「タイム・リープ」高畑京一郎

 1995年に刊行されたタイムトラベル系青春SF。
 一見ラノベふうで読みやすいですが、内容を完璧に理解するのはとても難しい。
 私はあえて単行本を選びましたが、ひょっとしたら文庫本のほうがよかったかもしれません。
 手直しされている可能性があるので。
 主人公である高校生の女の子の意識だけが体はそのままで日付の前後にタイムワープ(本作ではランダムタイムリープという呼ばれ方)するのですが、その時系列を把握するのが一回読んだだけでは、ちょっと困難ですね。
 この困った女の子を助けるクラスメートの男子がいて、彼の時系列は正常なので、彼の視点から複雑にこんがらがった物語を整理しようとするのですが、これはひとつの罠であり、ますます理解できなくなります。
 なぜなら、ある時点から過去を変えないために情報を規制してしまうのですね、彼らは。
 少なくとも中盤に差し掛かるまでは、多くの方がどこがどうなったのかわからないと思います。
 それでも、冒頭とラストの繋がりを考えたりするのは、面白かったですね(後述)。
 真夜中に読み終えましたが、それから2時間、ああだこうだと考えて眠れませんでした。
 結局、また本を引っ張り出してきてきになる箇所を読み直したりしました。
 こういう本の楽しみ方もあるのですね。そういう意味では良作だったと云えるでしょう。
 作中、男の子の口を借りて有名なタイムトラベル作品(ラベンダーは時をかける少女、車はバック・トゥ・ザ・フューチャー、猫が扉を探すのは夏への扉)に触れられていますが、どの作品にも似ていません。
 体はそのままで意識だけが時空を超えてしまうのというのが、本作の肝です。
 唯一、タイムリープという言葉は名作であるアニメ版の時をかける少女でも使われていましたが、本作が出処であるのかそれは知りません。刊行は20年以上前なので、ひょっとしたらそれ以降のSFに影響を与えている部分もあるのかもしれないですね。ただ、似ているジャンルとしては、私は「ぼくは明日、昨日のきみとデートする」のほうが構成としては格段によく出来ていると思います。

 少しだけ導入。
 主人公は、進学校である県立高校の2年生女子・鹿島翔香。
 異変が始まったのは、彼女が月曜日だと思って登校した日が火曜日だったことから。
 翔香には月曜日の記憶がまったくなかったのだ。
 しかし、友達に聞いてみると、昨日(月曜日)の彼女はごく普通に過ごしていたという。
 わけがわからないまま帰宅した翔香は、日記に驚くべきことが書かれているのを見つける。
 日付は昨日(月曜日)のそこには、間違いなく彼女の筆跡で、「混乱しているだろうが、今はまだ何も教えられない。クラスメートの若松和彦を頼りなさい。彼以外には話してはいけない」と書かれていたのだ!
 和彦は、ハンサムな優等生だが女子に対して垣根があって、翔香は親しい相手ではない。
 なぜ記憶がないまま自分が日記に和彦の名前を出したのか謎のまま、水曜日、図書館で彼女は和彦に話をしようと試みるが、ベランダから突然植木鉢が翔香目がけて落ちてきて、彼女はそのまま木曜日の朝へと意識がタイムリープしてしまう・・・
 昨日から明日へ、明日から昨日へ、きっかけがある度に際限なくタイムリープしてしまう翔香。
 何が原因なのか、この現象に終止符は打たれるのか?
 翔香と和彦の謎解きが始まる・・・

 さっき書いた通り、私が一番気になったのは、冒頭はいったい何だったのかということ。冒頭とラストの関係。
 一通り読んだだけでは???でしたがもう一度目を通すと、うっすらとわかりかけたような気がします。
 両方とも和彦の部屋が舞台であり、時間的にも似通っています。
 しかし、ラストがハッピーエンド的であったのに対し、冒頭の翔香は怒っていますよね。
 つまり、冒頭でキスされそうになって怒った翔香は、部屋を出たとき階段から落ちて、そのまま火曜日の朝(彼女は月曜日だと思っていた)、物語の本編スタートへとタイムリープしたのです。
 注目すべきは、和彦が脇腹を痛がっていることで、つまりすべてが終わったあとに、彼女はもう一度はじめに帰ったことになります。ちょっとややこしいですけどね。
 どうしてそうなったかというと、すべてが終わって翔香自身から目をつぶって和彦のキスを待っていたのに、緊張してそれが恐怖と同意味になったのか、タイムリープしてまだ和彦のことをただのクラスメートとしか思っていない翔香と入れ替わったのですね。だから。和彦は「ああ、そういうことか」とびっくりしながらも大笑いしたのです。
 そしてラスト。うっすらと記憶が残っているような翔香。
 自分から階段の下にクッションを準備しようとしていることがヒントでしたね。
 彼女はもうタイムリープしないことを確かめるために、階段から落ちてみたのでした。
 結果、火曜日の朝にタイムリープすることはありませんでした。和彦は「おかえり」と言いましたが、それはわかっていながらの冗談であって、キスの前と後で翔香の意識の時系列が入れ替わることはありませんでした。その瞬間から新しい未来が始まっていくことになります。めでたし、めでたしと。
 とまあ、私はこのように解釈しました。
 冒頭で未来を変えないために翔香が演技をしているという説も考えましたが、よく読むとそれもあり得ないかと。
 けっこう、楽しめましたね。


 
 
 
 
 
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「重巡洋艦戦記」丸編集部編

 雑誌「丸」に掲載された海軍重巡洋艦の戦記18篇(通史含む)。
 ひとつひとつのボリュームこそあまりないものの、非常に貴重なものばかり。
 レイテ沖海戦で謎の反転をした栗田健男のハゲが戦後アメリカ戦略爆撃調査団に答えた調書もあります。
 小沢部隊からの通信はなかったと、逃げハゲは嘘をついています。
 いったいどこから回ってきたものなんでしょうね。
 雑誌に掲載された日付を書いていてくれたらもっと味があったと思う。
 衣笠の沈没時の戦記もありましたが、これも珍しかったです。
 日本に重巡は18隻ありましたが、本書に載っていない戦記は愛宕、古鷹、足柄、加古、摩耶で、あとは全部ありますね。
 だいたいは、重巡が戦闘の中心となった第一次ソロモン海戦、レイテ沖海戦が舞台になっています。
 日本の重巡はアメリカと違って魚雷がありました。艦隊決戦、艦砲射撃、海上護衛戦と、図体ばかりでかくて取り回しのきかない戦艦に代わって太平洋戦争の先頭で戦い続け、無事残ったのは1隻もありませんでした。

「開戦前夜『妙高』被爆す」重本俊一(妙高乗組・大尉)
 南比支援隊だった妙高は、日本の軍艦で初めて敵航空機による爆撃で被害を受け35名が死亡した。新米士官だった著者は間一髪助かったが、ラッタルを登る順番が違っただけで同期生が死んだ。
「五戦隊『那智』スラバヤ沖の凱歌」田中幸治(那智高角砲分隊長・少佐)
 昭和17年2月27日、スラバヤ沖で敵巡5駆逐9の敵艦隊を発見しながら魚雷発射ミスという不手際をした第5戦隊旗艦那智は、夜戦で名誉を挽回する。
「七戦隊『三隅』と『最上』の衝突」山内正規(最上航海長・大佐)
ミッドウェー作戦中止後、ミッドウェー島から80海里足らずの危険地帯で、前代未聞の衝突事故を起こした最上と三隅。当時の操艦責任者であった最上の航海長が、そのすべてを明かす。
「第一次ソロモン海戦の思い出」三川軍一(第8艦隊司令長官・中将)
 昭和18年8月8日のツラギ殴り込みで、敵重巡4隻を撃沈した重巡部隊最高の凱歌となった第一次ソロモン海戦だが、なぜ再突入して敵輸送船部隊を抹殺しなかったかという疑問が残っている。指揮官だった著者は、夜明け前に敵航空部隊の圏内から脱出しなければならなかったこと、艦の保全、陸軍部隊への過度の信頼があったことを原因として挙げている。
「第八艦隊の殴り込み『鳥海』砲術長の手記」仲繁雄(鳥海砲術長・中佐)
 ツラギ殴り込み作戦を企画した神重徳参謀が再突入を回避した言い訳。朝になったら敵機動部隊に攻撃されることを避けたかっため。今となっては阿呆と思うが、当時はそれが上層部の常識だったかもしれない。
「悲運の第六戦隊、米電探に敗る」貴島掬徳(第6戦隊先任参謀・中佐)
 昭和17年10月11日夜、6戦隊司令官五藤存知少将が戦死したサボ島沖夜戦の顛末。
「前衛『筑摩』と南太平洋海戦」古村啓蔵(筑摩艦長・少将)
 機動部隊の前衛として、敵に突進した筑摩は、母艦の身代わりとなって敵機に攻撃された。爆弾が艦橋に命中し、副長以下151名が戦死した。
「夜戦の雄『衣笠』ソロモン海に没す」村上兵一郎(衣笠機関科電気部伝令員)
 貴重な衣笠の戦記。ツラギ殴り込み時、敵水雷艇が味方と勘違いして近づいてきたので12センチ砲1発で吹っ飛ばしたとのこと。昭和17年11月14日、第三次ソロモン海戦帰途空襲によって沈没、著者らは駆逐艦雷に救助された。
「五戦隊『羽黒』ブーゲンビル島沖夜戦」井上司朗(羽黒信管手)
 著者は師懲現役(現役教員)、無章の下士官。何も出来ないのに位だけ高い師懲兵は、特技を必要としない弾薬庫火薬員に配属される場合が多い。昭和18年11月1日のブーゲンビル島沖夜戦の顛末。
「前衛部隊『熊野』マリアナ沖決戦記」青山総市(熊野航海長兼通信長・大尉)
 昭和19年8月19日、マリアナ沖決戦で前衛部隊として空母瑞鳳の護衛をしていた熊野の戦記。
「最新鋭重巡『利根』サマール沖の突進」黛治夫(利根艦長・大佐)
 賛否両論ある著者による貴重な記事。戦犯として7年の重労働刑を受けた著者ですが、その原因となったインド洋での商船ビバール号拿捕及び捕虜取扱の経緯にも触れられています。本人曰く無実とのことですが、私は眉唾だと思う。何かこう、書き方がキレイすぎる。本題はレイテ沖海戦。敵に向かって先陣で突進したと思われている利根ですが、その先4千メートルには筑摩がいたそうです。初耳。
「七戦隊『鈴谷』サマール沖の最期」寺岡正雄(鈴谷艦長・大佐)
 レイテ沖海戦で戦隊旗艦である熊野が大破し、司令官以下幕僚は鈴谷に移乗しましたが、鈴谷もまた至近弾を受け、魚雷の炸薬に引火、誘爆して沈没しました。
「西村部隊『最上』スリガオ海峡の死闘」興石辯(最上高角砲指揮官・大尉)
 これも貴重な戦記。スリガオ海峡で待ち伏せにあって壊滅した西村艦隊の顛末。ある程度の電探射撃は可能だったそうですが、それでも敵とは能力差があったそうです。扶桑は真っ二つ、山城はボコボコにされて苦しみ抜いて沈没したそうです。
「レイテ沖突入ならず」栗田健男(第2艦隊司令長官・中将)
 米戦略爆撃調査団に対する証言記録。大和から水偵を2機飛ばしたことは今まで読んだどの本にもなかったこと。また、敵の無線を傍受し、2時間で敵機動部隊の増援が到着すると知ったので反転したと回答しているが、それが真実ならば戦後栗田長官がこれほどバカにされることもなかっただろうと思う。実際、航空部隊の援護なしでよくやった。しかし、小沢囮艦隊からの通信を黙殺したことは疑いなく、このハゲが確信的に「逃げた」ことは間違いない。
「レイテ還り『熊野』の孤独な戦い」山縣侠一(熊野航海長・中佐)
 レイテ沖海戦後、10月28日に命からがらマニラに入港し、11月25日にサンタクルーズ湾に沈むまでの熊野の末期の記録。期間中、受けた爆弾は7発、魚雷は6発。
「歴戦艦『羽黒』マラッカ海峡に消ゆ」淺井秋生(羽黒砲術長・中佐)
 一水兵の機転と活躍でレイテ沖海戦での撃沈を免れた羽黒だったが、昭和20年5月、魚雷発射管を外し主砲が旋回しなくなるほどの物質を山積みして輸送任務をこなしていた。そこを英駆逐艦群に襲われ、なぶり殺しにされる。
「軍艦『高雄』防空砲台となりて」宮崎清文(高雄主計長・主計大尉)
 レイテ沖に出撃途中、敵潜の雷撃を受け中破、そのままシンガポールのセレター軍港に係留されたままとなって、対空砲台と化した高雄の運命。おぼろげですが処分される直前の写真があって、あんがい船体はそれほど変化していないと感じました。


 

 

「おれたちを跨ぐな! わしらは怪しい雑魚釣り隊」椎名誠

 週刊ポストに月一連載中の「怪しい雑魚釣り隊シリーズ」6作目(2015・3月~16・12月掲載分)。
 椎名隊長を中心とした怪しいメンバーたちが各地で魚を釣りながらバカキャンプを繰り広げるという紀行モノ。
 2005年に雑魚釣り隊が結成されたときはメンバーは10名だったそうですが、10年経った今は30名超。
 元は沖釣り専門誌「つり丸」に掲載されており、その頃は関東近県の名もない海岸に行ってテントを設営し、流木を探してきて焚き火を作り、そこらにいっぱいある漁港の堤防から小魚を釣って雑魚鍋を作り、それを肴に酒を飲んで喜んでいるというものだったそうですが、連載まるごと週刊ポストの移籍した今は、北海道から沖縄までの日本中に舞台は広がり、時には海外へも遠征するようになっているそうです。本書には、三浦半島や房総半島など関東をベースに、富山湾、鳥取米子、長崎平戸、伊豆諸島青ヶ島、そして台湾の緑島などが彼らの怪しい活躍の場として載っています。

 私、椎名誠の影響で「酒さえ飲んでいれば人生はなんとかなる」と騙されたクチなんですが、このシリーズは知りません。
 というか、最近はすっかり目にしなくなりましたから。
 本書にも載せられてましたが、「哀愁の街に霧が降るのだ」の頃がやはり全盛期だったですかねえ。
 怪しい探検隊シリーズも好きでした。あのときの料理人はリンさんだったかなあ。
 なんせ、椎名隊長も70代半ばですから、もうほんとに、びっくりですよ。孫さんが中学に入るというのだから。
 所々写真もあって、まあ、ガタイもいいし見た目は若いんですが、自分のことを「まったく困ったじいさん」と書いてあるのを見ると、しみじみと時の経ったことを感じましたねえ。
 同級生の木村弁護士だって、頭真っ白でしたな。
 あの人はどうなったんだろ、ワニ目の、沢なんとかいうもうひとりの同級生は。
 ひょっとしたら、もういないかもしれないねえ。
 さっきは騙されたクチなんて書いてしまいましたが、とんでもなく感謝しています。
 本当に面白かったですから。

 で、久しぶりのバカ紀行はどうかというと、正直、あんまり。
 なんつかこう、内容が薄いように感じました。
 まあ、枚数制限のこともあるのかもしれないけど、連載ものだから。
 メンバーの人数も多すぎるので、ひとりひとりの特徴が飲み込めませんでしたから、これが薄さの原因でもあるでしょう。
 無目的バカキャンプといいながら、それほどバカ騒ぎでもありませんし。
 そりゃ似たようなことを何年もやっていれば、飽きるわなあ。
 でも、長年の経験からかテントの張り方の工夫は見るべきものがありました。
 ひょっとしたら、災害時に何かの役に立つかもしれません、ゲル式多人数簡易テントね。
 園芸用のプラスチック棒と、ブルーシート、強粘着性のダクトテープが必要。

 あと、遊び先で一番印象に残ったのが、伊豆諸島の絶海の孤島・青ヶ島。
 いったん上陸しても、波の都合で迎えの船が何週間も来ないこともあるらしいです。
 島の方いわく、帰りの船に乗り込めたときに初めてああよかった言えるんだとか。
 火山島(江戸時代に大噴火)で、島全体がフライパンみたいな形をしており、海に囲まれているのに海が見えない。
 人口が170人。おそらく日本最強の秘境かもしれません。
 雑魚釣り隊ももれなく閉じ込めれてしまったわけです。
 あとは・・・砂浜に打ち上げられる富山のホタルイカが初見聞でした。
 機会こそあれば、私も陸でイカを拾ってみたいです。
 椎名さん、どうかお元気で。


 
 

「島抜け」吉村昭

 日本での特志解剖第一号となった遊女みきを題材に近代日本医学の解剖史を紐解いた「梅の刺青」、江戸時代末期に実際にあった“島抜け”(遠島刑の囚人が流刑地から逃げ出すこと)を作者自身が実地に赴いて調査し書き起こした表題作「島抜け」、創作ながら江戸時代の飢饉に苦しむ百姓を描き、放浪者に食を施す寺社の横暴を現代に知らしめた「欠けた茶碗」の3篇。
 吉村昭ならではの鋭角的な視点で歴史の闇を突いた、いずれもレベルの高い短編小説集。

 いずれもよかったですが、特に印象に残ったのは「梅の刺青」。
 重症の梅毒患者で死に瀕した元遊女の美幾の腕には、好きな男の名前を彫った梅の小枝の刺青があったそうです。
 これは作者が彼女の解剖を見学した医学者の子孫から当時の日記を見せてもらって判明したことです。
 毎夜多くの男に身を売る遊女も、惚れた男には心中立てとしてその男に真情を示すため刺青をすることがありました。
 心ならずも家が貧しいために体を売らなくてはならなかった美幾の人生を思い、思わず涙しました。
 「島抜け」も、あとがきによってこれが事実を元にした作品であると知ったとき、まったく味わいが違ってきた作品でした。こんな映画みたいな世界が今から150年も前に起こったのだと思うと、社会や環境こそ違えど人間の考えることは同じだなあと思いましたし、日本人の行政能力の高さは性質だなと改めて気付かされましたね。これが他の国で起こったことだったら逃げ切れたと思いますよ。「欠けた茶碗」はほか2つとは色が違う小説ですが、当時の百姓の苦しい暮らしぶりは真に迫っていますし、やたら偉そうに食べ物を施す寺にはほんと腹が立ちました。ほんとくそ坊主はいつの世でもくそ坊主ですよね。要らないね。

「島抜け」
 天保15年(1844)、54歳の大阪の講釈師瑞龍事富三郎は読んだ講釈が公儀の機嫌を損ねて遠島刑に処せられた。大阪夏の陣で徳川方を翻弄する真田幸村の活躍を読んだためである。遠島先は、種子島。薩摩藩領とはいえ、当時は絶海の孤島である。遠島刑に処せられた者は、郷里に帰ることも許されず島で野良犬のように辛うじて生き、やがて死を迎え、島の土に還る以外にない。ほかの十数名の囚人と一緒に送られた瑞龍は、しかし、島での生活が海岸で貝が拾えるなど比較的自由であることを知る。やがて仲間3人と海岸に釣りに来た瑞龍は、漁師が置き去りにした丸木舟を見つけ、他に人気がないことに背を押されてそのまま潮に乗って種子島を脱出する。そして、15日間の漂流の後、日本語の通じないおそらく台湾近辺と思われる島にたどり着き、そのまま島伝いに旅を重ねて、唐の国に入った。唐の国は日本と交易があったので、彼らは交易船に乗せてもらい、長崎から日本の入国しようと諮る。もちろん重罪人であったことがばれないように、それぞれ偽の出自をこしらえた上でだ。だがしかし・・・

「欠けた茶碗」
 甲州の村落を大飢饉が襲った。由蔵、4年前に15歳で嫁にきたかよ、2歳になるひとり息子の岩吉の3人に一家はたちまち食うに困り、山林の草花も食い尽くし、村内では人肉食の噂も広がり、ついに岩吉が餓死するに及んで夫婦ふたりで海を目指して村抜けする。行く道々では、寺社が蓄えこんだ食料で炊き出しを施しており、それで食いつなぎながらの旅だったのだが・・・

「梅の刺青」
 明治2年。医学校に併設された梅毒患者を無料で診療する黴毒院で、死に瀕した重症の元遊女・美幾が医師に翻意されて了解した献体が、日本における特志解剖の第一号となった。解剖された後、手厚く葬ってくれることが彼女が首肯した理由だった。普通は遊女が死んだら穴に放り込まれるだけなのだ。人体解剖は大宝律令以来かたく禁じられており、宝暦4年(1754)に京都で初めて解剖が行われたが、旧幕時代は、解剖の対象は刑死人だけだった。それも明治政府になって囚人の処遇にも西洋列強先進国を意識しなくてはならなくなり、医学校が申し込んでも刑死人の払い下げが滞っていた。ゆえに美幾は犯罪とは無関係の民間人がはじめて剖検された例であった。執刀は、町医者ながら31歳で医学校に入学し解剖について熱心に研究していた田口和美が務めた。後に彼は東大医学部初代解剖学教授に任ぜられる。
 この後、美幾が手厚く葬られ、遺族にも少なからぬ謝礼が贈られたことを見ていた他の患者から献体の申し出が続き、我が国の医学の発展に大きく寄与することになる。

「明治維新の正体」鈴木荘一

 独自の観点により、徳川から明治へという幕末維新の政局を解き明かした新史観本。
 最近流行っている“新史観”ですが、本書は読んでおいて損はありません。
 幕末の歴史に興味のある方ならば是非とも目を通しておきたい一冊であると思います。

 私はどちらかというと司馬史観と言うのかな言わないのかな、新政府側に肩入れした本や逆に時代のあだ花となった新撰組の本などに影響を受けてきたので、本書を読んで新鮮だと感じましたし、目を開く思いがしました。
 もちろん、小説として書かれた坂本龍馬や西郷隆盛などの活躍をそのまま信じ切っていたわけではないのですが、本書でいうところの「戊辰戦争に勝った薩長新政府が自分たちに都合のよい幕末維新史を書いて学校で教えた」と言われてみると、ああそういう観点もありかもな、私もまた洗脳されていたのかなと思う次第です。
 もっとも、100年以上昔のことを己の好きなように解釈して飲み屋で大ボラを吹くのは私も同じなのですが、著者の述べるところはすべて事実を土台にしており、妄想ではありませんから説得力があります。
 実際に、知らなかったことがたくさんありましたね。
 けっこうたくさんの幕末に関する本を読んできたのに、これだけ知らないことがあったのかと驚きました。
 わざと事実を省かれた、隠された本を読んできたのかと疑うくらいです。
 たとえば京都で発生していた攘夷派によるテロですね、こんな凄惨でむごたらしいものとは思いませんでした。
 とても国家のために高い理想を掲げている人物のすることではありません。
 朝廷の裏話も多く披露されています。
 咸臨丸がアメリカに渡ったときの模様がこれだけ詳しく紹介されている本も初めて読みましたし、日米外交史はもとよりイギリスやロシア、フランス、オランダなどとの国家存亡のかかった幕末外交もわかりやすく説かれています。
 イギリス公使パークス、通訳士アーネスト・サトウ、死の商人グラバーがこれだけ内政に干渉していたとは驚きました。
 アーネスト・サトウにおいてはお前スパイじゃないのかとまで思いましたし、維新の回天には大英帝国の陰謀は色濃く反映されているのは間違いないと思います。
 その上で、著者は坂本龍馬を「薩摩藩や長州藩や土佐藩を合力させて幕府と戦わせ、南北戦争で使用された最新鋭小銃を密輸入して売り込み、日本人同士を殺し合わせて高利潤を貪ろうとした」と断罪しています。
 武力倒幕派の首領たる西郷隆盛がいかに横暴であったかというのが本書のテーマでもあるのですが、本書に書かれたとおり赤報隊の相楽総三を使い捨てに殺した西郷ならば、坂本龍馬暗殺の黒幕くらいにはなったでしょうね。
 もっとも本書には、「坂本龍馬ごとき」の暗殺の顛末など一顧だにされていませんが・・・
 確かに坂本龍馬については、司馬遼太郎によって幕末のスーパースターに祭り上げられた可能性も否定できませんから。
 
 一方、もうひとつのテーマといいますか本書の骨子でもある徳川慶喜についてはどうでしょうか。
 確かに、最大の政治決断である大政奉還をした意義は歴史上とてつもなく大きいことです。
 その決断こそが明治維新を成就させた功績であることは、彼が明治41年に明治天皇から勲一等旭日大綬章を授与されたことからも明らかです。日本の歴史を変えましたから。
 ただし、それで本当によかったのですかね?
 彼が大政奉還によって目指していたものは、上下二院制のイギリス型議会制度です。
 当時の日本が、天皇制や公家、武家制度など古からのしがらみを遺しながら近代化を図るには、イギリスを手本として天皇を国家元首とし、大君を政治上の指導者とし、一万石以上の大名を世襲の上院議員にすれば、イギリス型公議政体へ移行できると考えたのですね。これが後進国であった日本が世界の列強に食い物のされずに未来へ生き残る道であると。
 徳川慶喜が英邁であったということに異議はありません。その通りの傑物でしょう。
 しかし結果的には、長州の陸軍といわれるバカを生んで太平洋戦争で国家滅亡の危機に瀕することになりました。
 どこで彼が失敗したかというと、どうしても鳥羽伏見のときに大阪から脱出して江戸に逃げたことを見逃すわけにはいきません。本書では、側近の神保修理の絶対的尊王論に組み伏せられ錦の御旗に抗うことを避けたと書かれていますが、本書で唯一解せないのはそこです。理由としては弱いと思います。大阪城に篭って彼自身が作り上げた精強たるフランス式陸軍の指揮をとると意気込んでいた慶喜がなぜ逃げたのか? その点についてだけは本書の解釈では弱すぎると思いますね。
 そこだけ残念。
 それ以外は十分楽しめました。特に序盤は最高だったと思います。


 
 
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