「春山入り」青山文平

 「約定」(2014年8月刊行)の文庫本化にあたって改題されたものが本書「春山入り」。
 江戸時代中後期の武士の暮らしを題材にした人情味豊かな短編が、6篇。
 別の著作にも収録されている「半席」がそのまま入っており、不思議でしたが、作者あとがきによると、後に連作小説集となった「半席」の一作目が「約定」に元から入っていたためであるそうです。
 そういう作品が生まれた由縁を読者に知っておいてもらいたいということですね。
 ひとつの短編を作るのに、素材集め1ヶ月、構想1ヶ月、執筆1ヶ月の計3ヶ月も費やすそうで、それだからこんなに懇切丁寧というか、思いのこもった物語が生まれるのですね。
 短編ながらとても内容が濃く、それぞれに色合いも違うため、相当目先の変わる面白い作品集になっています。

「三筋界隈」
 三筋界隈とは、浅草阿部川町と書院番組屋敷、隣り合う大番組組屋敷と元鳥越町の一帯の俗称であり、水の都江戸のなかでもっとも水害の多い土地だったそうです。大雨が続けばすぐに床下浸水のような。そんな家賃の安い三筋界隈で剣術道場を開いてる主人公。44歳、田舎の藩の郡奉行を解任され江戸に出てきて5年。独断で洪水被害を受けた農民の年貢を免除したことを避難され、召し放ちになったのです。道場といっても、弟子はひとりも来ません。天明の飢饉で暴騰したコメを原因とする商家打ち壊しの日雇い用心棒くらいしか糊口をしのぐ手段はありません。ある大雨の日、急いで主人公が道場に帰る道すがら、ひとりの年老いた武士が行き倒れになっていました。自家製の薬湯で老武士を看病したのですが・・・

「春山入り」
 春山入りとは、冬の寒さ厳しい北国の藩民が、春の訪れを喜び里山の草花を愛でて遊ぶ風習のことだそうです。
 刀が腰の飾りとなりかけている天明の世。島守藩6万石で150石を食み剣の腕で鳴らす藩士・原田大輔は、馴染みの刀商をおとなうことを愉しみとしていました。ある日、主人に誘われるまま店に入った原田の目に止まったのは、業物の津田助広よりも長柄刀という、普通の刀より柄を二寸伸ばした実戦用の“卑しい”刀でした。後日、幼馴染で今や藩政を差配する若手重臣の川村直次郎から、新たに藩で雇用することになった儒者の警護を頼まれた原田は、実戦向きの長柄刀のことを思い出します。

「乳房」
 私的にはこれが一番好きです。
 百姓の次男坊で、陸奥国中川原村の幕府御領地の手代から一躍江戸に呼ばれて御家人となった立志伝中の人物が、那珂の養父・島村清蔵でした。今で言えば現地採用から実力で東京本社に栄転みたいなものでしょうか。
 しかし、一人息子を病で失くし、姪の那珂を養女として迎えた清蔵は、彼女に婿を取るのではなく、那珂を旗本に嫁がせることを選びました。西崎弘道という32歳の、200俵取り大番組番士が那珂の嫁ぎ先でした。いざ嫁いでみると、御家人とはいえ余録の大きい役職に就いていた島村家での生活と、旗本とはいえ爪に火を灯すような西村家での生活にとまどうことばかり。身分の差を突き崩そうとした清蔵と、ひたすら身分を守ろうとする弘道のふたりの男の差も感じていました。だから、弘道が大阪在番の役目が回ってきて1年間の単身赴任が決まったときは、これで明かりが贅沢に使えて好きな漢詩が読めると喜んでさえいたのです。しかし、夫の留守中に、中間にしては美丈夫すぎる辰三という男が屋敷に入るようになって・・・

「約定」
 これについては、色々と考えてみました。どうして間違ったのだろうと。どこかに真相のヒントは落ちていないかと。3年後と清志郎に勘違いさせたものの正体は何だったのかと。でも、真一郎と清志郎の言うことがどちらも本当ならば、清志郎の記憶違いということに落ち着くしかないのですね。ですから、作者の言わんとしていることは約定の行き違いうんぬんではなくて、約定が違ったときのそれぞれの武士としての生き方の違いなんだろうと思います。サムライとして自死を選んだ清志郎と藩政を預かる重臣として責任をおっていた真一郎の価値観の違いです。江戸中後期の財政破綻は、元々ひとつの生き方だった武家を、武士道と経世道に分かつ分岐点となったのです。

「夏の日」
 この作家は、飛び地といいますか、幕府御領地や知行地の話が好きですね。
 この話も、上野国西原郡久松村という700石の旗本西島平右衛門の知行地を舞台にした話です。
 久松村の名主である落合久兵衛は、飢饉の折に蔵を開いて無償で村民に食糧を分け与え、名主の鑑と言われていました。このことが幕府に懸賞され、同時に落合家は元はと言えば小田原北条家の家臣であることを由緒としているため、苗字帯刀が許されることになりました。平右衛門の子息であり書院番を務める西島雅之は家人とともに、このことを伝達するため久松村を訪れます。そこで殺人事件が起きるのです。被害者は、落合家の門屋(百姓に帰農した武士の家臣)筋で、田畑仕事ばかりでなく商いもしていた利助という男でした。
 この話は、「励み場」という作品のベースとなっているとみて間違いなさそうです。設定やミステリー調など似ています。
 今思えば、この作家が飛び地や遠隔知行地を舞台にしたがるのも、それがもつ閉鎖性や神秘性を好んでいるのかもしれません。


 
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「花を呑む」あさのあつこ

 弥勒シリーズ第7作目になります。
 捻くれ者で剣呑な人物ながら、難事件解決の推理が冴え渡る北定町廻り同心・木暮信次郎。
 数え切れぬほどの人を斬った過去を抱えながら、江戸屈指の小間物問屋の主となった遠野屋清之介。
 そしてふたりの間で揺れ動く、ベテラン岡っ引き伊佐治と小料理屋梅屋の暖かい家族。
 今作も、彼らの前に血塗られた怪事件が・・・

 うーん、前作の「地に巣くう」を読んだあと、これからこのシリーズがどう進むかと考えたときに、「誰かレギュラーキャラクターが死ぬしかないんじゃないか」と思ったわけです私は。伊佐治くらいが唐突に河原で斬られて死ぬとか。
 シリーズを牽引する謎であった清之介の過去も、地元である嵯波藩での冒険を機にあらわになりましたしね。
 新しいネタがないじゃんか、と。何かサプライズがなければ、ひょっとしたら次くらいで終わる可能性もあるなあ、と。
 ところがどっこい、でしたね。
 シリーズの展開上は、なんの新ネタもひねりもなく、単発の事件ミステリーをもってきました。
 厳密に言えば、清之介の兄である宮原主馬が病で死ぬかもという動きもあったのですが、どうやら治りそうだし。
 シリーズの展開はいかにどころか、まったく静かに平行移動しただけだったね。
 これは、ひょっとしたらずっと続くんじゃないかなあ、作者が死ぬまで。
 この手を今更のように7作目になって持ってくるのであれば、そんじょそこらで終わらないでしょ。
 いかにも女性作家にありがちといいますか、あさのあつこらしいといいますか、長いシリーズになりそうです。
 まあ、それはそれで楽しみですからいいんですけど。
 お常という、後作にも影響するであろう新たな不気味キャラも登場したことですし。

 簡単にあらすじ。
 海辺大工町の老舗油問屋の主人・東海屋五平の異様な死に様が、江戸の街を騒がせた。
 五平の体には切り傷ひとつなく、首を絞められたあともなく、ただ口に深紅の牡丹が幾つも突っ込まれていたのである。
 翌日、五平の囲い者であったお宮という女が、仕舞屋の牡丹の花の下で喉を突いて自死していたのを発見されたことから、五平の妻であるお栄が見たという幽霊騒ぎもあって、五平は亡霊に憑り殺されたという噂が広まった。
 もとより亡霊の仕業など信じず「尋常でない死に方をしたのではなく、尋常でない死に方を仕立てられた」と推理した同心・木暮信次郎であったが、拍子の悪いことに彼は風邪をこじらせて高熱で臥せっており、探索の第一歩が遅れてしまった。
 迷宮入りしてしまった怪事件。
 その間にも、物語は動く。伊佐治の小料理屋梅屋を営む息子太助の嫁おけいが、2度目の流産をし、気を病んで家出してしまう。そして、清之介の前にやってきた刺客・伊豆小平太。彼はなんと金の無心にきた。清之介の兄である宮原主馬が、医者から死を宣告された病で臥せっている。薬代が高価なので五百両用立てしてほしいという。
 すべての糸はやがて絡まり、不気味で怪しげなひとつの焦点へと誘われていく・・・

 この作者のミステリーの作り方は、2,3本の伏線をわかりやすく最後でまとめるというもので、まあ、小説の常道なのですが今回はシリーズネタがなくて単発勝負ということもあり、いつもより線が多かったかと思いますが、牡丹のオチは良かったと思います。美しかったね。前まではただ剣呑で難しい雰囲気だった信次郎ですも、ここにきて伊佐治との掛け合いが漫才のような絶妙でほがらかなものになってきました。これは読んでいるほうも気が安らいで助かりますな。
 こういう変化は楽しいかもしれません。私なんかは「信次郎うぜえな、早く死なないかな」と思っていたのですが、ここまでくると憎めないキャラクターですね。
 剣劇もありませんでした。初めてじゃないかな。ジャンルも冒険ものから人情ものへと今作に限っては変わったような気配でしたね。物語として円熟してきたので、やたら騒がしいよりこっちのほうがいいですね。


 
 
 
 
 

「励み場」青山文平

 上り調子の時代小説作家・青山文平の新作です。書き下ろし。
 なんとも艶のある出だしは、それもそのはず、今までになかったように思われる女性視点の書き出しです。
 いい意味で青臭かったデビュー時とは、趣が違ってきたようにも思います。
 人気作家の雰囲気が出てきましたね。
 今が一番乗っているかもしれない。増長はご免ですが、辛気くさいのもジリ貧だからねえ。
 プロットのひねりは毎度のことですが、今回のはね、格別だわ、読み始めと読後でまったく印象の変わる小説です。
 これが、この作家の特徴でもある。そろそろ見切るべし。
 導入ではどうみても江戸時代のつましい夫婦の人情小説かと思いきや、後半から不気味な冒険調のミステリーに変貌します。たぶん、この人はミステリー風味をどの作品にも織り交ぜたいのだと思いますねえ。サービス精神旺盛なんですよ。
 そして、この方のもうひとつの特徴である、物語の深み、ね。
 妙なことを深く追求したりする。本作でもそう。
 たとえば、本作だと「八代吉宗公の時代では、日本全国の石高が180万うんぬん・・・」とか、江戸時代の農政が詳しく引用されているわけですが、これを飾りとおもって、読み飛ばしてうっちゃってると、本作の真相は永遠にわかりません。
 我慢して、江戸時代の農政に対する説明を追うことですね。
 宝暦8年にして、農本主義(米で年貢を収める)は限界にきてたんだなあ、とか思いながらね、真面目に読むこと。
 そうすれば、ラストで作者が言いたかったことが何であるのか、わかるのではないでしょうか。
 まあ、私も偉そうなこと云えるほどではないのですが、この物語の本質は農政ミステリーと言っても過言ではないと思いますよ。

 じゃあ、簡単にあらすじ。
 宝暦8年。笹森信郎が、妻の智恵を連れて江戸に出てきてから、はや3年が経った。
 いまだに二十俵二人扶持の、勘定所普請役である。正規の幕臣ではない、臨時の雇いだ。
 故郷で幕府御領地の手代元締めを務めていた切れ者の信郎が、なぜ妻以外のすべてを投げ打って江戸に出てきたか?
 智恵は豪農の娘であり、彼女の親族は大反対したにもかかわらず・・・
 それは信郎の出自にあった。かれは「名子(なご)」であった。
 名子とは、およそ150年前、江戸幕府が開かれた頃、武将という身分を捨てた領主の家臣のことである。
 領主が百姓になったのだから、その家臣である名子もまた、帰農した。
 長い時の間に、すっかり土が身に馴染んだとはいえ、先祖は武士である矜持は、子孫の血統に生きている。
 名子は名主という村長に雇われているのではない、あくまでも主家に仕えているのである。
 そのプライドのために、元々の百姓とは様々な軋轢を生み、農地を手放した者も多かった。
 信郎は、武士になりたかった。いや、ならなければならないと思っていた。
 ゆえに、先代の代官の伝で、江戸で臨時とはいえ、役目を得たのだ。
 勘定所は、信郎にとって“励み場”である。
 つまり、励めば報われる数少ない幕府の役所である。生まれついた家がすべてという幕府の職制のなかで、力さえあれば上が開けているのが勘定所であった。支配勘定という正規の幕臣になるのも夢ではない。実際、御目見以下の御家人が、以上の旗本に身上がる目があるのは勘定所をおいてない。しかも、信郎の普請役のように、武家以外の身分が、武家となる階段も用意されていた。つまり、百姓・町人が旗本になる道が開けているのである。
 励まいでか。しかし、当初の目論見では2年で支配勘定になれる算段であったのに、3年経った今も普請役に信郎は甘んじていた。智恵とふたり、下谷稲荷裏の御家人の敷地の家作で、慎ましく生活していた。
 仕事はできて当たり前。点数を稼がなければならない。一刻も早く、上のお役目に駆け上がるために・・・
 そんな折、上司のそのまた上司である勘定から呼び出しがあった。
 幕府御領地である上本条村への出張である。上本条村は、養蚕や綿花など他に産業を興さずに米作、畑作の農業だけで成り立っている「耕作専一」でありながら、3年前の宝暦の飢饉からいち早く立ち直った。
 名主の久松加平が緊急で沼の干拓事業を行い、身銭を切って日雇い賃を払って、村全体が生き延びたのだという。
 稀有な例である。今回の出張は加平を幕府が顕彰するための調べであった。
 折も折、幕府の内証は火の車のために経費は削減され、わずかの出張期間であったが、信郎は上本条村がなぜ飢饉を生き延びたのか、その真実を探り、これからの農政のために、ひいては己の出世のため、献策のタネを見つけようとする。

 こう書けば、信郎がちょっと出世にかられた、こまっしゃくれた男と見えるかもしれませんが、実際はそうではありません。誰にでも公平な、いい男です。
 そして、智恵も含めた自分の本来の生き方を見つけることで、エンドになります。
 どういうことかというと、名子という職分の生き方を己のアイデンティティとしながらも、崩れ去る農本主義にあっての生き方、米ではなく金を生む生き方という、新しい道の発見でしょうな。
 過去に囚われては江戸で武家になるしかないが、今は江戸の武家自体が過去の因習そのものになっているということです。
 じゃあ、どうするか。智恵と故郷に帰って、新しい生き方をしようじゃないかということですね。
 それにしても中世と近代の間の江戸年間ですが、よくもまあ、保ったと思う、何百年も。
 このような期間がありながら、現在の日本という形が成立しているものです。
 とはいいながら、名子というわけじゃないですが、武士が農家になった名残は、今、私が暮らしている地方には公務員や銀行員、商店主が休日には畑を耕しているという形で色濃く残っているのですね。恐るべし、江戸農本主義。


 
 
 
 
 
 

「かけおちる」青山文平

 御改革真っ只中の寛政2年(1790)。
 幕府言うに及ばず、日の本の各藩の台所は火の車である。
 もはや米には頼れない。新しい産業が早急に成り立たなければ、藩が潰れてしまう。
 柳沢藩4万石も、ご多分に漏れない。
 しかし、北国のこの小藩に、光明が訪れた。
 叩き上げの地方巧者(農政実務に強い)である執政・阿部重秀が、頭の固い家老の反対を押し切り、3年越しで、大量の鮭が遡上する河川を人工的に作り上げたのだ。販路が開ければ、柳沢藩きっての名物となり、財政の扶けとなることは必定だった。
 鮭で盛り上がった川の流れを見ながら、重秀には、この成功を真っ先に伝えたい男がいた。義理の息子、長英である。
 長英は、重秀の一人娘である理津の入婿だった。
 棚沢藩名うての剣士であり、奥山念流を修めた長英は長らく番方(武官)であったが、3年前より、役方(文官)である江戸藩邸の興産係になった。この度の鮭の成功は、元はと言えば、江戸の長英が発案して国元に送ったアイディアであったのだ。
 祝着である。家老からも褒められ、重秀には、暗に長英を国元に還して用人に取り立てるお墨付きも出た。
 しかし、成り行きとは裏腹に、重秀の心は晴れない。
 重秀は叩き上げの藩士である。親子ともどもが重臣に取り立てられれば、名門門閥の家老たちが黙ってはいないだろう。
 仮に、長英が国元に出世して戻ってくるようであれば、重秀は自分が致仕することも考えていた・・・
 その頃、江戸の長英。念願の鮭の成功の通知は、いまだ江戸には届かない。
 まだ3年目とはいえ、はや3年目、藩の浮沈を担う興産掛として何の役にも立たずに、イタズラに経費を浪費していることを情けなく感じ、鬱屈していた。ついに、あれほど嫌っていた竹刀を使用する、御公儀御留流である小野派一刀流に重なる中西一刀流の中西道場に入門、興産を忘れて剣術に逃げた。しかし、わずか7ヶ月で取立免状を授与されるという、江戸市井の伝説になるような結果が伴い、その祝宴でまた藩に金の負担を強いることになる・・・

 実は、上に書いた雑多な私のあらすじとは、ベクトルが異常にずれた物語が展開されることになります。
 青山文平の、デビュー二作目になります本作。
 経済にも剣戟にも通じながら、男女の人情も篤い傑作の時代小説。
 「かけおちる」。本文では、駆け落ちるではなく、欠け落ちると表記されています。
 当初は思いも及びませんでしたが、「かけおちる」が作品の根底を流れるテーマとなっています。
 さらに、それをもっと突き詰めれば、サムライの生と死に突き当たりますね。
 それが、本作がエンタメ系でありながら、深さ、つまり哲学的文学性を併せ持っている所以かと思います。
 なんか深いよねこの小説、という感想の正体は、そこにあるのではないかと。
 もちろん、江戸期の養蚕とか興味深いし、長英と瀬島の立ち回りですね、特に「突きの起こりがわからない」とか最高。これは、空手やボクシングなどもそうですが、攻撃する刹那の挙動がないのですね。ですから受ける側は後の先、先の先が取れない、という経済や剣戟も読み応えバッチリなのですがね。
 サムライの生と死。それは、江戸時代も後期になって、今更刀槍でもないだろ金を儲けてこいという、武士の本来の姿が失われている時代に、武士という人種がどう生きるべきかを問うものです。いや、間違いかな、どう死ぬかを問うものです。
 実際に、江戸時代の記録などを読むと、実に驚くべき頻度で、武士は切腹していることがわかります。
 結局、長英が達観したように、武士というのは、死に親しんで構えながら生きていく人種なのでしょう。
 いつ死んでもいいやという覚悟ができている。死ぬことによって生き様が救われる。
 それをなんとかして生かそう、としたのが、本作で「かけおちた」女たち。
 そこに生と死の、一瞬の光芒がありました。肝はそれかな、と思います。

 さて、この物語はどう続いていったのでしょうか。
 重秀と民江は出奔した後なのでしょうが、長英の死は、まだ国元に伝わっていないように思います。
 私は、ひょっとしたら江戸留守居役の茂原市兵衛が、内々に始末した可能性もあると思う。
 気がかりは、あの時逃げた侍がひとりいた、ということですが、瀬島のやっていたことを知っていて相伴に預かろうとしたくらいですから、名乗り出るとは思えません。
 もちろん噂は飛ぶでしょう、しかしこういうのは、建前の問題ですからね。なかった、ということにはできるはずです。
 取立披露の祝宴の出費がなくなるのだから、30両の損くらいはなかったこと同然です。
 茂原はそれくらいの腹のある男でしょうね。
 ちなみに、彼の過去のエピソードは、著者の直木賞受賞作「つまをめとらば」に収録されている「ひと夏」の原型となっています。同じ柳原藩で幕府の領地の中にある飛び地という設定も、直心影流の遣い手との一騎打ちという設定も同じですが、キャラクターだけが違っています。
 問題は、重秀が長英の死を知ったときにどう出るかでしょうね。
 藤兵衛に文を出さなければ、ずっと知らない可能性もあるし、彼の齢を考えると、もう柳沢のことは捨てて長崎で最期の一花を咲かせてもいいかもしれません。民江がいるからね。帰れば、十左衛門がいるから。
 一番知らぬが仏なのは、理津。彼女は長英を生かすために逃げ回り、その結果、彼の死を知らないままです。
 機転の効く啓吾は何かのツテで知るかもしれませんが、彼は彼女には告げないのではないかと思います。


 
 
 
 
 
 
 
 

「半席」青山文平

 直木賞受賞後第一作になるのかな? ミステリー仕立て時代小説連作集。
 全6篇。後にいくほど面白いです。
 読みはじめは「これはちょっと」と思ったんですが、なかなか。さすが直木賞作家。
 江戸市井の雰囲気も身近に感じられますし、御公儀の仕組みも「こんなのあったの! へえー」ってビックリさせられるし、やたら詳しいし。人情を背景にしながらも、後のほうの話は展開自体に迫力があって、思わず唸らされました。
 事件の真犯人を探すのではなく、どうしてそのような事件が起こったのかを解くというスタイルです。
 良かったと思います。

 文化年間の江戸(19世紀初頭)。
 主人公の片岡直人は20代半ば、すべての御用を監察する目付の耳目となって働く、徒目付(かちめつけ)。
 彼の家は“半席”です。
 半席とは、一代御目見のことで、子孫まで幕臣としての身分が保証される旗本ではなく、自分一代だけが召し出された御家人です。彼の父は旗本でしたが、一度きりの御目見で無役に還りました。当人のみならず子も旗本と認められる永々御目見以上の家になるためには、ふたつの御役目に就かなくてはなりません。ただし、これは父子二代で達成しても可です。
 ですから、直人は15歳のときから「逢対」という未明のうちから数ある権家の屋敷に日参し、顔を覚えてもらい召し出されるのを待つという苦労を重ねてきました。厳しいのですね、江戸の官制は。
 そして22歳のとき、奇跡的に小普請世話役に召し出され、徒目付に移って2年。
 ただし、直人にとって徒目付の役目はあくまでも腰掛けであり、次に目指す勘定所の勘定になったとき初めて、片岡の家は半席を脱し、れっきとした永々御目見となって、直人の子は生まれついての旗本となるのです。
 そのためには、ここで安穏としてはおられないのですが、直人より一回り年上で徒目付組頭の役に7年も付いている内藤雅之が、職分上色々な裏事情を知り得る徒目付を頼っての「頼まれ御用」、まあ言うなら警察官が探偵のバイトをするような感じですね、その裏仕事を気さくな感じで直人に振ってくるのです。徒目付のなかには出世を捨てこれを生きがいにしているものも多く、その実入りは代々で築いた生禄を上回ると言われています。
 しかしここで回り道はできない直人は上司の悪魔の?誘いを「半席、半席」と心の声で振り払いつつ、頑なに拒んでいたのですが、ついに成り行きから引き受けるようになってしまったのです。ところがやったら、あんがい人間臭くてこれが面白く、生来の機転から真相を暴くのを得意とする性分もあって、のめり込んでいくのです・・・

「半席」
 旗本に定年はありません。89歳になる表台所頭が、寒タナゴ釣りの途中、イカダから落ちて水死した事件。
 すでに72歳になりながら義父が隠居しないために、この歳でいまだ部屋住みであった後継ぎに疑いがかかりますが・・・

「真桑瓜」
 前章から半年。定年のない旗本には、80歳以上で公儀の役目に就いている者がふた月に一度寄り合う白傘会という会合がありました。その寄り合いで突然仲の良い87歳同士が刃傷沙汰を起こした事件の、真相を暴きます。

「六代目中村庄蔵」
 一季奉公といって、年数を区切って百姓を下士に取り立てる制度がありました。代々家に仕える忠義心篤い奉公人が、なにゆえ主人を殺してしまったのか? 最後になって、このタイトルの意味がわかります。

「蓼を喰う」
 これが一番面白いかも。永々御目見以上の69歳の御賄頭が、辻番所組合(江戸には近所の武家屋敷で防犯を助け合う組織があった。だから同心の数が少なくても治安が保たれた)の仲間内を手にかけた。その意外な真相とは!?

「見抜く者」
 徒目付は襲撃されやすいと言う。旗本の出世がかかる折に、その人物調査を請け負っているので、恨みを買いやすいのです。7年前には組頭の内藤も襲われたことがあり、「直人もそろそろ気をつけよ」と言われていたそんなとき、徒目付たちが通う剣術道場の師範役で同じ徒目付加番が74歳の老剣士に襲撃されました。その理由は?

「役替え」
 6年前、念願かなって直人が普請方世話役に召し出されたとき、同じ町内からも普請方同心に召し出された友人がいました。その友人の父は剣術の先生で、少年時代の直人も通っていたのです。ところが、浅草の場末を検分で見廻り中、その友人の父があろうことか中間の格好で殴る蹴るの暴行を受けているのを発見してしまいます。
 あれから、彼らに何が起こったのか!?


 
 
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