「里山奇談」COCO・日高トモキチ・玉川数

 舞台は深山の対義としての里山。
 人の暮らす地と、今なお不思議が色濃く残る山との境界である。
 動植物が多様な顔を見せてくれる里山ならではの景観同様、怪異多様性とでもいうべき物語が集まった。


 人の暮らす土地と人の暮らせない土地との境界で発生する怪異を収集した奇談集。
 ですから里山だけではなく浜辺の話もあります。
 街の暗渠の中とか、廃病院とかもある。
 そう聞けばさも気色悪いといいますかもろ怪談じゃねえかと思われるでしょうが、怪談ではありません。
 超怖いという話はありません。もちろんほのぼのできるような話でもないですけど。
 怖がりな方でも、夜に読んでてひとりでトイレに行けるレベルのお話です。
 ですから、秋の夜長にちょっと軽く本読みでもというときにいい本じゃないですかね。
 40篇の物語はいずれも気楽に目を通せる長さですから。

 ではまあ、私なりに印象に残った話を数珠つなぎ風に。
 湿地管理の防犯カメラに映った謎の白い影「白い人」、浜辺に打ち上げられた正体不明の生物の遺骸「浜辺にて」、草深い野道を歩いているといつも自分を呼び止めるおばさんがいる「誰向」、ダムに沈んだ集落に存在した禁断の温泉「カンヌケサマ」、それは草刈りの途中に藪の中を近づいてきた「笑うものが来る」、人里離れた古寺、秘仏のもとに住まう謎の古代生物「鉤虫」、子供時代、冒険した地下の暗渠にいたモノ「暗渠の中」、交通事故の多い危険な崖下から鳴る携帯電話の着信音「山間に鳴る音は」、六本指の村人たちが住まう集落に宿泊した夜「指」、ついてきていたはずの弟はいつのまにか何かに変わっていた「廃病院にて」、誰そ彼(たそがれ)どきに向こうからやってきたひとの正体「黄昏れ」、など。

 個人的には「黄昏れ」が好き。
 というのも、私毎夜に河原をジョギングしているのですが、つい最近、上の堤防の道でだれか人間がこちらを見下ろしているのを見ましてね。そうだな30メートルくらい離れてたんですかね。その人間の背後に月があるので、私からはその人間は真っ暗にしか見えないんですよ。逆に私の背後に月があればその人間のディティールは見えたと思うのですが、まったくこちらが月明かりに照らされて、その黒い人間が動かずじっとこちらを見下ろしているみたいな感じが続きましてね。私もじっとそちらを凝視しているんだけど向こうは動かない。すごい不気味でした。おそらくタバコでも吸いながら酔狂にジョギングしている奴を物珍しく見てたんだろうけど、見下されているのも動物感覚的に嫌だったし、怖気を振るいましたよ。いやタバコは吸ってなかったな、手が動かなかったから。まあ、そんなことがあって「黄昏れ」を読んで似たような感覚だと思ったんですね。誰そ彼(たそがれ)ですよまさに。
 あとは・・・滝山さんの「笑うものが来る」。これはそれ自体じゃなくておまけでついたツチノコのエピソードが妙にリアルっぽくてね。私は確実にツチノコは存在した(している)と思っているので。一番怖かったのは、「暗渠の中」か「廃病院にて」かな。どっちもありそうな怪談話ですけどね、他で読むのとはちょっと本書のは雰囲気が違った気がします。病原性アメーバ・ネグレリア・フォーレリに原因を求めた「カンヌケサマ」は衝撃的でインパクトがありました。

 タイトルは「里山奇談」となっていますが、里山とはこの世とあの世の境界線というメタファー的な意味で使われたと思っています。あの世というのは必ずしも霊的な意味だけではなくて人間の計り知れない異世界全般を含んでいます。たとえば未確認動物とかもそうだし、奇妙な風習とかもそうですね。昨今、どんどん里山が消えていっているせいで異世界も消えているかのように見えますが、境界にまばらな人さえいなくなったことで目撃談が減っただけではないかと思います。里山が復活すればまたそれを目撃するひとが現れるでしょうから。それは消えたわけではありません。ずっとそこに存在しているはずです。境界のちょっと向こうのほうに。


 
 
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「めまい」唯川恵

 10人の女性を主人公にした10篇のホラー・幻想小説と思って読んだのですが、あとがきを見てびっくり、作者は恋愛小説と思って書いたそうです。
 なるほど、だからこんなに怖かったのか。
 ハナから読者を怖がらせようとした小説ならば、この背筋がゾクッとする感触は味わえなかったことでしょう。
 女性本人でさえ自覚していない、女性の深層心理をえぐりとったかのような、心理的グロテスクさ。
 愛が女性を狂わせるのか、はたまた女性が愛を狂わせるのか・・・
 あなたはどちらですか?

 まあ、全部が全部怖いのだけではないんですけどね。
 「翠の呼び声」なんて、私のように根がフワフワ好きにできてる人間にとっては、思わず涙腺がゆるみましたね。
 可愛がっていた猫が別れを告げに来て飼い主の急を救うというシチュエーションだけで、もうかなりヤバイ。
 少し脱線気味の主人公ですが「月光の果て」も、実際不気味なところはあるのですが、エロさが勝っています。
 対して、これは・・・と絶句するほど怖く、おそらく永久に記憶に残りそうなのが「誰にも渡さない」
 どうしてこれが世にも奇妙な物語の原作になっていないのか、わかりません。
 このラストは秀逸でしたし、他にありそうでなかったね、これは。読んだことありません。
 そして意味深といいますかラストの余韻がなんともいえないのが「降りやまぬ」
 平凡な人生だけど幸福であると信じて生きてきた主人公が実は間違った人生を歩んでいたということを、指摘された場面、そして冒頭の地味なキルティングなどの背景、すべてひっくり返る衝撃、真実という不気味さ、構成展開すべてよかったです。
 「きれい」は、超グロ。厚さ5ミリの顎骨が割れる瞬間がオドロオドロしい。最強。
 あと5篇も水準以上ですね。
 ありそうなプロットでありながらも、出会ったことのない感覚を味あわせてくれる、さすがプロの小説家といえる作品集です。
 もちろん、唯川恵だからこそ創れた物語であることは、言うまでもありません。

「青の死者」
 2年前、不倫関係にある男が部屋に持ち込んだ3匹の鯉は、夜店で買ったブルーの鯉を水槽に入れると、あっけなく死んだ。そして、ズルズルと関係を続けてきた男は、ある日突然、姿を消した・・・
「きれい」
 醜い女を見るとうんざりする庸子が美容外科クリニックを開業して1年。診察時間外に突然10年以上会ってない高校時代の友人が現れた。彼女は吉江。庸子が影でいじめ抜いた愚鈍な女子。少しも変わっておらず、変わらず醜い。
 吉江は、お金は心配ないので顔も全身も整形してほしいという。
 余命が宣告されると、その時点で金が受け取れる保険金は・・・まさかね。
「耳鳴りにも似て」
 宏美のもとに不意に現れた小夜子。宏美が転校するまでの小中5年間、家来のように仕えてきた女だった。
 マルチまがいの健康食品を売りに来た小夜子の前で、蛇に睨まれたカエルのように判子を押してしまう宏美。
 そこには、封印された秘密の過去が口を開けていた・・・
「眼窩の蜜」
 双子の妹の祥子は、幼い時から病気がちだった。それを姉である量子が母の腹の中でいじわるをしていたからだと信じているだけでなく、そのときの記憶まであるという。両親の関心はもちろん、量子は、欲しいものはことごとく祥子に奪われてきた。長じてからは恋人さえも・・・そして結婚し病弱ながらも子供の欲しい祥子の関心は、ホルモンを活性化させるという、生物の眼窩の奥にあるという下垂体に向けられる。
「誰にも渡さない」
 朋子は、大学からの友人である章吾がずっと好きだった。章吾のほうは朋子のことを友人としてしか見ていないのは、わかっている。それでも、大学を卒業してから7年間、たまに飲みに行って浮いた話を聞いたりしても、嫉妬心をグッと抑えて話のわかる異性の親友を演じ、気持ちをひた隠しにしてきたのである。しかし・・・朋子は章吾を愛している。誰にも渡したくない。その想いはいつしか生霊となって、章吾の周辺の女性に禍をもたらし、ついには・・・
「闇に挿す花」
 離婚を機に、真弓がフラワーショップの雇われ店長になって4年。子供が嫌いで、結婚半年後に堕胎したことが夫にバレたのだ。やがて店によくやってくる父娘と親しくなった真弓は、その堂本という父と不倫関係に陥る。
「翠の呼び声」
 夜になると現れる、ミャアと名付けた野良猫は田舎から出てきて11年、友達もいない音絵の唯一の話し相手だった。しかしミャアがベランダで冷たくなって死んでいるのを見つけた頃、音絵は思いもかけず結婚詐欺に遭って何もかもなくしてしまう。
 音絵は自殺を決意するが、彼女の元にひとりの見たこともない青年が現れる。
 私のとこの玉がこうして現れてくれたなら、ものすごく太った黒沢みたいな女性でやって来て、メシをせがむと思う。
 ミャアは賢いね。

「嗤う手」
 雨が霙に変わった夕方、美容室にやってきた初めての客がした告白。それは手のひらの包帯に隠された、恐るべき人面瘡の話だった・・・やがて14歳の時から義父に性的虐待を受けていたというその客と、小説家くずれの夫にDVを受けている美容師の想いは重なって・・・
 結局、自分で食ったんだねえ。
「降りやまぬ」
 幸せな専業主婦である澤子の元に、10年ぶりに突然現れたカオルちゃん。彼女は、かつて澤子が家庭教師をしていた女の子だった。彼女の登場は、何も起こらず、ご飯が食べられ、住む家があり、服が着られれば幸せという、実家の母の教えを忠実に守っている澤子の静かな生活にさざ波をもたらす・・・
「月光の果て」
 病院の衣料関係を扱う仕事をしている教子は、2年ほど前から入院患者の病室から金を盗むようになった。病室荒らしである。しかし、金持ちのボンボンである車椅子の高校生の病室に忍び込んだ際、彼、篤志に見つかってしまい、バラされないかわりに使い走りをやらされるようになってしまう。タバコ、ビール、そしてエロ本・・・篤志は左足の膝から下を切断していた。彼の頼んだ最後の頼みとは・・・
 なぜかほんわか。そして他の9篇とは毛並みが違う話ですね。教子の話は続編をまた読んでみたいと思うのは私だけでしょうか??


 
 
 
 
 
 
 

「秋の牢獄」恒川光太郎

 「夜市」を読んで遅ればせながら恒川光太郎の才能に関心を持ち、本作を読んでみました。
 中編小説が3篇収められた幻想怪奇小説集。著者の作歴では三作目の単行本になります。
 期待をまったくはずさない出来。
 面白い、の一言。
 この方の作風、どことなく他の作家の影響も感じられるのですが、やはりひと味違います。
 たとえば表題作の「秋の牢獄」は、主人公が同じ一日を繰り返す時間反復タイムスリップものなのですが、どちらかというと小説のネタとしてありふれていますよね。読みながら、これをどうしていくのだろうと興味津々でしたが、やはり恒川光太郎らしいところにオチていきました。他の作家ではこうはいきません。オリジナリティがあるということです。
 そのオリジナリティとは何であるのか、ちょっと考えてみましたが、SFではないということが第一点ですね。
 サイエンス・フィクションではなくて、オカルト(妖怪ぽいもの)を加味するところにこの方のセンスがあります。
 東野圭吾や乾くるみのSFミステリーには、オカルト(妖怪ぽいもの)はありません。
 たとえるなら「秋の牢獄」では北原伯爵。「神家没落」ではマヨイガ、「幻は夜に成長する」ではクーピーの中にいたもの。
 これら異界のモノたちが、恒川作品の底流であるかと思うのですが、どうでしょうか。
 それによって読者は、煙に巻かれるということもあるし、その世界の価値観に染められてしまうのですね。

「秋の牢獄」
 11月7日。雨の朝。大学生の藍は学校に行き、学食のテーブルで友達の由利江と話をし、いつもと変わりない日を過ごした。そして彼女はこの同じ一日を何百回も繰り返すことになる。永遠に11月8日がやってこないのだ。
 時間反復現象、一日だけのタイムスリップ。
 25回目か6回目の11月7日、藍に転機が訪れる。同じリプレイヤーの青年が現れたのだ。50回目の11月7日を過ごしているという彼に連れられて行った噴水前の広場には、藍と同じように11月7日を繰り返すリプレイヤーたちが集まっていた。
 中には500回リプレイして長老と呼ばれる人もいた。妻とその浮気相手を何十回も殺した男もいたし、夢を叶えて東名高速でパトカーとカーチェイスして死亡事故を起こした人もいた。人を殺しても自分が死んでも朝になれば同じ日がやってくる・・・
 イレギュラーが起こるのは、リプレイヤーたちが北原伯爵と呼んでいる超自然的な浮遊物体に取り込まれたときである。
 仲間たちは、北原伯爵に飲まれて一人また一人と消えていく。果たしてその先に11月8日はあるのだろうか・・・

「神家没落」
 ある春の夜。友人の家で酒を飲んだ帰り道、少し遠回りして近所の公園に寄った私は、そこで不思議な光景を目にする。
 月光が一軒の民家を照らしていた。その民家は藁葺き屋根で縁側があり、文化財のような家である。垣根をくぐって私は入ってみた。すると、翁の面を被った老人が現れ、私のことを待っていたという。翁は、数百年も前から秘密裏に村で代々守ってきた神域の家守で、交代でくる次期継承者がやってこないまま寿命を超えて歳を重ねてしまったというのだ。
 まったく話が噛み合わないまま、私は目前で崩れ落ちるように消え去った翁の代わりに家守となった。
 この家は、数日おきに規則正しく日本国内を漂流する迷い家だった。家守は敷地を超えて家を離れられない。だが、家守の役割を交代する人が訪れれば解放される。代わりを見つけるために、私は家に「カフェ・ワラブキ OPEN」と札を貼り、日本中を漂流し、物好きな客がやってくることを待った。そして、半年後。海の近くで真面目そうなメガネの中年男性を引き込み、事情を慌ただしく話したきり彼を置いて逃げたのである。しかし、私の予想もしなかったことが明らかになる。家守を代わった彼は、殺人鬼だったのだ。

「幻は夜に成長する」
 小6のリオは、海で奇妙なおばあさんに誘拐され、祖母と思い込んだ彼女と4ヶ月間何の疑問もなく一緒に森の家で暮らし、幻術というべき不思議な力を継承した。
 森の家はリオが町の子どもに連れ出されいる間に火事になり、おばあさんもいなくなった彼女は警察に保護され、4ヶ月ぶりに両親と再会してはじめて、誘拐されるまでの記憶が戻った。それまで親の顔も学校のこともすべて忘れていた。
 しかし彼女のなかに不思議な力は宿ったままであり、やがてそのパワーはレベルを上げていく。
 森の家の火事が新聞に載るような事件であったことも知った。火を付けたのはおばあさんに逆恨みした町の中学生であり、彼らは一晩でリオも顔を知っている35歳の無職男性に連続殺傷されていた。
 東京に出て力を隠し働くようになったリオは、普通の彼氏も出来た。
 しかし、彼女の不思議な力を利用しようとする新興教団によってリオは目をつけられ、客の地獄を受け取る代わりにその手を握り光と自由を渡す生き神様として囚われの身となる。

 表題作の「秋の牢獄」の雰囲気そのままに、あとの2作もテーマは「牢獄」でしたね。
 時間と、マヨイガ(場所)と、リオ(己の力)に囚われてしまった、3人の主人公たち。
 マヨイガの私は抜けだしたところで終っていますが、あとの2件はどうなったのでしょうか。
 私の勘では、北原伯爵に取り込まれた藍は、11月8日に行けたと思います。
 リオは、眉毛のおじさんを軽くひねり殺して、もはや誰も手がつけられない妖魔として夜のとばりに降りたと思われますが、彼女の場合は己の力からは逃れ得なかったであろうと思います。


 

 
 

「非写真」高橋克彦

 “写真”をテーマにした、ホラー短篇集(ひとつだけホラーじゃないのもアリ)。
 20~40ページほどの、読み頃サイズが9篇。
 クラス写真に写った誰の記憶にもない少女の正体を追う「あの子はだあれ」は、ありがちながらも最恐。
 個人的にツボは、20センチの隙間で踊る謎のピエロをレンズが捉えた「ゆがみ」。
 ※注 この2篇は、よい子が寝る前に読んではいけません。トイレにいけなくなります。

 で、テーマである写真以外ですべてのお話に共通しているのは、なぜか岩手県の盛岡。
 それもそのはず、釜石市出身の作者は盛岡に在住しており、しかも写真の腕前はプロはだし、盛岡の風景を撮影した写真展も開催されているらしいです。9篇の話の中には盛岡在住の小説家、つまり作者自身を主人公というか、語り手にしたような作品も見受けられます。もちろんフィクションでしょうが、あんがい楽しんでやられた仕事だったのではないでしょうか。
 というのは、それぞれの物語の筋は格別怖かったりとか、反対につまらないのもあるのですが、“写真”に対する情熱が共通項になっており、完全にストーリーを離れて作者の写真語りになっている場面もあります。私はまったく光学機器や写真には興味ないのですが、これがまた、けっこう面白いのですよ。
 “写真”とはなんでしょうか。芸術として小説や絵画、音楽とどう違うのか。写真はただの現実の切り取りなのか。
 たとえば、写真というのは春でなければ桜は撮れませんが、絵画だといつでも描けますわね。
 別に偽物の桜を撮ればいいじゃんと云われても、写真で偽物を桜を撮るとそれ自体安っぽいまがい物になりませんか。
 一方、小説がすべて作者がコントロールしているのに対して、写真というのは、撮影者が意図していないものを被写体として収めたりすることがあります。風景を撮ったつもりが、未確認飛行物体が写っていたとかね。
 映画の筋は限定されてしまいますが、写真は見るもの一人一人によって無限に物語が広がるという考え方もあります。
 道具の進歩もハンパありません。少し前まで30万画素だった世界が今は3千万画素とかになっています。
 やはり、芸術は芸術なのでしょうが、他と比べても、“写真”とは特異な世界なのですよ。
 そして、物語を通して述べられてきた作者の“写真”に対する考えや思い入れは、表題作であり最後の作品である「非写真」において、一応の完結といいますか結論が下されたように思います。
 それは、写真は小説とは反対のもの、という答えでした。その心は、嘘からはじまる小説が現実に近づけて書かなくてはならないのに比べて、写真は現実そのものを切り取るものであるからこそ、そこには平凡な現実を遥かに超越した非現実がなくてはならぬ、というのです。確かに、事件や事故の決定的瞬間は、現実でありながら現実ではありませんよね。
 それが写真というものの、ある意味、本道かもしれません。ロバート・キャパとか報道写真はその範疇ですし、ヌード写真だって考えてみれば非現実な世界と云えるでしょう。

「さるの湯」
 東北沿岸部を襲った大津波。車で2時間の盛岡に住む男は、朝から夕方まで何百枚と被災地の写真を撮った。そして、割合にして百枚に2,3枚、遺族を写した写真に、津波で亡くなった家族が写っているというので話題になった。男は、地元の青年団のメンバーに、山奥にあるという“さるの湯”に連れて行かれる。さるの湯は、この世からあの世へうつるために死人が最期に入る湯であると云われてきた。
「合掌点」
 旧知の編集者が、3ヶ月前に三陸海岸で行方不明になった。大津波で中学や高校の仲間を大勢亡くした彼は、出版社を退職し、故郷の遠野に引っ込んで、被災地をずっと撮影していた。彼の部屋に残された数々のカメラ、レンズ、そしてマウントアダプターに込められた秘密とは・・・
「モノクローム」
 色がないからこそモノクロームは、この世界の美を際立たせる。そして、人間を含む類人猿以外の動物は、モノクロームの世界に生きている。モノクロームは光に敏感であり、かえって色彩で豊かな世界よりも危険をいち早く察知できるのである。色彩は邪魔なのだ。モノクロームでしか捉えられないものがあるのだ。
「約束」
 ホラーではありません。ヌード写真家が30年以上前の恋人と交わした約束を果たす話。
「遠く離れて」
 自分じゃなきゃ撮れない写真がなくなったと、東京から故郷の盛岡へ帰ってきた有名なカメラマン。彼は、ずっと留守にしていた実家で、古いアルバムを見つける。そこには、よく夢にでてくる屋敷の写真があったのだが・・・
 ネタバレ=自分は自分ではありませんでした。溺れて死んだ少年のなかに入ったのです。入っているあいだは何もできません。少年はカメラマンとなり、少女を殺害するような猟奇的殺人者となってしまいました。今度は少年から抜け出て、少年が殺した肩にタトゥーがある少女の中に入りました。
「ゆがみ」
 これは個人的にツボにはまって怖い。エプロンした母親っていったい何? 怖い。意味不明の怖さ。
 魚眼レンズを覗いたまま、盛岡の街なかを撮影していた主人公が、猫程度しか通れない20センチほどの隙間の路地へ迷い込んでしまうお話。
「あの子はだあれ」
 これも怖い。ラストはほっこりするけど、誰の記憶にもない子供がクラスの写真に写っているという状況が、ありがちなんだけど想像してしまえるだけに、超コワい。母校の小学校で展示会をすることになった小説家が、、現代の高性能スキャナーで古い写真を整理中に、写ってないはずのものを見つけてしまうというストーリー。
「遠野九相図」
 しばしば遠野を訪れた経験があったために、遠野で講演をすることになった主人公の元へ、謎の男が訪ねてくる。男との会話は、昭和31年に行方不明になった母方の叔父と、キャノンのセレナーのレンズの行方を示唆していたのだが・・・
 キャノンは、昭和23年に社運をかけてセレナーという交換レンズを製造したそうです。そして、安かろう悪かろうと云われながら、ライカの半額の値段で安売り攻勢をかけ、現代の巨大企業にまで成長しました。こんな歴史があったなんて。
「非写真」
 表題作は、ストーリーがどうと言うより、作者の写真語りですね。これでお腹いっぱいです。ストーリーに特別見るべきものはありません。ただ、ここで何点かの写真の存在が紹介されており、それをネットで検索してみれば、予想外の恐怖に出会うことになるでしょう。


 
 

「憤死」綿矢りさ

 肩のこらないいつもの綿矢風恋愛小説かと思って読んだら思いっきり違いました。
 タイトルの「憤死」は表紙に大きくピンク色でかわいらしく、よく見るとJリーグの背番号みたいにハートマークがロゴされていたりもしましたし、異性にフラれて玉砕したことの喩えだろうと思っていましたが、そうではありませんでした。
 正直、綿矢りさがこんな不気味なものを書けるんだということを知りませんでした。
 ホラーとまではいかないかもしれませんが・・・カバーからは想像もつかぬ、ぬらりとした薄気味悪さと悪意、不可思議に彩られた4篇の物語です。

「おとな」
 一瞬、随筆かと思いましたが・・・そうかもしれないし違うかもしれません。
 思い出と呼ばれる現実の過去の記憶と、年月が過ぎても色あせず忘れられない幼いころの夢の記憶。
 作者はそれぞれの最古のものを紹介しようとするのですが、まず現実の記憶でもっとも古いものを紹介し、次に最古の夢を紹介しようとするところで、はたと思い当たる。あれは夢じゃない、現実だたっということを・・・
 これはどういうことだったのでしょう?ひたすら、不気味です。

「トイレの懺悔室」
 地蔵盆とは、関西地方で夏の終わりに行われる子供のための小規模な縁日だそうです。
 語り手の男性が小学校6年生のときに経験した地蔵盆の思い出は奇妙なものでした。
 公園で遊んでいると、よく顔を出す近所のオヤジ。昼間から酒臭く、何をしているのだかわかりませんが、よく子どもたちに声をかけてきたそうです。そのオヤジが、地蔵盆のあとで「洗礼をしてやる」と言ったのです。
 4人の子どもたちがキリスト教の真似事の洗礼を受けると、今度はオヤジは自分の家で「懺悔(告解)をやるから来い」と言いました。妙なオヤジの家へ探検するともりで集まった4人にオヤジは「さあ、始めろ。ウソをついたり隠したりすると、穢れたまま大人になり、いずれ地獄へ行くからな」と言い残して、自分は家の外にあるトイレに入り小さな窓を開けて、赤ちゃん椅子に腰掛けた子どもたちの告解を代わる代わると受けたのでした。
 語り手が社会人になってから地元で催された同窓会で、そのときの「トイレの懺悔」を受けたひとりの友人は、いまもそのオヤジと会っていると言いました。怖いもの見たさと奇妙なノスタルジーを感じた語り手の男性は、飲み会が開いたあとで友人とふたりで久しぶりにオヤジの家へと向かうのですが・・・
 
「憤死」
 「小中学校の女友達が自殺未遂をして入院していると噂に聞いたので、興味本位で見舞いに行くことにした」、というのっけからブラックで悪意のある出だし。しかし語り手の女性は、入院している佳穂が、昔のように妄信的に自分の美しさを信じていないことにガッカリして舌打ちしそうになります。かつての佳穂の、自らの小太りを巨乳と呼び、おおらかな胴回りをデニムできつく締め付け、窮屈なローライズのデニムから尻の割れ目が見えている、ブルトーザーばりの破壊力は削がれていました。
 小学校の時、語り手の女生と佳穂はスクールカーストの底辺で、佳穂は彼女を目下のごとく扱いました。
 交流は中学校に入ると薄くなり、別々の高校に行くと完全に途絶えました。20歳になったときアメリカ帰りだという佳穂から連絡があり、成長した佳穂に対する好奇心が抑えきれずホテルのフロントで再会したのですが、佳穂はひたすら自身の自慢話に終始し、会話が成立しませんでした。
 佳穂はどうして自殺しようと思い立ったのか?それはただひたすらなまでの純度の高いわがままと、神々しいほどの激しい怒りが巻き起こす、肝心の死さえが腹立ちのおまけであるという文字通りの『憤死』行為だったのです。
 綿矢りさという小説家のレベルの高さがうかがえる一品。
 私もね、嫌いな人間に会いたくてたまらないときがあります。そうして「やっぱ嫌いだな」と再確認することが快感なのですね。

「人生ゲーム」
 ブラックファンタジーとでもいうのかなあ。「世にも奇妙な物語」の原作になりそうな話です。
 語り手の男性、コウキ、ナオフミは小学6年生で、コウキの家でボードゲームの「人生ゲーム」をしていました。
 コウキの兄は高校1年生で、当日たくさんの友達が来ていたのですが、そのうちの1人が小学生らのしている人生ゲームを覗きこみ、勝手にボードに印をつけて「オレが丸をつけた場所で、おまえらは必ず不幸になる」と言ったのです。
 この後は想像通りの展開が続きます。まず、ボードに丸のついた“勝ったばかりの新車で人身事故 1万3千ドルはらう”はその通り、大学に入ったばかりのときナオフミが事故を起こし賠償に苦しんだ彼は自殺します。
 次は30代半ば。“勤めていた会社が倒産 無一文になる”。コウキの勤めていた銀行が破たん、コウキは不正融資を行なっていたことを苦にして失踪、のちに遺体が見つかりました。
 実はナオフミが死んだ時点で、忘れていた過去が甦り、あのときのコウキの兄の友達を探そうとしたのですが卒業アルバムにはそんな人間はいませんでした。
 残るは・・・定年後、ひとりぼっちになった語り手の男性の前に60年ぶりに“あの男”が現れるのですが・・・
 残った丸印は何なのか、そして60年前と姿が変わらないこの男はいったい何者なのか。
 突拍子もないファンタジーの中に、人間の一生が凝縮された、切なさが後を引く物語。

 一番好きなのは「人生ゲーム」ですが、謎が残るのは「おとな」ですねえ。
 どう解釈すればいいのか、いまひとつわかりません。どうして間に挟まれて汗みずくになったのでしょうか。
 間に挟む意味がわかりません。ただ単に変態性行為ということなのでしょうか。なんか違う気がする。
 と書いたところでもう一回読んでみました。なるほど、腑に落ちました。
 この子は行為自体を見てしまったのですね、それが終わったあとで裸のおじさんとおばさんの間に入って昼寝した、ということなんでしょう。ラストの、「おとなはいつも笑顔だった」、がぞっとするほど不気味です。
 4つともなかなかよかったなぁ。綿矢りさも「おとな」になったから、変わらぬ笑顔の裏でこんな話も書けるようになったんだ・・・コワ。


 
 
 
 
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