「封鎖」仙川環

 なるほど。
 鳥インフルエンザと新型インフルエンザの違いを初めて認識しました。
 ふつう、鳥から鳥に伝染る鳥インフルが、人間に伝染ることはありません。
 なぜなら、ウイルスが細胞に入り込むための“鍵穴”が、人間と鳥では違うからです。
 ところが、ふとした拍子に、鳥インフルウイルスに対して人間側の鍵穴が開いてしまうことがあります。
 すると、鳥のウイルスが人間の細胞に入り込んでしまい、偶発的に人間が鳥インフルエンザに感染してしまうのです。
 そして、ウイルスの遺伝子は変異しやすいため、人間の細胞に入り込めたことをこれ幸いに、人の細胞の鍵穴に合うようにはじめから鍵の形を変えてしまう可能性があります。こうなると、簡単に人から人に感染するようになります。
 さらに、人に感染する季節性インフルエンザのウイルスと、鳥のウイルスが混ざり合った結果、人の細胞に合う鍵を持つウイルスができる場合もあります。
 これが世にも恐ろしい新型インフルエンザと呼ばれるものです。ニュータイプのウイルスですな。
 H5N1型鳥インフルエンザウイルスの海外における感染者の致死率は、なんと5割強。
 新型インフルが蔓延するパンデミックという状態になれば、何十万という感染死亡者が出るのはもちろん、海外との行き来は止められ、経済活動は大きな打撃を受け、社会機能が全国的に麻痺してしまうことも考えられます。
 目に見えないウイルスの恐怖は放射能と同じですが、人体に与える影響の潜伏期間の短さや、人から人へ感染する点から言うと、原発事故の数倍恐ろしいものだと考えられないでしょうか。
 人類というのは、過去に何度も滅亡の危機に瀕していますが、次の危機で一番可能性が考えられるのはこれじゃないですかね。そういう意味では、近未来への警笛を鳴らす良い本でした。しかし、ボリュームがなかったために本筋が早回しの活動写真みたいになってしまったのは残念でした。テーマは抜群ですが、ストーリー、キャラクターともに薄いです。

 舞台は、兵庫県北部の山間、榛名町のはずれにある青沼集落。高齢者中心の約20世帯で住民は60人弱。
 ここで、インフルエンザに罹患したと思われる78歳の老人男性が、奇っ怪な死に方をした。
 前の晩、衰弱しながらも意識ははっきりしており、抗ウイルス薬を飲んだにもかかわらず、次の日になると、血液混じりの吐瀉物を吐き散らして死んでいたのだ。
 さらに、雑貨屋を営んでいたひとり暮らしの老人女性も、同じように血を吐いて死んでいるのが発見された。
 榛名町で医院を経営する新島は感染症を疑い、血液や体液のサンプルを、知人である紺野馨のいる国立感染症研究センター関西分室に送る。結果は、H5N1型強毒性の鳥インフルエンザの亜種と思われるウイルスが発見された。
 国内では、鳥から人への感染は初めてのケースである。
 しかも、重症化までの期間があまりにも短いだけでなく、罹患者が血を吐いていることから、ウイルスの感染や体内での増殖が引き金となり、免疫系が暴走して全身の臓器が炎症を起こしていると考えられる。
 至急、紺野馨と大学病院の感染症研究部の教授と助手が、治療と事態把握のため青沼集落に派遣された。
 しかし、その3人と50人強の住人を残したまま、集落は防護服と高性能マスクを装備した警察官たちとフェンスによって封鎖されてしまうのだ・・・しかも、携帯の基地局をシャットダウンされ、通信まで途絶えてしまう。
 こうなると、山間の集落は、孤立無援の孤島である。
 これは、行政のトップ判断か。たくさんの人を助けるために、少数を犠牲にするのは仕方ないのか。
 感染源もわからないまま、見捨てられ、倒れていく住人たち。苦悩する医師たち。
 生死を超越し、人間の尊厳をかけた戦いがいま始まる。

 著者の仙川環(せんかわたまき)は生物系のリケジョ。
 ツイッターを見ましたが、あんがい、面白い方のようです。美人だし。
 小保方さんも同じ早稲田(小保方さんは理工学部、仙川さんは教育学部)ですよね。
 なんだっけ、名前忘れたけどなんとか細胞、あの話なんて仙川さんの書くテーマにピッタリだし、けっこう色々と呟いておられましたね。アカデミック的な面の批判とか、裏側とかも。
 エボラだってそうですし、今年は仙川さんに関係したテーマが珍しく続発した年でした。
 その割には、あまり本が売れてないような印象があるなあ。
 本作もそうなんですが、こういったテーマは上下巻くらいのボリュームでドーンとやってほしいね。
 ページが足りませんから、内容が薄すぎますよ。それが残念。
 封鎖されることといい、けっこう考えさせられる面もあるのに、もったいない。
 私的には実際、村や町の封鎖は不可能だと思います。
 けれども、封鎖の範囲が「日本国」だったらどうですか。周りが海だから、これこそ可能ですよ。
 ということは、「九州」とか「四国」「北海道」とかいうレベルでも可能かもしれないということです。
 四国がまさに死国になったりして(;一_一)
 世界に、国に捨てられる。コワいね。


 
 

 
 
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「カレイドスコープの箱庭」海堂尊

 2009年10月19日。東城大を震撼させたAiセンター炎上事件から2ヶ月。
 病院存続の危機の最中、いつものように4Fの病院長室に呼び出された田口公平。
 いや呼び捨てはまずいですね、というのも彼は講師から昇進して神経内科学教室の准教授になりました。
 さらに不定愁訴外来の責任者であり、Aiセンターのセンター長、リスクマネジメント委員会の委員長でもあります。
 すでに、東城大学附属病院の重要人物とも云える地位に就いているのです。自他ともに認めないけど。
 それでありながら、さも便利屋のように高階病院長からまたまた依頼をされてしまいます。
 それも重大案件を2つ(;´Д`)も。
 1つは、今月初めに起きた、誤診の疑いがある患者術後死亡事件についての調査。
 もう1つは、来月に東城大で開催されるAi標準化国際会議を責任者としてお膳立てすること。
 Ai会議は作者のただの趣味(公私混同)ですが、院内事故のほうは深刻です。死亡した患者は70代男性。検診で肺陰影を指摘され、気管支鏡検査にて癌と診断、今月初めに呼吸器外科で手術されましたが、術後一晩ICUに滞在し翌日病棟に戻った2日後の真夜中に突然心停止、蘇生もままならず死亡しました。Ai(死亡時画像診断)にて、遺族に手術の不手際ではないことを説明、了解を得ていましたが、10日前、遺族のもとに匿名で病理の誤診だという内部告発がありました。三船事務長が内偵したところ、誤診ではなく、検体取り違えの可能性もあるというのです。
 術者となった呼吸器外科、検査をした気管支鏡室、そして調査の本丸である病理検査室を尋問する田口。
 その結果、臨床から評判がよく、“牛丼鉄人(うまい、早い、気安い)”と呼ばれる牛崎講師が、結核結節と扁平上皮癌を誤診するという、信じられないような初歩的ミスを犯していたことが明らかになりました。
 ただし、牛崎講師は、鏡検したときは絶対に癌であり、自分は絶対に診断ミスも検体取り違えもしていないと言うのです。外部監査として田口の助っ人をすることになった厚労省の白鳥圭輔は、一発大逆転で彼の無罪を証明するというのですが・・・そんな白鳥の用意したもの、それはカレイドスコープ(万華鏡)でした。

 もう読むつもりはなかったんですけど、ついつい読んでしまいました。
 パラパラとめくると、どうやら活字が多くて、私の嫌いな海堂節が少なくて真面目そうだと思ったんでね。
 この人はね、夜中に酒を喰らいながら書いているのかどうか知りませんが、フザけすぎるところがあります。
 本業は医学博士で日本におけるAi推進の旗頭でもあり、元より小説家ではありませんから、なめてかかっておるわけではないでしょうが、創作初期よりもずいぶん作品の質は落ちました。
 真面目に書きさえすれば、医学者という特殊な経験的立場から、興味深いものを作る才能があるだけに惜しいです。
 でも、本作は、ここ最近のものと比べるとだいぶマシではないでしょうか。
 「ガンコロリン」とかもう、最低でしたからね。出版社にクレームしようかと思いましたよ。

 特に今回良かったのは、シリーズ始まってからのテーマであるAiが、なんとなく「まとめ」られたことでしょうか。
 死の三徴は、呼吸停止、心停止、瞳孔散大ですが、このうち呼吸停止と心停止は機械によって補助することが可能です。現在、機械によって補助できないのは、瞳孔散大に代表される脳機能の停止、つまり脳死です。
 これは医学の発展によって出現した、新しい死の形であり、移植用臓器の提供を生みました。
 すると、Ai(死亡時画像診断)は、何をすることになるでしょうか。実は死因を特定することよりも、「死」を判定することになるのではないですか? これは一瞬、理解し難いのですが実に微妙な問題ですね。
 医学が高度に発展した現代社会においては、生と死の狭間はグレーゾーンの幅広い緩衝帯があるのです。
 未来に、死体を冷凍保存しておけば蘇生できるかもとなると、もはや完全な死体すら死んでいるのか生きているのかわからなくなるでしょう。こんなことは今まで考えたこともなかったので、収穫でしたわ。
 科学技術が発展すればするほど、死というものの正体は見えにくくなるのです。
 また、Aiに日本の各省庁がこれだけ関係するのかということも、流行りモノへの権益といいますかね、行政というのはホントめんどくさいもんだなと改めて思いました。主導官庁の厚生労働省と警察庁はともかく、大学管轄として文部科学省、地域の救急医療に関わる総務省、自衛隊を主管する防衛庁、海上の遺体を扱う海上保安庁、さらには最先端技術を扱うために経済産業省も首を突っ込んでくるとなると・・・

 誤診ミステリーのオチは、まあ、この作家にしてはこんなもんでしょうか。
 「結局、誤診は手術と関係ないよね? 死因は何だったの? 意味無いじゃん」と言わないように。
 犯人は目星がついても、検体取り違えのとこらへんは、わかりにくかったでしょう。
 結局、わかりやすく言うと、牛崎講師が「癌」と診断したサンプルと、「結核」と診断したサンプルを、後からラベルだけを貼りかえたという、単純至極なものです。なのに、どうしてあれほど説明が複雑だったのでしょうね。
 ほんとにこの作者は、大袈裟というか、ふくらし粉というか、下手なのか器用なのかわからないところがあります。
 ただし、ラストは、これまでの全作品を通じて一番の出来と言えるくらいに、カッコよく決まっていました☆


 
 
 
 
 
 
 

「ガンコロリン」海堂尊

 もう読みません。このオッサンの本はこれで最後にするつもりです。
 バカバカしくて、ほとほと嫌気がさしました。
 チームバチスタ以来、20冊以上読んできましたからもう十分でしょう。
 もっと真面目に書いてくれたらいいんですがねえ。
 どうせ自分では読者にウケてると思って夜中にニヤニヤしながら書いてるんでしょう。
 海堂さん、それは勘違いおよび自己満足および全裸の王様ではないですかね。
 せっかく実績のある医学者なのですから、もうしばらくはもっと真剣に医療小説を書いてもらいたかったです。
 本作はどこかで桜宮サーガと繋がる5篇の短編医療小説集ですが、それぞれの物語に光るものがひとつは内包されているだけに、バカみたいにフザけた調子で書かないで、せめてユーモアを織り交ぜるくらいにしてね、バックグラウンドは緊迫感のあるものにしてほしかったですね。
 そう、光るものはありますから。表題作の「ガンコロリン」は、もし癌の特効薬ができた場合の医療界の変貌を見据えていますし、冒頭の「健康増進モデル事業」は、本当の健康には本人(身体)を取り巻く会社と社会の改善が必要であると説く意味深な内容です。ラストの「ランクA病院の愉悦」だってTPPが導入された将来には、高所得者と低所得者が診療される病院は分けられるかもしれませんから、「ああ、海堂尊の書いてた通りになった」なんて事態になるかもしれません。
 ただ、逆に言えば、そういう風に解釈でもして読まなければ、読む価値のあまり認められない駄作だということです。
 それが問題なんですね。

「健康増進モデル事業」
 30代前半独身、アパートで一人暮らしの木佐誠一の元に届いた、墨痕鮮やかな真っ白い封筒。
 差出人は厚生労働省医療健康推進室。中身は、「貴殿はとてもラッキーな当選者です」、とダイレクトメールばりながら、木佐が厚生労働省の推進する健康優良成人策定委員会のモデルに選ばれたことを告げていた。
 なんのことはない、バチスタで大活躍?した白鳥圭輔室長の関与する企画のよう。
 木佐は日本一の健康優良成人になるべく、徹底的に身体を検査し、アシスタントが付いてあらゆるマイナス要因を排除する生活を強制される。結局、木佐の健康を害しているものは嫌味な上司に代表される会社生活にあった。ストレスが体を蝕むということは、今の社会と会社は何かが間違っているということである。
 人を健康にしようと思えば、薬や節制よりも、本人を取り巻く社会を健全化しなければならない。

「緑剥樹の下で」
 オペ室の悪魔と呼ばれた、敏腕外科医・渡海征司郎のその後の物語。
 渡海征司郎といえば、海堂尊作品中最高の出来「ブラックペアン1988」(カテゴリー医療小説・ミステリー参照)。
 若き日の高階権太とのライバル関係で名を馳せた人物ですが、行方不明になっていました。
 アフリカにいったことまでは、何かの作品で出ていたんですがね。どうやらブラックアフリカの内戦の国・ノルガ共和国の反政府軍側の拠点の町にいたようです。彼はここで子供たちに青空教室で算数や英単語を教えながら、少しばかりの医療行為もしていたようです。ところが迷信を嫌う彼は、部族の長老から“呪いの木”と呼ばれる緑剥樹の下で授業をしていたのですが、突然、ひとりの少女が高熱をだして死んでしまったのです。
 おそらくマラリアなのですが、呪いの木のこともあって誰も信じてくれない。彼は窮地に立たされます。

「ガンコロリン」
 人前に出ると失語症的な譫妄状態になってしまう、極北大薬学部の天才的な研究者・倉田教授が、ついに飲むだけで癌を抑制できる夢のクスリ「ガンコロリン」を開発した。ノーベル賞間違いなし、世紀の大発見である。
 ゾロ薬と呼ばれる新薬のコピー商品で生き残ってきたサンザシ薬品は、真面目な二代目社長のもと創薬開発にシフトし、トップセールスマンだった木下営業課長を創薬開発部長に抜擢、新薬開発のため極北大とタイアップしたばかりだった。この夢のような「ガンコロリン」は世論の圧倒的な支持を受け、早くて申請から1年かかると言われるIMDA(国際薬事審議会)の審査をわずか数ヶ月でくぐり抜け、この新薬がメリットなのかデメリットなのか検討していた日本医師会の議論をも吹き飛ばし、医療界に旋風を巻き起こす。

「被災地の空へ」
 東北地方でマグニチュード7.9の地震が起こり、極北救命救急センターのセンター長代理・速水晃一は、救急災害派遣隊として現地へ飛ぶ。ジェネラル・ルージュの、3・11版。
 これは考えさせられる作品で、おそらく事実を踏まえて書いているのだろうと思います。
 医療チームが現地に入ると、緊急を要する重傷患者は意外に少なくて、軽傷者か津波の溺死体ばかりでした。
 救急医たちは仕方なく、生命を引き戻すことを使命としながらも、死体検案書を書くことになります。
 ならばと喫緊の課題を検討したところ、それは被災した病院の入院患者の転送であることがわかりました。
 こうして都道府県のドクターヘリを現地に集めることになるわけですが・・・
 災害というのは、起こる場所によって被災者の状態は変わってくるのです。これを読むまで気づきませんでした。
 阪神大震災のときは建物がたくさん倒壊したので、クラッシュ症候群が注目を浴びたでしょう。
 ところが、東日本大震災ではあまりそういった話を聞きませんでした。勉強になりましたよ。

「ランクA病院の愉悦」
 30代前半の売れない作家、終田千粒(ついたせんりゅう)は、ツイッターでの川柳を得意としていて、フォロワーは2千を数える。あるとき、偏頭痛持ちの終田が、ランクCの自動診断ロボットから受けた診療行為をツイッターで茶化したところ、ある月刊雑誌から企画依頼がきた。
 TPPや何やらで日本の医療という果実を米国保険業界という守銭奴に売り渡して2年。
 公立病院は3段階4種類の基本医療システムになった。ランクA病院は1回の支払いが10万円以上、ランクBが1万円以上~10万円以下、ランクCが1万円以下、そしてランクΩが救急病院である。
 霞ヶ関とそれに尻尾を振る大メディアは、覇権国家アメリカの忠犬として頭を撫でてもらうことが主たる目的だったから、医師会がTPPに反対しているのは既得権益を守るためだと報道させ、国民はそのデマゴギーを信じた。
 TPP参加を選択したのは行政と政府の二人三脚で、それを黙認しのは今、不利益を被っている国民自身という構図である。いかにも将来にありそうな、最低な社会である。
 終田は、省力化のためロボットを導入し薄利多売の収益構造であるランクCの病院と、美男美女がスタッフに揃い夢見心地の診療が受けられるランクAの病院の診断を受け、その体験記が雑誌に載せられることになったのだが・・・


 
 
 
 

「輝天炎上」海堂尊

 さてさて、どうですか。
 海堂作品のフルコースをこれまで味わってきたわけですが、もうすでに許容量を超えてお腹いっぱい状態です。
 もう実はこの桜宮の紙芝居にもAiにも飽き飽きしてるのが本音なんですが、また読んでしまいました(笑)
 「螺鈿迷宮」の続編であり、「ケルベロスの肖像」(どちらもカテゴリー医療小説・ミステリー参照)とはリアルタイムで交錯する本作『輝天炎上』。
 しかも本作を深く楽しもうと思うなら、その2作だけでは足りません。
 極北に飛んでいる速水や花房ら以外の、ほぼすべての海堂作品のキャラクターたちが勢揃いしますから。
 清川司郎って一体誰だったっけ?あ、「ジーン・ワルツ」の帝華大の清川の弟で「ひかりの剣」に出てきた奴か、そんなの忘れてるよとか、懐かしいところではナイチンゲールの浜田小夜も名前だけ登場したりします。
 あるいは、マリア・クリニックの三枝茉莉亜先生の姪が桜宮小百合とすみれの双子だったというのも、今更それを持ち込むのは反則だろ的な、もう作者の頭がいつ混線して破裂しても仕方ないような、ちょっとリンクづけが強引すぎませんかね、海堂せんせ、と私は思いました。そして、もう今度こそ海堂は最後だと再々度こころに誓うのでした。

 「螺鈿迷宮」で、桜宮岬の突端にあった碧翠院桜宮病院は炎上し、焼け跡から4体の遺体が発見されました。
 復習すると、東城大付属病院のサテライト(下請けみたいなもん)であった桜宮病院は、東城大から末期患者を受け入れてきたわけですが、東城大の経営が悪くなるにつれ、収益を確保するため末期の患者も東城大が囲いこむようになり、桜宮病院は干上がってしまったのです。さらにここが桜宮の死を司っていたと云われる所以は、桜宮の死因究明を一手に担っていたことと、その裏で安楽死や自殺幇助など違法なデス・ビジネスを手がけていたためです。
 天馬大吉と時風新報の別宮葉子が、その謎を暴きましたよね(ほぼ忘れてますが)。
 さてそこで、医療ジャーナリスト西園寺さやかの登場です。彼女の正体は、当初は炎上した桜宮病院から逃れた桜宮すみれではないかと思われていたのですが、ケルベロスで、西園寺さやかは桜宮小百合であったことが明らかとなりました。
 言うまでもなく桜宮小百合は、一族を見捨てた東城大を深く憎悪しています。
 彼女は、桜宮岬のかつての碧翠院の跡地に新設された東城大のAiセンターの破壊を企てるのです。
 そしてどうなったか、その表面上の出来事は「ケルベロスの肖像」で語られています。
 本作は、言うならばケルベロスの裏側、あの出来事の裏には何が起こっていたのか、ということを、螺鈿迷宮で碧翠院が焼け落ちてから1年と数カ月後、かつては落ちこぼれで今は更生?した多重留年医学生の天馬大吉を主人公に、桜宮小百合と謎の女性の視点も加えて、色とりどりの豪華キャストで演出しています。
 
 もちろんクドいほどAiも語られますよ。なんせ海堂尊ですからね。
 物語のとっかかりは、留年生の天馬と同級生になってしまった学年で一、二を争う才色兼備の女子医大生冷泉深雪を中心とするZ班が、公衆衛生学(清川司郎教授)の実習研究で、日本の死因究明制度の問題点及び桜宮市における実態調査をテーマに取り上げたことから始まるのです。
 これはもう作者の横暴といってもいいAiの公私混同でしょう。
 今更ですが、Ai(オートプシー・イメージング=死亡時画像診断)を世に知らしめた海堂尊の功績は誰もが認めるところですが、もういい加減に、クドいでしょ。
 警察をバックとした解剖主体の法医学者と、Aiを押し進める正義的な医師団の対決の構造も、Aiセンターが焼け落ちてしまったいま、これはいったいどういうオチであったのかさえ、わかりません。
 もっと硬派というか真面目に書いてほしかったような気もします。
 白鳥と姫宮のかけあいなどは楽しいですが、田口が戦車に乗って行進するなど悪ノリです。作者はオタなのできっと含み笑いしながら書いているのでしょうが、テーマがテーマですから、もっとこう緊迫した雰囲気でもよかったんじゃないでしょうか。
 さらに云えば、天馬がモテすぎるのも非常に気に障ります(笑)もっとも、桜宮すみれと天馬、田口の三角関係が前作でどうであったのか、すっかり忘れてしまっているのですが……
 そしてラスト。どうやら、すみれは実体があったようですね?途中から、あちらの方かと思っていましたが。
 あの様子じゃ、2人とも逃げましたね。ということは、まだこれ続くんだろうなあ、本当にやれやれだわ……


 
 
 

「スリジエセンター1991」海堂尊

「命よりカネを優先させるという天城先生のポリシーは、医師として絶対に容認できません。ですので、全力でスリジエセンター創設を阻んでみせます」
「堂々たる宣戦布告だな。常在戦場、受けて立つさ」


いやあ、半ばシリーズを読んできた義務感だけの惰性で読み始めたのですが、すごかったですね。
びっくりしました、桜宮サーガの残された時系列の空白に、こんなドラマが隠されていようとは……
やっぱり海堂尊は、大したもんでしたね。今まで散々こき下ろしてきてそんなこと言うのは失礼なんですが。
「ブッラクペアン1988」「ブレイズメス1990」(カテゴリー医療小説・ミステリー参照)に続く、『桜宮サーガ・エピソード・ゼロ』の最終作が、本作「スリジエセンター1991」です。
そして本作は、これまで作者が残してきた物語を派生させている親株みたいなものです。
先日読んだ「ケルベロスの肖像」も、本作を読むことで理解は深まります。どうして高階はあのとき後悔していたのだろう、とかね。AIセンターが爆破されたのだろうとか。他にも村雨はナニワ・モンスターへ、速水晃一はジェネラル・ルージュの伝説から極北へ、細かいところでは、極北シリーズに現れた世良雅志がバイクに乗って登場した意味とか、高階と藤原婦長が仲が良い理由とか、「ジェネラル・ルージュの凱旋」で速水が黒崎教授に会議で助けられたわけとか、彦根新吾がどうしてあんな変人になったのだろうとか、はては花房美和の恋の行方まで、本作には折に触れて思い出す海堂作品の思い出と由来が詰まっているといっても過言ではありません。
まだ海堂尊をまったく読んでいない方は、このシリーズから読んでみるのも手かもしれません。
ひょっとしたら、そっちのほうが楽しかったかもしれませんね。

さて、物語は前作から引き継いでいます。半年くらい経っているでしょうかね。
ダイレクト・アナストモーシス(直接吻合術)という、世界中を見回しても彼にしかできない世界最先端の心臓動脈バイパス術を駆使する、モンテカルロのエトワールこと、天城雪彦。彼が再来年、桜宮岬に創設しようとしている『スリジエ・ハートセンター』の意義は、静脈置換バイパス術以外の術式を実施できる施設がない日本の中で、、世界最高峰の唯我独尊的な技術であるダイレクト・アナストモーシスを桜宮で実施できることにありました。
彼の忠実な僕である世良は、東城大学医学部総合外科学教室、通称佐伯外科3年目の若年外科医です。
彼は、佐伯外科の医局員にして、天城総帥のスリジエセンター構成員、さらに黒崎助教授の心血管グループの客員医員でありながら専門は高階率いる腹部外科であるという、大変な立場に置かれています。そして、彼はこの上にサッカー部の先輩である垣谷がしていた医局長という雑用の親玉みたいな職務も仰せ付けられるのです。
まあ、人がいいんですな。こんな奴はどこにでもいますが、だいたい貧乏くじを引く運命にあります。
そして、天城と世良の目指すスリジエセンターですが、すんなりとはいきません。敵が多いのです。
佐伯外科のクイーンこと帝華大の阿修羅・高階権太とビショップ・黒崎助教授の頑強な抵抗に遭うのです。
特に高階でしょうね。「ケルベロスの肖像」を踏まえた上で本作を読んで感じた私の高階の心境の変化は、最初は天城という価値観が全く異なる人格への嫌悪でしたが、それがいつのまにか天才外科医の術技への嫉妬に置きかわり、最後には東城大医学部における自分の権力欲にまで変わっていったように見受けられます。
これは作者が意図して書いたことなのでしょうか。だから先程、海堂尊はやはり只者ではなかったと書いたのですね。白い巨塔における人間としての医師の生き方が非常に巧く書かれていたと思います。
天城対高階、あるいは黒崎も交えまして、この三すくみの状態に対して病院長であり総合外科を統率する佐伯清剛は、状態を楽しんでいるようなところもあります。しかし、至高の国手である佐伯教授は、このタイミングで東城大学医学部附属病院の大改革に乗り出すのです。それは、本来なら教授連の力の源泉であった医局員の人事権や、教室費の分配を奪うものでした。さらにVIP用の特別室も病院長の下に一手に掌握しようとしました。
あまりの大きな変革です。そして凡人である黒崎の凡人にしか出来ない不器用な忠誠運動によって、佐伯外科の正道を外されそうになった高階は、天城のスリジエセンター打倒と、佐伯病院長の再選阻止という一石二鳥とでもいうべき大勝負に挑むため、ある人間とタッグを組むのです。
勝者は誰なのか。そもそも勝者はいるのか。スリジエセンターは蜃気楼の城なのか。
あまりにも劇的で悲しい結末が待つ、桜宮サーガの原点、ここに完結。

これが最後でないなら、アフリカに行ったという噂の、オペ室の悪魔こと渡海征司郎の物語が読みたいです。
あるいは、佐伯外科の前身である真行寺外科の三羽烏、佐伯清剛、桜宮厳雄、鏡博之による、「桜宮エピソード・ゼロ・そのまたゼロ」も面白いかもしれません。
いずれにしても、よくここまで話が繋がりました☆読んできたかいがありましたよ。




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