「下町ロケット2 ガウディ計画」池井戸潤

 ロケットから人体へ・・・
 会社は小さいが夢はデカイ(・∀・)
 佃製作所の新たな冒険が始まる!


 直木賞を受賞した「下町ロケット」の続編。
 大田区にある従業員200名ほどの中小企業、佃製作所とその社長・佃航平のドラマ。
 前作で、国内屈指のメーカーである帝国重工と伍してロケットエンジンのバルブシステムを納入することになった佃製作所。
 世界のロケットビジネスの総額は12兆円と言われています。
 小型エンジンが佃製作所の主力商品ですが、町工場といえど、世界最先端のロケットの部品を作らせても大企業に負けるとも劣らない技術があることを証明したわけですな。
 めでたしめでたし、で終わった前作。もちろん、私は間隔が空きすぎてろくすっぽ覚えておりませんが。
 で、本作。名前の売れた佃製作所に接触してきたのは、一部上場の大手メーカー、日本クライン。
 世界最小・最軽量を目指す新型人工心臓のバルブシステムを試作してくれというのです。
 予算的には苦しかったものの、その後の量産化を約束してもらい、試作品を開発します。
 開発チームのリーダーになったのは、技術開発部の若手成長株である中里淳でした。
 ところが、日本クライン側は、試作品だけで量産化の約束を反故してきました。
 もっと良い発注先が見つかった、というのです。まあ、無茶苦茶ですわな。
 その会社の名前は、サヤマ製作所。一見、佃製作所のような町工場に毛が生えた零細企業かと思いきや、なんと二代目社長の椎名直之は、元NASAの研究員という、テクノクラート集団なのです。徹底した合理化で、業績を急激に伸ばしていました。
 そして、佃が取られたのは人工心臓だけではありませんでした。
 虎の子の帝国重工のロケットエンジンバルブシステムまで、向こう3年間の次期中長期計画を選定するコンペが行われることになり、ここでも佃のライバルとしてサヤマ製作所が立ちはだかる形となったのです。
 さらには、期待の技術者だった中里淳までがサヤマのヘッドハンティングを受けて退職してしまいました。
 危うし、佃製作所、佃航平。
 国内のロケット工学の現場で経験を積んだものの、最終的には挫折した佃。
 NASAの看板を背負えるだけの華麗なキャリアを武器に、国内市場を席巻するサヤマ製作所の椎名。
 はたして、生き残るのはどちらか・・・

 簡単かつ勝手にあらすじさせてもらいましたが、他にも重要な登場人物がたくさんいますし、プロットがあります。
 残念なのは、前作の因縁を引き継いでいるキャラがいることで(真野とか財前部長の部下とか)、私のように記憶の悪い人間は面白みが若干失われるということですかね。
 でもまあ、基本的には経済小説版水戸黄門ですから、素直にサクサク読んで後腐れなく面白いわけです。
 わざとでしょうけど、文章もプロットも単純で簡潔に作られているように思いますね。
 宮部みゆきのように、嫌らしいねちっこさがないでしょう。最後は正義が勝つとわかっていながらも、ねちっこい作家の書いた悪役ヴィランズは真剣に腹が立ちますからね、「くたばれ」と思います。この方のは、サクサク進みますね。私はこっちが好きです。でも今回、ひとりまだ懲りていないのがいたね、日本クラインの藤堂だっけ? あいつはなんかこう生き地獄みたいなところに入ればいいのにね。
 あと、医療機器をテーマにしたのは、ロケットと対比する意味でも大きさがこれほど違う機器でありながら同じような最先端技術が不可欠な分野ですから、アイディアは非常によかったですし、珍しく池井戸潤のセンスを感じました。
 デバイスラグってのも知らなかったので、勉強になりました。
 医療機器の分野では、日本は海外メーカーに大幅に遅れを取っているそうです。
 万一の場合の訴訟リスクを恐れて、開発が進まないのですね。石橋を叩いて渡らない認可の遅さも一因です。
 そのために、人工弁が海外製しかないもんだから、小児用に合うが規格なかったりする。
 大変な問題ですね。
 この弊害に風穴を開けようとしたのが、我らが「ガウディ計画」というわけです。

 まあ、直木賞の続編としてはちょっと安直にすぎるような気もしますが、複雑にしない難しくしないがこの作家がつかんだ売れるコツなのでしょうな。少し物足りないと思いつつ、一気に夜中の2時まで読んでしまった私です。


 
 
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「和僑」楡周平

 前作「プラチナタウン」からの続きです。
 緑原町に豊かな老後をコンセプトにした老人向け定住型施設プラチナタウンを開設して4年。
 過疎高齢化の問題を解決するには、いっそ高齢者を集めてしまえばいいという発想の転換は大成功を収めました。
 東日本大震災では震度6強の揺れに見舞われましたが、地域住民一体となり乗り切りました。
 大手商社マンから故郷緑原の町長に転身した山崎鉄郎は64歳。2期目の最終年です。
 しかし、成功して初めて露わになる問題も出てきます。
 たとえば、プラチナタウンには入居者8千人、介護職員6百人の人間が新たに町に流入してきたわけですが、当然ながら地元民である緑原ネイティヴとは一線を画しています。現に町議会議員にも2人“新住民”から選出されているのですね。
 そしてプラチナタウンが大成功したために、多くの町民がプラチナタウンに頼りすぎになってしまいました。
 プラチナタウンといえど、30年先はわからないのです。
 なぜなら、高齢者ばかりが増えていることに目が行きがちですが、20~30年経てば高齢者自体も数は減るのです。
 これが人口が急速に減少する日本の現状です。当然ながら高齢者が減れば介護職員も職にあぶれることになります。
 そしてTPPの問題もあります。緑原は豊かな農畜産資源で成り立っていますが、さらに安価な外国産が流入すれば流通販路はどうなるかわかりません。農家後継者の問題もあります。
 これら頭痛のタネはなるほど、先のことなど知ったことか、明日の飯より今日の飯と開き直って問題を次世代に先送りすれば現世代には関係ありません。
 がしかし、将来を憂える64歳2期目町長の山崎鉄郎は、このままでいいとは思えないのです。
 国がまったく当てにならない今、地方の自治体として独自の生き残りの方法を模索しなければならない。
 そうしなければせっかくプラチナタウンで復興した緑原町が、いつかまた財政破綻に見舞われるのは必定です。
 何をすれば儲けられるか。国内人口は減り続けますが、世界に目を転ずれば人口は爆発的に増えています。
 山崎の出した答えは“和僑”になること。
 緑原の武器は豊かな農畜産物。農業でも立派に生計を立てられるビジネスモデルを構築し、世界に売り込むのです。

 世界中どこに行っても目にするのは“華僑”ですね。
 チャイナタウンはどこにいってもあります。
 日本と違って中国は歴史上の政変が相次ぎ、国民が政府自体を信用せず自分たちの力でコミュニティを築いてきた証です。
 日本の場合、大きな事変は第二次世界大戦がありましたが、一般的に国民性もあるのでしょう、日本国内で居心地良しとしています。しかしこの場合、国が沈没すれば一族郎党国を運命を共にするという危険性をはらんでいます。
 サムライは国と共に滅びて腹を切る、これで潔しとしますか?
 この小説に描かれている将来への危惧は、けっして大げさなものではないような気がします。
 いずれ、日本という国は立ち行かなくなるかもしれない・・・(私はそう思いませんが)
 主人公の山崎は町長という立場を捨て、緑原を故郷とするアメリカで成功した実業家と共に事業を立ち上げようとします。
 ただ日本の牛肉や野菜を売り込むのではありません。それでは古いし、売れるものも限られます。
 日本の価値観がそのまま外国人に通用するかといえば、そんなことありません。
 現に和牛は脂身が多いからと敬遠する外国人も多いのですから。
 資金をどうするか、原材料は安定して供給できるのか、それら懸念を乗り越えて山崎が売り込もうとするものとは・・・
 乞うご期待?

 私は個人的には、人口が減るのが何が悪いの?と思っています。
 漠然とした不安から危機が叫ばれるだけであって、減ってみれば減ってみたで、きっといいこともあるはずです。
 だいたい日本人は、贅沢し過ぎるんじゃないですかね。普通という言葉のハードルが高いんでしょ。
 まあそれはともかくとして、ちょっとうまく行き過ぎなんですが、面白い小説ではありましたね。
 国全体では無理でも、地方自治体レベルではやりよう次第で世界を相手に商売ができると思います。
 現に、日本各地で地域農協とか農業法人で成功しているところもたくさんありますからね。
 要はアイディアと資金、そして人材は当たり前ですが、何かの強みがなければならないようです。 
 そこでしか手に入らないものですとか、できないものということでしょうね。
 これは農畜産物に限ることではありませんが、土地ということを考えると、やはり日本の農業には将来性を感じます。
 あともちろん、この物語にもでてきましたが、日本人特有のサービス精神ね。
 これは世界でも稀有な高レベルのものであり、外国人も日本で買い物すれば自分の国で買う気にならないというくらいです。
 日本人であるということは、生まれながらにして武器でもあるのですよ。
 さあ、“和僑”になりましょう。


 
 
 
 

「プラチナタウン」楡周平

 豊かな老後とは何なのでしょうね。
 間違いないことは、自分がいつかは老いて、いつかは死ぬということ。
 豊かで楽しい老後とは何であるのか、それはその時になってみなければわかりません。
 最低限飯が食えればいいのか、あるいは南国の楽園でカクテルでも傾けるような老後が幸せなのか。
 それはその人の価値観によって異なるでしょう。
 暇がいやだという人もいれば、勤め人という呪縛から離れてひたすら昼寝していたい人もいるはずです。
 しかし、誰でも同じだと思うのは、死ぬときに苦しみたくないという思いじゃないでしょうか。
 ひとりきりで死ぬのは仕方ないけれども、できるだけ苦しまずに穏やかに死にたい。
 豊かで穏やかな老後とは、過去形で「豊かで穏やかな老後だった」というのがホントだと私は思います。
 いい死に方をしたということです。
 社会の高齢化が急速に進む日本。
 この小説は、誰もが避けては通れない老後の問題と、過疎に悩む地方の田舎町の問題という、日本の二大社会問題をリンクさせて読者に問いかける、夢のある社会経済小説となっています。

 少しあらすじ。
 日本で一二を争う大手総合商社の四井商事で食料事業部の部長を務める山崎鉄郎。
 定年退職まであと5年だが、海外勤務も豊富で、自他共認める部長の上も狙える優秀な商社マンである。
 ある日、山崎は中学校の同級生である熊沢健二の突然の訪問を受けた。
 山崎の故郷である宮城県の内陸の町、緑原町の町長に立候補してもらいたいというのだ。
 熊沢は、東京の大学に進学した後、緑原町の役場にUターン就職していた。
 緑原町は過疎の田舎町である。1万5千人強の人口のかなりの割合を老人が占めている。
 しかも、箱物行政の名残で町には不釣り合いな上に立派で使いみちのない施設ばかりが立ち並んで財政を圧迫し、町の借金は150億円に膨らんでいる。財政破綻寸前だ。
 もはや、余剰施設や人員整理だけでは追いつかない。
 周辺の市町村が合併したときには、同じ自治体になることをこぞって反対されてしまっていた。
 死に体の故郷。熊沢曰く、日本を代表する総合商社で活躍する山崎に町長になってもらい、斬新な考え方と明確なビジョンで町を立て直してもらいたいという。町長選に対立候補は出ず、すべての町議会議員も山崎の立候補に賛同しているという。
 首都東京のど真ん中で世界を相手に切った張ったをしている山崎にとっては、いくら故郷とはいえとんでもない話である。
 そのときは、あっさり断った。
 ところが、些細な事で上司である本部長の怒りを買い、関連子会社への出向を余儀なくされてしまう。
 粘着質の上司に一度目をつけられれば、二度と復帰できないのが商社マンの世界である。
 悩んだ末に、山崎は熊沢の提案を受け入れ、緑原町の町長になることを決断する。
 給料は、月給250万円から40万円に下がった。渋々とついてきた妻も不満たらたらである。
 しかし男は一度決めたらやるしかない。赤字でにっちもさっちもいかない会社を立て直すノウハウは商社マンとして培ってきた。赤字に転じた地方の町の財政を立て直すプランを絶対に生み出してみせる。
 ぼんやりとではあるが、構想は浮かんでいた。
 年寄りばかりの街をいっそのこと、年寄りのテーマパークにしてしまうのである。
 都会で退職して行き場のない年寄りを集めて、老人の街を建設するのだ。
 場所はある。企業の工場誘致にことごとく失敗した3万坪の整地済みの土地があるのだ。
 ここに、永住型老人居住施設を建てる。入居者は7500人。介護士など就労人口は690人。
 一気に、人口が1・6倍に膨れ上がり、うまくいけば町の税収は格段にアップするはずだ。

 まあ、少しうまく行き過ぎというか、甘い小説なんですが、脈はあります。
 十分あり得る構想だということです。老人のテーマパークね。
 農林水産が豊かで物価も安く、それなりにインフラが整っている日本の地方の町なら可能性はあります。
 真の公共事業とは一時のカンフル剤ではなく、恒久的に利益を生み雇用を確保するものであるはずです。
 やれ文化センターだとか記念館だとか、建てたら建ちっぱなしで赤字の垂れ流しがこれまでの地方行政でした。
 しかも肝心の国は、もはや膨れ上がる高齢者人口をどうかする余裕はまったくありません。
 都会の介護施設は満杯だし、いつまでたっても介護職員の給料は上がりません。
 寄るべのない老人個人の力と、それをもって町を復興しようとする地方がうまく噛み合えば、新しい日本社会のモデルにもなり得るのではないでしょうか。
 可能性はあります。
 この本には続編があります。おそらく、東日本大震災以後の社会も書かれているはずです。
 近いうちに読んでみます。


 
 
 

「海賊とよばれた男」百田尚樹

 ついに読みました。
 石油業界伝説の巨星、出光興産創業者・出光佐三をモデルにした伝記的経済ロマンの大作です。
 上下巻のボリュームを感じさせない読みやすさと、手に汗握る七転八倒起死回生のストーリー。
 ですが、私が一番印象に残ったのは、国岡商店が創業50周年を迎えたときに、国岡鐵造の言った「死ななければこの苦労から逃れることができないのではないかと思われるほどの苦労の50年であった」というセリフです。
 ずっと読んできて下巻の終わりの方でこの言葉に出会って、この話というか彼の人生が腑に落ちました。
 これに尽きるんじゃないでしょうかね、この壮大な物語は。
 四面楚歌といいますか、出る杭は打たれるといいますか、これほど経済的に戦った人はいないんじゃないでしょうか。
 石油、資源というのは国策であり、非常に国際的でもあり、一筋縄ではいかない魑魅魍魎の世界です。
戦前から連綿と続いていた軍の統制、GHQの統制、外貨の割り当て制限、生産調整、そしてセブン・シスターズと恐れられた、ロイヤル・ダッチ・シェルやアングロ・イラニアンなどの欧米の国際石油カルテルと、それに飲み込まれた日本の石油元売り資本。これらはすべて国岡商店こと出光興産の敵であり障害でした。
 何度も逃げ出しそうになって、潰されそうになって、紙一重のところで九死に一生を得ることの連続でした。
 優秀な社員はたくさんいましたが、結局、国岡鐵造こと出光佐三は人生をひとりで戦い抜いたんじゃないですかね。
 しかも子供の頃からの弱視というハンディを背負いながらの熾烈な資源経済戦争に、けっして負けませんでした。
 苦しかったでしょうね。この人じゃなければ、耐えることのできない人生だったと思います。
 明治生まれの気骨なんて言葉さえ、この方の人生の前では可憐に聞こえます。

 国岡鐵造は、明治18年生まれ。福岡県の宗像出身です。生まれた当初は裕福だったそうですが、やがて実家は没落します。鐵造が石油に出会ったのは、明治40年、神戸高商(現神戸大学)3年生の夏休み、東北に旅行したときに偶然、発見されたばかりの秋田の油田を見学したときでした。これが鐵造と石油の運命的な出会いとなりますが、当時の燃料は、薪や石炭が主力で、石油が将来的に有効活用される日が来るとしても何十年も先だと見通されていました。
 なんか、今のメタンハイドレードみたいな感じでしょうか。当時は車なんてろくに走ってませんしねえ。
 しかし鐵造は、この石油というもので商売をしてみたいと思ったそうです。
 端折りますね。本当は、このへんからこの人の人生は苦労の連続になるのですが、要約してみればずっと上手くいってるように見えてしまいます。しかし、これは違います、端折っているからです。
 明治44年、25歳のときに鐵造は、人生の大恩人である日田重太郎(鐵造が神戸高商時代に世話になった資産家)に6千円(当時の大卒初任給20円)を貰い、故郷に近い九州の門司で石油製品を扱う「国岡商店」を立ち上げ独立しました。
 当初はまったくダメだった国岡商店の経営は、当時の小型漁船の燃料が灯油だったところを無税の軽油に変更を促したのが当たり、軌道に乗りました。このとき、石油会社の特約店という縄張りの制約があったために、国岡商店は伝馬船に軽油を積んで海上で、関門海峡の漁船に軽油を売りました。これをして鐵造を“海賊”と呼ばしめたのです。
 そして国岡商店が一気に伸びたのが、満鉄との取引。欧米製の車軸油を使っていた満鉄に、鐵造は満州に何度も赴いて、彼の地の過酷な気候に耐えうる不凍油を開発、納入することに成功したのです。時代も後押ししました。大正7年欧州戦争終結後、世界に動力革命が起こり、艦船の重油をはじめとして石油が新たな動力エネルギーとして台頭してきたのです。
 しかし日本は太平洋戦争に突入し、石油は軍部が流通と販売を統制しました。石油配給統制会社(石統)は、戦後も鐵造と派手にやりあうこととなります。石油のような非常に重要な資源は、どうしても国が統制しがるのです。ある意味、鐵造の人生は、これら国の規制と石油を巡る大規模資本との戦いにつきると言っても過言ではありません。
 国岡商店は、初めての社用タンカー日章丸(1世)や上海の石油タンクを軍部に供出しながら、日本は戦争に負けました。そしてこの終戦の年、鐵造は還暦を迎えていました。しかし日本という国が大難に陥ったこのとき、60歳にして自分の新しい人生に邁進していくのです。国内6店舗、海外62店舗、従業員1千名を数えた国岡商店は、敗戦によって石油を手に入れるルートを断たれ、まさしく開店休業状態。しかし、鐵造は従業員ひとりの馘首も許さず、国岡商店の座右の銘である「人間尊重」「家族主義」のもと、農業や漁業、ラジオの修理にまで手を出してこの苦難を堪えるのです。趣味であった書画骨董のコレクションも売り払いました。敗戦で資産を失い、国岡商店には莫大な借金だけが残っていました。
 結果的にこの危機を救ったのは鐵造の不動の魂だけでなく、海軍の廃タンクの底まで浚った武知や東雲などのがむしゃらで優秀な部下とですが、それは彼らを見出して鍛えた鐵造の人間的魅力が所以です。
 確かに国岡商店には敵がたくさんいましたが、要所要所で強力な味方も現れた、これも運だけではありません。
 そんな鐵造の人間的真骨頂がもっとも発揮されたのが、戦後会社の一大事蹟となった「日章丸事件」です。
 イギリスの石油メジャーに囲われて搾取されていたイランの石油を、イラン人が自らの手で取り戻したとき、イギリスは世界中に向かって「イランの石油を買ってはならない」と強硬に発信しました。イランの石油はイギリスの権益だというのです。そこへ、国岡商店は殴りこみをかけたのです。昭和28年のことです。戦時中も輸送船に乗っていたサムライ船長の新田辰男率いる国岡商店の二代目日章丸(約1万8千トン)は、3月23日に目的地をサウジアラビアと偽って密かに神戸を出港、正午問題(正午に日本の船は目的地を海運局に知らせる風習)はじめ無線を封鎖、イギリス海軍に拿捕される危険を冒してイランのアマダン港に到着、あらゆる苦難を乗り越え、ガソリン1万8469キロリットル、軽油3325キロリットルを満載し、5月9日川崎に帰港しました。イラン政府はこの男気に対して、国岡商店に卸す石油は半年間国債価格の半額とするをもって応えました。世界各国が大英帝国の威光を恐れて近づけなかったイランの石油に、日本の一石油業者の手が届いた瞬間でした。
 イギリスのアングロ・イラニアンは日本の裁判所に訴えましたが、国岡商店の勝訴となりました。
 ついに、半世紀以上にわたって世界を征服してきた国際石油カルテルの一角に風穴を開けたのです。
 終戦後たった8年で、敗戦国が大英帝国を敵にまわしてのこの快挙に、日本中は沸き立ったそうです。
 この後も、国岡商店はソ連の石油を買ったりとかしています。
 これも会社が儲けるというよりも、石油メジャーとの戦いのなかでの流れ、といった感が強いですね。
 読んでいる間、何度もネットで検索をかけました。日本の戦後史で重要な出来事が多かったので。
 石油のために戦争を始めて、石油のために戦争に破れ、今度は石油によって支配された戦後の日本。
 ひょっとしたら、国岡商店(出光興産)は、資源のない日本という国が、資源がないからこそ生み出した正義だったのかもしれません。


 
 
 
 
 
 
 
 

「官僚たちの夏」城山三郎

 私もそうなんですけど、多くの方にとって、物心ついたときから日本という国はすでに世界で有数の経済大国です。
 しかし数十年前には、この国は戦争にボロ負けして滅亡の瀬戸際までいったのですよ。信じられませんよね。
 敗戦から立ち直った日本国民は、教育普及度の高さと勤勉性、旺盛な貯蓄率と貪欲な生産性を発揮し、いわゆる高度成長期という、世界経済史上稀有の発展を成し遂げました。
 黄金の1960年代(昭和35年~45年)です。
 まだ、国産車には故障が多い、なんて言われていた時代です。
 日本の自動車業界は外国の自動車産業に比べると、町工場みたいなものでした。生産数が何十倍も違うのですから。
 壊れる日本車より輸入車が人気でした。今のヴェトナムとかブラジル見てたら同じようなものです。
 でも、外国車を自由に輸入していたら、国内自動車産業は育ちませんわな。
 この時代、膨張していく市場を巨大な外資から守るため、例えるなら、まだまだひ弱な日本企業を温室で保育してから鍛えたのが、当時の通商産業省でした。戦前の商工省、現在の経済産業省です。
 外国からは「悪名高き通産省(ノートリアス・ミティ)」と蔑まれながら、通産省は国内産業を庇護しました。
 統制経済も終わり、自由化がどんどん進むなかで、自由貿易と保護貿易のバランスを通産省がうまくかじ取りをしたために、経済の高度成長期が生まれ、はては国際競争に勝てる技術立国・日本の基礎をつくったという見方もできるのです。

 本作は、そんな1960年代の、通商産業省が舞台です。
 通産省は各省庁中どん尻の予算(農林水産省の16分の1)で、大臣室にさえ冷房がありませんでした。
 風通しの悪い煉瓦造りの古い建物には熱気がこもり、お荷物である国会から開放され、新政策の編成期を秋に控えた夏は、若手官僚による暑いだけでなく熱い議論が続き、通産省の風物詩となっていました。
 主人公はミスター・通産省と呼ばれる、もうそりゃ、地球は通産省を中心に回っていると考えているかのような人。
 風越信吾という、異質のエリート官僚です。押し出しが強く、アクが強く、大臣や銀行頭取など屁とも思っていません。
 ときには新聞記者を喜ばせるような放言もし、政財界に味方以上の敵もつくってきました(笑)。
 しかし、清廉な風越はノンキャリア組も含めて通産省内に絶大な人気を誇り、出世競争もトップであり(大臣官房秘書課長→重工業局次長→重工業局長→企業局長→?)、省内の人事も司ってきました。ま、一種の豪傑ですな。
 風越は、入省年次順に昇進するなどというトコロテン人事はぶっ壊すつもりです。
 これはと思う優秀な人材は取り立てて、役所が安定した生計の場でしかないような、役人のかなりの部分を占める定時にそそくさと帰るような人間はまったく目にかけません。ガン無視です。片腕であり自分を諌めてくれる鮎川、木炭車と呼ばれ粘り強い議論ができる庭野、パリで通産行政の見本となる官民強調行政の勉強を積んだ牧などは登用しますが、真っ黒に日焼けしてテニスやゴルフをしている秀才中の秀才、「日本人は働き過ぎ」などとうそぶいている片山なんかは大嫌いなのです。
 今も同じですが、省の政策や人事など、重要事項はすべて大臣の決裁と責任において行われ、官僚機構はこれを補佐し実施する機関であるとはいうものの、それは建前だけのことで、現実には次官以下の官僚機構そのものが、政策・人事の立案から決定まですべて推進し、大臣は形式的にその上にのっているだけです。
 つまり、次官も凌ぐほどの実力と省内人気を兼ね備えた風越は、通産省を、日本の通産行政を牛耳っていました。
 そんな彼が、どうしても通したいのが、戦後最大の経済立法といわれる「指定産業保護法」です。
 産業基盤はまだまだ脆弱であり、大企業の資本蓄積も十分ではない。為替管理や輸出入制限などの統制をできるだけ取り払って自由放任にせよ、弱者は淘汰されても仕方ないという自由主義経済では日本は外資の喰い物にされてしまう。
 国内産業保護を重視して国際競争に勝てる企業を育てるという、戦後経済運営全体の方式にかかわる立法でした。
 しかし、“風越師団”と呼ばれるブレーン集団が強力に推進するこの法案は思わぬ障壁に行く手を阻まれるのです。
 そして次期次官間違いなしと言われた風越に、あらゆる方向からの逆風が吹き荒れることになります。
 何より頭を下げることが嫌いなのに大嫌いな大蔵省主計局にその頭まで下げ、己の人生までかけた法案がこのまま潰されてしまうのか・・・眼中になかった同期のライバル、自由経済主義者・玉木の影。
 風越、人生初の挫折となるのでしょうか。日本にはどっちが合っているのでしょうか。

 こんな時代があったんだぁ。いや、こんな時代があったからこそ、今の我々があるのです。
 作中で不況になったときがあって、風越が「こんなときは積極財政で金融緩和だよ、総理大臣はバカか」などと吠えるのですが、今のアベノミクスと同じじゃんと思いました。
 表向き、総理は「インフレになるからやらないよ」って言うんですがね。
 面白かったですわ、なんか新鮮でした。
 国産車がボロボロで、外貨準備高もあまりないってんだから、はっきりって後進国なんですよ。
 戦争に負けたばっかりだから当然なんですけどね。
 登場人物はほぼ戦前から入省者ですから、戦争中の軍人以外の官僚なんてその存在をこれまで考えもしませんでした。
 通産省(商工省)の燃料課長は戦争なんてとんでもないと、自殺まがいの抗議をしたそうです。
 でも、これ読んでると、アレだな。
 巡り巡って、また日本という国は落ち込んでいくような気もして、ちょっとコワいですね。
 セクションの組織的利益よりたまには国益を優先してくださいね、官僚様。


 
 
 
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