロック・ホームズが晴明とするなら、博雅はワトソンくん。
 博雅が清明の屋敷を訪れて、最近の都で起こっている怪異譚を話すことから大体の物語は始まります。
 その前に、晴明の屋敷を訪れた博雅が、清明の使う式神(普通は目に見えない精霊)に驚いたり、身構えたりすることがお約束になっています。ネズミや猫が喋ったり。これは今度はどんな仕掛けがと、読んでいる方もなかなか楽しいものです。

「玄像といふ琵琶鬼のために盗らるること」
 醍醐天皇の秘蔵の舶来品である琵琶「玄像」が、盗まれた。以来、毎夜羅城門の上から、異国の旋律と思われる哀切極まりない調べが聴かれるようになった。その恐るべき正体とは・・・
「梔子の女」
 くちなし、と読みます。妙安寺に、毎夜あやかしの女が現れるという。その女には口がない。
 奇妙奇天烈な女の正体を清明が解明する。
「黒川主」
 鴨川の鵜匠の前に現れた、謎の黒狩衣の男。やがて彼は黒い尻尾を生やしたまま、鵜匠の屋敷に入り込んで孫娘を犯すようになり、孫娘は妊娠する。人の因果と獣の因果の間に生まれた子の行方は・・・
「蟇」
 ひき。ひきがえるのことです。応天門に、あやかしが出たという。それは100年前、いたずらで子供が蟇を殺めてしまったことに端を発していた。呪われた一家。悲劇の行方は・・・
「鬼のみちゆき」
 夜の都路で、牛がいないのに道を進む牛車が目撃された。中には鬼が乗っており、行く手を阻む者を食い殺すという。牛車はどうやら帝に用事があり、内裏を目指しているようだ。清明と博雅はこの怪異を食い止めようとするが・・・
「白比丘尼」
 珍しく、清明のほうから博雅に連絡があった。人を殺したことのある太刀を持って屋敷まで来てくれという。
 博雅は父が盗賊を退治したときの太刀をもって、清明の元へ急ぐ。
 そこでは、ひとりの見目麗しい比丘尼が庭に端座していた。これから、30年に一度の、禍蛇追いの法をやるという。
 比丘尼の体内から出てきたおぞましき異物の正体とは・・・


 
 


 
 
 

「荒神」宮部みゆき

 少しあらすじというか、触りだけいきましょうか。
 時代は、天下が治まって百年、五代綱吉公の御世。
 陸奥の南端、下野との国境の山また山のなかに、瓜生氏の統治する香山藩1万石がある。
 山深い香山藩だが、立藩後間もなく〈山作り〉と称する山の開拓や植林を積極的に行い、香木や生薬の生産が盛んとなって、特産物の名は江戸まで広まり、藩の財政に大きく貢献していた。
 道なき山道を切り開くその道程は困難を極めたが、百年弱を経過した今、藩の南方から始まった山作りは、最も手強い北方を残すのみとなっている。
 その北方の先には、大平良山という、土地の者たちにとって山神の住まう神聖な場所がある。
 大平良山は、香山藩の東方と北方で国境を接する永津野藩3万石の領地だった。大平良山は、その足元にこぶのように突き出た小平良山という小山を持つが、この小平良山は香山藩領である。
 道もなければ人も住まない山深い香山藩と永津野藩の国境に、それと見てわかる境界線はない。
 しかし、両藩はその国境の近辺に、砦を設けてお互いを監視、睨み合っていた。これにはわけがある。
 遡れば香山藩と永津野藩は一国を源としていた。関ヶ原の戦いを前にして、古くからこの地を治めていた竜崎氏が西軍の上杉家に味方したのに対し、家老であった瓜生氏が主家の方針に従わず国を割って徳川方に通じたのを機に、2つの藩が生まれたのだ。当然といえば当然、百年経っても永津野藩では香山藩が不当に奪われた土地であり、取り返す権利があると考えられている。
 しかし世は太平であり、いまさら戦乱騒ぎなど起こそうものならお家取り潰しの絶好の餌食となるのは明らか。
 ゆえに両藩は表向きには主藩と支藩の間柄とされながら、裏ではきな臭く燻っており、大平良山系は隣り合わせで睨み合う香山藩と永津野藩の火薬庫となっていた。
 実際には、曽谷弾正という流れ者の武芸者が、永津野藩で微禄を得たあと知略を以て藩主竜崎高持の側近に抜擢されて権勢をふるうようになってから、永津野領から香山領に踏み込んでの探索や人さらいなど、武力に勝る永津野藩の示威活動が本格化していた。金山に頼っていた永津野藩は、鉱脈が枯れてより香山藩のように山の開発が上手くいっておらず、香木や生薬の生産の機密を知りたがったのだ。まともにやり合っては敵わない香山藩は、恫喝外交に対し時にはエサもちらつかせながら粘り強く交渉に当たっていた。そんな折・・・
 不可解な事件が勃発した。香山藩の山作り最北方の開拓村である仁谷村のおおよそ十五世帯が火事で焼け、あるいは打ち壊されて見る影もない無惨な有り様となり果てて、村人が一人残らず姿を消してしまったのだ。
 ついに、永津野藩による侵攻が始まったのか!?
 ただひとり逃げ延びた子供の言では、蝦蟇とも蛇とも蜥蜴ともつかない正体不明の巨大な怪物が、夜の間に寝静まっていた村を襲ったというのだが・・・
 禁断の“止め山”と封じられた絵馬の謎を巡り、両藩そして国境(くにざかい)に暮らすそれぞれの村人の運命は驚天動地の波乱の渦の巻き込まれていく・・・宮部みゆきの贈る傑作伝奇ミステリー。

 傑作は大げさかもしれませんが、私的にはけっこう面白かったです。
 そりゃまあ、いくら伝奇モノで何でもアリといえど、「そりゃ変だわ」「そりゃないわ」というところはありますよ。
 でもそれを補って余りあるのが、大勢のキャラクターたちの魅力です。
 脇役に至るまで、すべてのキャラクターが余すところなく活かされています。
 このへんがプロ作家のプロたる所以でしょう。プロットが突飛でも、関係なく読ませる。
 物語のラストでも、あのキャラクターはどうなったんだろうと余韻を引くことができるのです。
 また、この物語を楽しく引っ張る要因として、江戸の公儀隠密とはいったい誰なのか? その用事は何だったのか?
 というミステリーがあって、それを早くから意識しながら読むとさらに面白いことでしょう。
 ハッピーエンドとはとても言えませんが、謎と謎解きが重なるクライマックスの締り具合も良かったと思いますね。
 相模藩御抱絵師の跡継ぎである菊池圓秀のその後を持ってきたラストは秀逸でした。
 ただ単なる、エンタメ怪獣モノの伝奇小説ではなかったと思います。
 つちみかど様がカメレオンのように色が変わるところは、たぶんプレデターの影響でしょうけど。


 
 
 

「鬼と三日月」乾緑郎

 神州・出雲。
 秋口の神無月(10月)は八百万の神が出雲に集まる月。ゆえに出雲に限っては神在月と呼ばれる。
 しかし、そもそも神が幸だけをもたらすとは限らない。人智を越えたものが神であるなら、悪鬼も神の一つの形なのかもしれない。尼子家の呪われた日々、それは文明18年(1486)に尼子経久が月山富田城を奪い返してから始まった。
 手勢が不足した経久は、かつて京を追われ月山北方の山中に根を張る謎の漂泊の一族、鉢屋賀麻党(鉢屋衆)の助けを借り、秘密の盟約を交わしていたのである。
 それからおよそ80年。経久の死後も、鉢屋衆は獅子身中の虫として歴代の尼子家当主に取り入り、武辺で鳴らし隣国にその名を知られた尼子氏の分家筋である新宮党を謀略によって滅亡させた。内紛である。
 しかし、飯母呂一族の末裔である鉢屋衆の狙いは、はなから雲州一国の宰領ではなかった。かつて追われた京に上り朝廷を滅ぼすこと、これが数百年来の悲願であったのだ。そのためには、神の国である出雲で是非とも行わねばならぬ秘儀があった。それは、しんのう様、つまり新しき皇(すめらぎ)、今は冥界に堕ち、業火に焼かれ続けているある魂を、再びこの世に復活させることだった。すなわち新皇託身の儀式の準備を積年、進めていたのである。
 一方、月山の北嶺にある新宮谷の生まれで山中家の次男だった山中甚次郎は、家中のいざこざで何者かに殺されたという父が、尼子家の触れてはならぬ秘事を探っていたことを知り、父の意志を継いで尼子本家と鉢屋衆の秘事を明るみに出し、尼子家を正道に導くことを志す。
 永禄5年(1562)尼子晴久が死去し、父山中三河守満幸の鹿角の兜を譲り受けた甚次郎は、名を山中鹿之介幸盛と改める。しかし新たに尼子義久を当主に戴いた尼子家は毛利家に敗れ、月山富田城は落城、鹿之助も流浪の身となる・・・我に七難八苦を与え給え。三日月に念じた鹿之助は、尼子家再興に奔走する。新宮党の忘れ形見であり、出家していた吏部誠久の末子を還俗させ尼子勝久として担ぎあげたのだ。
 また、隆盛著しい織田信長に拝謁し、尼子家再興月山富田城奪還の助力を請う。天正5年(1577)羽柴秀吉が毛利征伐軍の総大将になると、鹿之介率いる尼子残党は播磨国上月城を攻略、守備役として鹿之助は駐留する。
 しかし、まさかここが尼子家の巨大な棺となろうとは・・・
 鹿之助の苦難の行軍を横目に進行する鉢屋衆の秘儀。雲州の彼方に、地獄の釜が開こうとしていた。
 はたして、鋼板のように無骨な名刀・荒身国行を引っさげて鹿之助は冥界の悪鬼を叩き斬ること能うのか。
 相州風魔衆の女乱波・井筒は因縁の敵である鉢屋衆に一矢を報い、阿国と小次郎を救い出すことが出来るだろうか・・・

 後に行くほど面白いですね。始めは、今までの乾緑郎の作品の中でもっとも不出来であることを覚悟しながら読んでいました。しかし、ラストにかけての疾走感も良かったし、読み終えて俯瞰すると壮大な伝奇スケールであったことがわかりました。よくぞこの物語のバックグラウンドに山中鹿之介を選んで書き切れたな、と思います。
 山中鹿之介というと、七難八苦を与え給えというセリフが有名ですが、作中には鹿之助が七難八苦とはなんぞやと尼子勝久に尋ねられ、それを知らないという笑えそうで笑えないような話も書かれています。
 でも七難八苦の意味は知らなくても、鹿之介はそれを十分に体感していました。この人の尼子家再興の戦いは、井筒曰く「またひどい戦いをしている(笑)」という通り、苦戦の連続でした。けっして能力の極めて高い武将ではありません。しかし毛利に囚われて厠に入り込み、汲取口からクソまみれで抜け出すという圧巻の冒険譚が実話として知られているように、人の記憶に残る人間なのですね。本作でもそれほど格好よく書かれていません。剣の腕だって吏部誠久のほうが格段に上でしょう。そこが描き方としてまたいいところなのかもしれないです。
 途中で薄々気付いてましたけど、お国が阿国になったのも可愛らしいオチでした。
 最後に、では、記載されている七難八苦を披露しておきましょう。
 七難=大火の難、大水の難、羅刹難、刀杖難、悪鬼難、枷鎖難、怨賊難  (いずれも『欲』に関することらしい)
 八苦=生、老、病、死、愛別離苦、怨憎会苦、求不得苦(求めるものが得られぬ)、五蘊盛苦

 八苦に生が含まれていることに注目。つまり生きていることだけですでに人間は苦しいということです。
 鹿之助に限らず、我々は生まれながらに七難八苦を背負いながら息をしています。要は考え方ひとつですね。


 
 
 
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